お父様の体調悪化を受け、「香川県住みます芸人」として地元にUターンした梶さん。「香川県のいいところを広めたい」想いのもと、精力的に活動を展開しています。そのうちのひとつ、2017年からプロデュースされている「かじ祭り」についてお話を伺いました。
ひとりきりではじめた「かじ祭り」
僕は年に1回、「かじ祭り」という祭りを主催しています。のちにオープンした「かじ笑店」と同じく、かじ祭りも「香川県を盛り上げたい」想いが1番の軸です。香川県住みます芸人として活動する中で芽生えた、自分のモヤモヤをすべてぶつけることで生まれた祭りでもあります。
若い世代に「休みの日って何してんの?」と聞くと、「県外に遊びに行く」と返ってくるんです。その理由を聞くと「香川県には何もない、おもしろくない」と言われてしまう。正直、僕も実家暮らしのときは、地元がおもしろいと思ったことなんてなく、いいものがたくさんあることを知ったのはUターン後ですから。「じゃあ、香川県におもしろいものをつくるよ」と思い立ったのが、かじ祭り誕生のきっかけでした。

祭りにした理由は、毎年のように地元の祭りがなくなったり、規模が縮小したりといった寂しい話を聞いていたためです。僕が子どもの頃に楽しんでいた大きな祭りも、今はもう消滅してしまいました。子どもたちが、祭りの文化に触れられなくなっていってしまうのは悲しい。僕自身も祭りが好きで、子ども時代は特別に夜更かしをして楽しんだことなど、祭りの思い出が今も深く残っているんですよね。
僕は今44歳で、諸先輩方がつくったものを守り切れなかったことへの責任を感じています。でも、なくなってしまったものを復活させるのは、関係者への伺いも立てなければならず、簡単ではありません。だったら、新しくつくって次世代につなごう。そんな想いからかじ祭りを企画しました。「イベント」ではなく「祭り」であることがこだわりです。ですから、かじ祭りは入場無料、お笑いステージを観るのも無料にするなど、参加者からはお金をいただきません。地域の花火大会が誰でも無料で見られるのと同じです。
かじ祭りの立ち上げは、最初は完全にひとりではじめました。行政へ相談に行っても、個人と協働する前例がほぼない組織がいきなり「一緒にやりましょう」なんて展開になるわけもなく。そういうルールなのだと受け止め、「自分でやってみるから、見ててね」の気持ちでスタートしました。会場費や、芸人仲間を呼ぶ交通費も彼らへのギャラも、すべて自腹です。伝統工芸士さんへのワークショップ開催依頼も、自分で企画書を作って持っていきました。借金を抱えるほどの出費ではなかったので、お金への不安はなかったですね。今の自分が出せる金額の範囲で、できることを確実にやろうと考えていました。
大変だったのは、催しもののルール整備です。何も知らない素人が想いで突っ走ったので、近隣住民への配慮、渋滞対策、警察への届け出など、催しものを開く上で守るべきルールを後々知っていくことになりました。開催1年目から予想以上の来場者にお越しいただいたのも、対応に追われた原因でしたね。4,500~5,000人の方に来ていただいたため、急遽、後輩芸人が警備や誘導を手伝ってくれました。それまで、警備員を配置するという発想すらなかったんですよ。

このように協力をいただくこともありましたが、基本的には「自分が全部やる」という意識で継続開催してきました。マネージャーとふたりで申請関係もすべて担当し、他の社員さんには「これだけお願い」と最小限の指示をしていて、運営内に積極的に人を入れることはありませんでした。人が信用できないということではなく、「僕がやらなきゃ」という気持ちが強かったのです。今思うと、ちょっとゾーンに入っていたんだろうなと感じます。
その意識が変わってきたのは、2019年頃です。当時のマネージャーに「もっと周りを頼ったらどうですか」と言われたのがきっかけでした。僕は周りを巻き込むことを申し訳ないと思っていたんですよね。正直、準備は大変ですし、お金にもならないですから。頼めば手伝ってくれるとは思っていましたが、「梶さんに言われたから」と苦しい想いをしながら手伝う人が出てくるのは嫌で。でも、マネージャーに「そんな人ばかりじゃないと思いますよ。一緒にやりたい人、楽しんで手伝ってくれる人もいるはずですよ」と言われ、頼る勇気をもらえました。
マネージャーからの言葉をきっかけに、心の持ちようが変わりました。それまでは「当日、誘導ボランティアをやってくれる人はいませんか」と募ることすら申し訳ないと思っていたのですが、いざ募集してみると、仲間が増えていったんです。商工会青年部の方たちが屋台を出してくれるなど、応援してくれる人が増えていった。「甘えてもいいんだ」と思えるようになったんです。
今も、基本的に運営準備は僕ひとりです。でも、後ろで支えてくれている人たちの存在を感じられているので、どんなにしんどくても後ろには倒れないだろうと思えます。もし僕が前に倒れても、後ろからみんながやってきて、次の準備をしてくれるだろうと。「大丈夫だ」と思えるのは本当に心強いです。
かじ祭りを100年先まで続く祭りにしたいんですよね。「『かじ祭り』の『かじ』って何?」と県外から来た人に聞かれるくらい、地域に根付いた祭りにしたいです。「かじ祭り」に「かじ笑店」と、自分の名前を付けた取り組みをしていることについて、「お前、自分のこと好きやな」と言われるのですが、そういうわけではないんですよ(笑)。自分の名前を冠したものにしているのは、自身にプレッシャーをかけるため。地元には家族や親族がいますから、梶家のみんなやご先祖様に恥をかけたらダメだ、さぼったらダメだと己を奮い立たせるためなのです。祭りの内容は時代と共に変化していいと思っていますが、誰でも無料で楽しめること、地域を盛り上げるという想いはぶれない祭りであり続けてほしい。僕の想いを受け継いで、地域に残る祭りになってくれたら嬉しいです。

「ローカルだからできる」人が増える
そんなマチづくりを続けたい
僕は「香川をひとつに」という想いを抱いています。かじ祭りでも掲げているテーマで、徳島県の阿波踊り、高知県のよさこいのような、県全体がひとつになる祭りが香川県にもあったらいいなという想いがきっかけでした。
やんちゃしている人も、祭りだと自然と集まってくるじゃないですか。そうして、想いがつながり、ひとつになるパワーはすごいものだと思っているんです。祭りに限らず、何かひとつのものに進んでいく作業が広がっていくと、もっと地域が元気になるんじゃないかなと思っています。香川県は日本で1番小さい県なので、物理的に人との距離が近い県だといえる。ひとつになりやすい県でしょうし、ひとつになったらいいなと思うんです。

かじ笑店やかじ祭りもそうですが、香川県にひとつでも楽しい場所を増やしたいと思っています。「地方だから」という言葉が、「だからダメだ」というネガティブな意味ではなく、「だからできる」とポジティブに聞こえるような地域になればいいなと考えています。もちろん、都市部でなければ実現できない夢もあります。ただ、今は無条件に「大阪や東京に行くもの」だというイメージがあるので、若い子たちが「地域でも夢を叶えられる」というイメージを持ってもらえたら嬉しいですね。若い頃の自分が大人にしてもらえたら嬉しかったなと思うことをやりたいし、自分の行動で見せたいんですよね。香川県出身の芸歴1年目の子をかじ祭りに呼ぶのも、そのひとつです。
たとえ夢を叶えられる場所であっても、住むマチに魅力がなければ住もうと思えません。だからこそマチづくりが必要なんです。楽しい場所を増やすことで「住んでいて楽しい」と思う人が増え、また楽しい場所やことが増えていく。そんな好循環をつくれたらいいなと思っています。
僕には今、4歳と0歳の子どもがいます。我が子たちが大きくなったとき、香川県が魅力的なマチであってほしいんですよね。父親として子どもたちと共に出かけて気付く「こうだったらいいのに」「これは嬉しい」という発見は、かじ祭りの運営にも活かされています。親目線に限らず、「こうだったらいいのにな」という気付きはアイディアの源泉です。
芸人として地域おこしに取り組んでいて感じるのは、「この道を行き切った先にあるのが政治家なんだな」ということです。インフラなど、地域の大元を変えられるのは政治家ですから。だから、冗談としてXのプロフィールに「香川県知事になりたい」と書いているんですけど(笑)。とはいえ、僕は僕のやり方で、楽しいマチをつくりたいと思っています。マチが変わるためには、住む人が変わらなければなりません。その人の部分に作用したいですね。香川県を盛り上げたい仲間が増えていけば、その想いは自然と次の世代に受け継がれていくでしょうから。芸人のフットワークの軽さで、きっと何かが変えられると信じています。
すぐに結果が出るものではありませんから、僕のやっていることが意味のないものに思える人もいるでしょう。でも、目の前の結果は別になくていいのです。祭りの応援者が増えたとか、見えないところで想いが派生していくことが大事なんですよね。そのためにも、もっと想いを発信していかなければいけないなと思っています。

ー おわりに ー
「勝手に『自分がやらなくちゃ』と言い聞かせて、負けちゃダメだと思って闘志を燃やしている。自分のためにはがんばれないけれど、『人のため』『仲間のため』となると途端にスイッチが入る性格なんだと知りました」と語ってくださった梶さん。誰かのためだからこそ、理不尽に折れることなく、熱を燃やし続けられていることがひしひしと伝わりました。応援者が増えていったのは、そんな熱が伝播していったからなのでしょう。「香川県を、もっと楽しいマチに」の梶さんの挑戦は、これからも続きます。
PROFILE
梶剛(かじつよし)
芸人
香川県住みます芸人
吉本興業所属のお笑い芸人。香川県出身。NSC大阪校22期生で、現在はピン芸人として活動中。2012年からは「香川県住みます芸人」として活動拠点を地元・香川に移し、地域に深く根ざした活動を展開。地域活性化イベント「かじ祭り」や「かじ笑店」のプロデュースをするなど、地域活性化に尽力している。
よしもと住みます芸人:http://www.47web.jp/
