山陰の過疎のマチの底力
<「トリクミ」のマチづくり>

〜thincなひと・古田さん × 中江さん × 鳥取県八頭郡八頭町〜

鳥取県・八頭町で、新たなマチづくりに取り組んでいる株式会社トリクミ代表取締役の古田 琢也(ふるた たくや)さん。隼Lab.の立ち上げまでにも、さまざまな地域活性化事業にチャレンジしてきました。その重要なメソッドは「巻き込み力」。第2回では設立の経緯や、具体的なエピソードと共に、地域の人たちを巻き込んだ「古田式」手法について、引き続き中江 康人(なかえ やすひと)さんにインタビューしていただきました。

地域に根ざす取り組み

古田:元々は東京都のデザイン会社でアートディレクターとして働いた後、独立をしました。帰省した時に地元の同級生に「鳥取いいよね」と言ったら、「お前は東京におるけ、そんなこと言えるんだ」と返されました。それが結構、悲しかったんです。そのことをきっかけに、これまで学んできたデザインとか、課題解決能力で地元を面白くできないかということを考え始めたんです。デザイン=課題解決じゃないですか。その同級生ともう1人の同級生の3人で、この隼という地域でHOME8823(ホームハヤブサ)という飲食店をスタートしたんです。もう本当にちっちゃい定食屋さんみたいなところなんですけれど、地元を出て行った仲間や同級生が来たくなるような、地域を元気にするようなお店にしたかったんです。地元の農家さんから野菜を仕入れて、地域のおじいちゃん、おばあちゃんに来てもらって、美味しくご飯を食べてもらえるお店をまずは始めました。

(提供:株式会社トリクミ)

古田:HOME8823から歩いて5分ほどの所で、BASE8823(ベースハヤブサ)*というゲストハウスをオープン。僕らは隼という地域、八頭町を元気にしたい、盛り上げたいということで、HOME8823を起点に、BASE8823、隼Lab.の3つの運営をしようと考えたんです。

※コロナ禍の影響もあり、2021年に閉店。

中江:HOME8823を作った時にはもう、会社は設立していたんですか。

古田:1年目は会社ではなく、仲間のうちの1人が代表という形の個人事業でした。

中江:八頭町立隼小学校が廃校になるという時、HOME8823を見に行きました。こんな場所にこんなお店を出して、無理だと思うのが普通なのに、結構人がいるじゃないですか。何これと思ったんです。なぜあの場所にお店を出すことにしたんでしょうか。

古田:きっかけになったのは地域に住む1人の元気なおじいちゃんでした。そのおじいちゃんが僕に会いに来て「実は、隼駅の前に使っていない建物があって、ここをどうにかしてくれないか」。そんな風に言い始めたんですね。僕も「この場所で、しかもこんなボロボロな建物では無理ですよ。何もできません」と言ったんですけれど。仲間のうちの1人がある朝に電話をかけてきて、「琢也、俺、やりたいんだけど手伝ってくれん」と言い始めたんです。最初は絶対無理だと言っていたのに「会社を辞めて挑戦する」と言い始めたので、これはちょっとどうにかせんといけんぞということで、一緒にやっていくことになったんです。地域の人にも絶対無理だと言われました。親とかも、地元を離れていた時は「鳥取帰ってきんさい」みたいな感じだったんですが、あそこでやると言った瞬間、「おまえは東京でデザイナーしとけ。帰って来んな」と言い始めるくらいで。

お店をスタートするにあたって考えたのは、歩いて数百メートル内に住んでいる人が週2回は来てくれるお店にするということ。それ以上はやらないと決めました。席数も決まっているので、飲食業はランチの2時間が勝負です。「地域の台所」というスローガンを掲げ、地域への挨拶からスタートし、コミュニケーションを大事にしながらやっています。地域の人たちに育てていただいたお店という感じですね。まずは走り始めてみました。

(提供:株式会社トリクミ)

中江:なるほど。僕も会社経営はバリバリしているし、事業計画を作りなさいなどと経営塾みたいなところで教えるわけです。でも今話を聞いていて思うのは、「想い」みたいなものが先行しないとやはり、ダメなんですよね。そのプロセスの中でコンセプトをちゃんと持っているということと、KPIをきっちりと設定して、たまたまなのかもしれないけれど、それを実行したことが大きかったんですね。

それからはどんどん影響力が高まり、現在は八頭町に留まらず価値の提供を始めているわけじゃないですか。具体的な事例をいくつか紹介していただけますでしょうか。

古田:一番大きいのは、中江さんにも一部参画いただいた、鳥取市内にある丸由百貨店(旧・鳥取大丸)という大型店舗のリニューアルプロジェクトです。中江さんと一緒にブランディングを担当し、ロゴマークやショッパーなどを制作しました。

(提供:株式会社トリクミ)

古田:トリクミはテナントとしても入居し、デザイン業と飲食業の両方に携わった事例になります。隼Lab.や隼地域の盛り上がりが現在の社長にも届いており、直接声をかけていただいたという感じです。

中江:デザインの仕事は全体をデザインして終了というのがほとんどです。それが、ブランディングという形で丸由百貨店の企業活動に入り込むに留まらず、入居する飲食店でも集客をしている。しかも、バカ当たりをしてしまっているという、稀有な事例ですよね。

(提供:株式会社トリクミ)

古田:まあ、なかなか大変ですけどもね。丸由百貨店には薪火料理とクラフトピザを提供するお店「KAEN(カエン)」のほか、生ドーナツ専門店「TRUFFLE DONUT(トリュフドーナツ)」を運営しています。オープン日には450人が並ぶという、とんでもないことが起きました。ドーナツ1個を買うために4時間並ぶという、もう、苦情の嵐でしたけれど(笑)。

「鳥取にもこれだけ人がいたんだ」と実感をしました。市民の心の拠り所と言いますか、ランドマークだった鳥取大丸が丸由百貨店にリニューアルし、常に人気のある場所に変わると、マチ自体に良い波及効果が生まれると思うんです。ランドマークがガラッと変わると、オセロみたいにマチが変わっていきます。

中江:丸由百貨店はまだまだ発展途上ではあるけれど、少しずつ皆さんに感じてもらえたらなと思いますね。話は変わりますが、最近自社でもプロダクト開発をされていらっしゃいますよね。

古田:CIRAFFITI(シラフィティ)』というノンアル・ローアルコールのクラフトビールを造っています。僕自身がすごくお酒に弱いということがあって、飲む選択肢に困っていました。ノンアルコールビールは全部味が一緒で、飲んいでることがちょっと恥ずかしい、後ろめたい気持ちもありました。もっと格好良くて美味しいノンアルコールのクラフトビールはないかなと思い始めたのがきっかけです。これまでは飲食事業であって、箱物ビジネスだったんです。新型コロナウイルスの感染拡大の影響も少なからずありましたし、胸を張って出せる自分たちのブランドを作りたいということで、自社ブランドの商品を作り始めました。

現在は月に約3000本を製造・完売していますが、2カ月〜3カ月後ぐらいには製造量を3倍にする予定です。これも八頭町を拠点にした事業で、ビールに使う麦などの一部は県内の農家さんと作っています。ゆくゆくはこの自社ブランドが成長することで、地域に還元できるプロダクトになったら良いなという想いもありますね。

(提供:株式会社トリクミ)

マチに変化と文化を生み出すメソッド

中江:様々な取り組み、まさに「トリクミ」ですね。そうした取り組みの中から、マチに変化や文化を生み出してきたと思うし、もっと大きく生み出していきたいと考えているかと思いますが、メソッドみたいなものはあるのでしょうか。

古田:メソッドと言うほどのものではないかもしれませんが、1つは立ち上げ当時から大事にした「巻き込み力」と呼んでいるものです。地域はプレイヤーが少ないからこそ、いかに地域の人や関係者を巻き込んでいくかが大事だと思っています。ただ人に手伝ってくださいと言うのではなく、その人たちが手伝える「余白」を残すことを意識しています。

例えば隼Lab.を立ち上げる時、壁の色は塗らずに納品してもらい、地域の人や同級生などを集めて皆で塗ったんです。「十数年ぶりに同級生に会えて良かったわ」などと言ってくれました。校庭の芝生も地域の人たちと植えました。実際はお金がないということもあるのですが、関わる余地があることで「これは自分たちが育てた芝生なんだよね」と、校庭を使いたくなるんです。

(提供:隼Lab.)

古田:もう1つは対象を俯瞰して、編集・整理をして、良いものをどのようにアウトプットするか、発信していくのか。やはり、僕はデザイナーとか、アートディレクターが自分の一番軸にあるので、そうした部分をすごく大事にしています。

中江:ビジネスには「余白をいかに持たせないか」という部分もありますよね。ギリギリまで、いろいろなものがせめぎ合って、利益を削り出すというような。でも、あえて余白を残すことによって、ステークホルダーとのエンゲージメントがその余白でぐっと深まる、ということじゃないですか。それはめちゃくちゃ正しいと思いますけれど、実際にビジネスを考えたらなかなかできないものです。そこがすごいなと思いました。

自分たちの思考や価値は発信しないと誰にも伝わりません。デザインなどのあらゆる手法を使って訴求を続けていくことで、共感する人が増えていくんですね。なかなかに我ながら良い分析だと思います(笑)。

古田さんが考えるデザインとは何でしょうか。デザインと経営をミックスしているからこそ、オリジナリティがあること、課題解決ができていることはありますか。

古田:そうした意味ではやはり、まだビジネスとしては下手くそだなと思う部分もあるんです。中江さんの分析に近いのですが、大切なのはデザインとビジネスを掛け合わせるということ。事業計画などは作りますが、それ以上に僕の場合は最初に「未来のイメージ」をバンっと出すことが多いんです。具現化能力と言いますか。隼Lab.を立ち上げる前、シーセブンハヤブサという会社を立ち上げました。その初めての経営会議の時、隼Lab.の10年後の未来を想像して写真1枚に書いた自作のポエムを持参したんですよね。こういう世界を創ります、と。HOME8823を始める時にも、隼地域全体がテーマパークになるイメージの絵をイラストレーターに描いてもらって、これが僕らが目指す田舎エンターテイメントなんですって、地域の人たちにプレゼンをしました。そうした意味では特に地域の人たちや関わるメンバーにやりたいことを具現化し、最初に絵にできるということはすごい強さだなとは思っていますね。

(提供:隼Lab.)※隼Lab.の未来を想像した1枚

中江:非言語のノンバーバルコミュニケーションは、言語によるコミュニケーションより圧倒的に力があります。情報量もより多いので、それを視覚的なものに落とし込むことで伝えやすくし、エンゲージメントをぐっと高める、ということが「古田式」なんですね。

古田:そうですね。中江さんは八頭町のことを理解されていると思うのですが、あそこでいくら経営論を突き詰めてもなかなか成立しないし、事業をするメリットはないという答えに絶対なると思うんです。普通のビジネス感覚を持っている経営者なら。それを突破するにはもう、エモさしかないということはちょっとありますよね。

中江:そのエモさはエンゲージメントに直接的に繋がるので、そこを一番大事にして今までもやってきてるし、これからもやっていくということなんでしょうね。

ー おわりに ー

JR山陰本線の鳥取駅前にある丸由百貨店はある意味、地方都市の典型的なデパートの歴史を歩んできたのではないでしょうか。地元の老舗呉服店を母体に誕生し、商業文化の中心となりましたが、郊外型の大規模ショッピングモールの進出などで、苦戦を強いられるようになりました。

この「鳥取市民の心の拠り所」でも、2人は腕を振るってきたそう。リニューアルを機に、「ランドマークが変わると、マチ自体にも良い波及効果が生まれていく」ことを実感したとお話しされました。ランドマークの再生は地元住民や観光客が持つイメージに変化をもたらし、新たな活気をもたらしています。鳥取県を訪れる楽しみが増えていきそうです。

PROFILE

古田 琢也(ふるた たくや)
株式会社トリクミ 代表取締役
株式会社シーセブンハヤブサ 代表取締役

1987年鳥取県八頭郡八頭町生まれ。いくつかの広告制作会社を経て、2013年よりフリーランスのアートディレクターとして独立。2015年に株式会社トリクミを設立。「誇れるまちの未来をつくる」をミッションに鳥取県内で「飲食事業4店舗(HOME8823、Cafe & Dining San、薪火料理KAEN、TRUFFLE DONUT)」や「デザイン事業」などをおこなう。2017年には株式会社シーセブンハヤブサを設立し、「日本の未来のモデルになる田舎をつくる」をミッションに、旧八頭町立隼小学校をリノベーションしたコミュニティ複合施設「隼Lab.」を運営。2022年、新たに、国内初のノンアル・ローアルコールビール専門醸造所を設立し、これまでの概念をぶち壊す、イケてるノンアル・ローアルコールビールブランド「CIRAFFITI」を立ち上げる。

株式会社トリクミ:https://torikumi.co.jp/
隼Lab.:https://hayabusa-lab.com/


中江 康人(なかえ やすひと)
KANAMEL株式会社 代表取締役グループCEO
鳥取県政アドバイザリースタッフ

1967年鳥取県鳥取市生まれ。大学卒業後、株式会社葵プロモーション(現・株式会社AOI Pro.)に入社。CMプロデューサーとして数々のテレビCMを手掛けACCグランプリ、プロデューサー賞など受賞多数。同社代表を経て、2017年AOI TYO Holdings株式会社(現・KANAMEL株式会社)代表取締役に就任。鳥取県政アドバイザリースタッフを務め、出身地鳥取県の企業家や住民の交流拠点(隼Lab.など)で起業支援などにも尽力している。

KANAMEL株式会社:https://kanamel-inc.com/

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