デザイナーの「関わりしろ」のある秩父で、対話を大事にした仕事を

〜thincなひと・malme.design吉田武志さん ×埼玉県秩父市〜

埼玉県に住み、秩父エリアを拠点に活動しているフリーランスデザイナー、吉田武志(よしだたけし)さん。大阪府から縁あって埼玉県秩父に移住し、副業として請けていたデザインの仕事で独立。秩父に関連するデザインを多く手掛けられています。

地域での仕事の増やし方、立ち回りに必要なスキルなど、地域クリエイターの参考になるお話をたっぷり伺いました。

プロの仕事に「やった感」は不要

ラジコン製作を趣味にしていた祖父の影響もあってか、幼少期からモノづくりに興味がありました。雑貨やインテリアも好きだったため、「いつかプロダクトデザインに携わりたい」と思いながらも、別分野の大学へ進学。しかし、「好きだったことをやりたい」という想いが強まり、中退してプロダクトデザインを学べる東京都の専門学校に入り直しました。

卒業後、大阪府のデザイン会社で働きはじめました。その会社はグラフィックデザインを主軸にしつつ、将来的にプロダクトデザインも手掛けていくという方針だったため入社を決意。ですが、私が1人目の社員という小さな規模の会社だったこともあり、本業のグラフィックデザインの仕事ばかりする日々でしたね。ただ、業務をしていくうちにだんだんとグラフィックデザインに興味を持つようになったので、「やりたいことと違う」といったストレスはそう感じていませんでした。

現場で働くというのは大きなことで、現場で過ごす1カ月は、専門学校で学んだ数年分に匹敵するといっても過言ではないほどの密度でした。モノの考え方など、学校での学びが活きる場面もゼロではありませんでしたが、デザインの「いろは」はこの会社で学んだようなものだと思います。

プロとして働くうえでのマインドも学びました。時間をかけたから良いデザインということではなく、たった5分であっても、目的に沿った成果物を制作することのほうが大事だと。夜中までかかって作った案を社長に提出したときの指摘でした。それまでの私は学生気分が抜けておらず、今思えば、時間をかけることによって得られる「やった感」に満足していたんですよね。仕事は結果なのだと学べたのは、今でも大きな経験だったなと思います。

(Photo :CURBON )

時の運と縁により、秩父へ

社員1号として入社したこともあり、時が経つにつれ立場も上がっていきました。当時は、膨大な案件をこなすことで精一杯。仕事を好きになる余裕もありませんでしたが、現場を離れマネジメント側になっていくことにどこか抵抗感がありましたね。今振り返ると、あの時の抵抗感はデザインが好きという気持ちの表れだったように思います。自分のデザイナーとしての成長が止まってしまうという不安もあったのかもしれません。

マネジメント側に移っても、デザインに携われていたので働き続けていました。しかし、部長に就任することになったタイミングで、転職が頭をよぎるようになりました。役職がつくとフットワークが鈍くなりますし、日々接するのがお客様と部下しかいない状態に、自分の世界の狭さを感じていたんです。インハウスデザイナーの方と話したときに「ひとつの場所に定着しすぎると、外を見る機会がなくなる」と聞いたこともあり、自分の今の状況も同じじゃないかと思ったりもして。「この会社でしか仕事ができない人になってしまう」ことに危機感を覚えはじめたのです。

(Photo :CURBON )

ちなみに、このときの私は他業界への転職を考えていました。デザインは二度とやりたくないと思うくらい、ハードワークが続く日々だったこともあって。そんな折、友人から「秩父でインテリアショップの仕事をするけど、一緒にやらないか」と誘いを受けたのです。秩父には友人に会うために1度訪れたくらいで土地には詳しくありませんでした。ただ、肉体的に限界を感じていたタイミングだったこともあり、軽い気持ちでその打診を受けることに。東京への距離感も決め手のひとつでしたね。トレンドに触れるため、大阪から東京によく通っていた私にとって、インプットの場にアクセスしやすくなる地理的なメリットも感じていました。

転職したばかりの頃、そのインテリアショップはまだ実店舗を持っておらず、オンラインのみでした。そのため、人と知り合う機会が少なく、秩父の地元情報にもなかなかありつけなかったです。最初の2~3年はずっとひとりで過ごしていましたね。当時は「コミュニティ」という発想自体がなく、移住者同士が出会える場があるのかどうかも知りませんでした。

状況が変わりはじめたのは、移住から数年後。秩父の番場通りという秩父神社の表参道に実店舗を開いたことです。店員として働きつつ、併設のイベントスペースのマネージャーも務めていたため、その場所を起点に人との繋がりが一気に増えたのです。ある時、イベント参加者が「ロゴがほしい」と話しているのを耳にし、デザイナーをしていたことを告げて依頼をいただくことに。当時の社長が副業を解禁してくれたタイミングの良さもあり、再び少しずつデザインの仕事を請け負うようになったのです。その後、私が店長を任されることになったのですが、創業者が退職した影響もあり、残念ながらショップを閉じることになりました。ちょうどその頃、副業の収入が本業を超えるほどに伸びてきていたこともあり、独立することを決めたのです。

屋号は「malme.design(まるめでざいん)」。ショップに立つにあたり、自分にキャラクター性を持たせようと思い、パーマをかけ、丸眼鏡を付けた自分の見た目が由来です。ロゴも丸眼鏡なので、パッと見は眼鏡屋さんだと思われるかもしれません(笑)。恥ずかしいほど何も考えずつけた名前ですが、語呂も良く、気に入っています。

(提供:吉田武志さん )

名刺代わりの仕事も、
口コミがご縁のきっかけに

秩父でのデザインの仕事と、会社員時代の仕事とではやりがいが大きく違いました。以前は広告代理店を経由した仕事が大半だったので、エンドクライアントと相対する機会がほとんどなかったのです。ですが、秩父での仕事は目の前にお客様がいらっしゃいます。お客様がプロダクトに込めた想いを直接聞き、デザインに反映できる。これが本当に楽しさ、やりがいにつながりました。デザインの自由度も上がり、成果物への愛も深まりましたね。

副業時代から現在に至るまで、営業らしい営業は必要ありませんでした。イベントマネージャーを経験する中で、秩父では世間話で情報が広がることが多いと実感していたからです。プレイヤーが限られている地域でもあるので、「秩父でデザイナーをしている」という情報自体が目に留まりやすいという利点もありました。カフェや美容室から噂が広がり、紹介が紹介を呼ぶ流れができていき、今に至ります。ディレクターの仕事をはじめようとしている人と出会えたことも、仕事の広がりにつながりましたね。

独立から2〜3年目頃、秩父が世界に誇るウイスキー『イチローズモルト』のブランドアンバサダーの方から、ラベルデザインの仕事のご依頼をいただきました。ブランドの重みを感じながら全力で取り組んだところ、うれしいことに良い反応をいただけました。この仕事を機に私を知ってくれた方も多く、デザイナーとしての実績を築く大きなきっかけとなりました。

もうひとつの転機は、独立3〜4年目に携わった秩父の物産館『じばさん商店』のリニューアルにまつわる仕事です。それまでに手がけたデザインはロゴだけで100件ほど。市にも私の活動を知っていただき仕事を請けるようになりました。色々な制作に携わってきましたが、特にこの2つの仕事が今も名刺代わりになってくれているなと思っています。

(Photo :CURBON )

本当にそのロゴは必要か?
地域の仕事にこそ対話能力が必要

デザインをする際に意識しているのは、お客様の仕事の良さを「ちょうど良く」表すこと。こうした向き合いができるようになったのも、独立したからこそです。会社員時代は、過度な装飾をした主張の強いデザインを多く目にしており、これでは良いものを見つけるのが難しいだろうと感じていました。

ロゴを作り続けていて思うのは、「ロゴが良いから売れる」なんてことはないということです。ロゴも大切な要素ではありますが、一番重要なのはその方たちの仕事であり作るもの。良い仕事をきちんとしていれば必ず評価されます。極端な言い方をすれば、ロゴは何でもいいということですね。ですから、自分のロゴはシンプルなものにしましたし、お客様のために作るロゴも、その方の良い仕事をそっと表すものにしたいと思っています。

(Photo :CURBON )

デザインに馴染みがない方が多い地域では、お客様にロゴの必要性からお伝えしていく必要があると思っています。「とにかくかっこいいロゴがほしい」といったご要望に対しては、事例を交えつつ、ロゴを作る目的から整理し、丁寧に対話するようにしています。こうしてお客様の意見を反映しながら共に制作を進めると、「一緒に作った」という感覚が生まれます。出来上がったロゴはお客様にとっても愛着のわくものになり、「よし、仕事をがんばろう!」と思える原動力にもなるんです。また、対話の結果ロゴを作らないと判断することもあります。代わりにショップカードを作ったり、Webサイトの制作を提案したりと、お客様にとって本当に必要なものを一緒に探り、制作するようにしています。

秩父は、もともとはデザインがなくても商売が成り立っていた土地です。ですから、デザイナーには「何が必要か」を共に考える、コンサルティングスキルも求められます。また、地域で活動するクリエイターにとって、案件を丸ごと引き受けられるディレクション能力は大きな武器になります。私自身、会社員時代にデザインだけでなく、印刷や納品など制作の全工程を担当していた経験が役立ちました。

あとは都市部の仕事を請けることも大切ですね。地域のお客様と都市部の企業とではどうしても予算規模に差がありますから。実際、私の収入の半分ほどは秩父以外からの案件です。先ほどお話したディレクターの方からの依頼や、問い合わせから仕事をいただいています。東京の案件は大きな企業のイベント用フライヤー制作などが多く、ノンクレジットのものも少なくありません。対して秩父の仕事はクレジットがあり、実績として出せる一方、単価は東京案件より控えめになります。案件を引き受ける際、適正価格を伝えることも重要です。本来の相場を伝えたうえで予算内で打診されるのと、最初から引き下げた金額で請けるのとでは、クリエイターの仕事への理解をしていただく意味でも、大きく変わってきますから。秩父では自由度の高い仕事を、東京の案件では生活の基盤を支えるための仕事を、など、バランスを保ちながら活動していきたいですね。

(Photo :CURBON )

「秩父好き」ではなかったから
見える良し悪しがある

イベントマネージャーを経験したことがきっかけで、『集まれ移住者!』という会を独立直前の2018年頃から開催しています。当時、地域Webメディアを運営されていた、浅見制作所の浅見さんとの出会いで、この会が発足しました。浅見さんは東京に一度出たあとUターンした秩父出身者の方で、インテリアショップ勤務時代に「こんな飲み会があったら楽しいんじゃないか」という話をよくしていたんです。そこから「じゃあ、移住者だけで集まってみようか」となり、イベントスペースで1品持ち寄りの交流会を開始。反応が良かったので、時々開催するようになりました。

もし、あのまま秩父で知人友人ができない状況が続いていたら、私は大阪に戻っていたと思うんですよね。実際にコミュニティに出会えず秩父を離れてしまった移住者の方も見てきました。そのため、対象を「移住者」としているのは、過去の私のように繋がりを求めている人たちが出会える場をつくりたかったからなのです。

移住者は、秩父以外の場所を知っているからこそ、秩父で生まれ育った人とは異なる価値観、情報を持っています。「おいしいお店」と一口に言っても、いろいろな場所を知っているからこそ、地元の方たちとは違う物差しになるでしょう。美容院や歯科など、生活に欠かせない情報も同様です。移住者同士だからこそ共感し合える口コミがあると思いますし、地元の方たちと移住者、それぞれのライフスタイルに合うものがあるのだと感じています。

移住は、「ここに住んでみたい」という想いありきでする方が多いと思うのですが、私の場合は行きがかり上であり、秩父に強い思い入れがあったわけではありません。だからこそ、色眼鏡をかけることもなく、フラットな目線で良い部分も良くなってほしい部分も見ることができているのだと自負しています。

(Photo:CURBON)

秩父でデザイナーをはじめてから数年経ち、街中で自分の仕事を目にする機会が増えました。自分のデザインは我が子同然。我が子が増えれば、自然とマチが好きになりますし、マチに受け入れてもらえたような気持ちにもなります。正直、移住当初はそこまで秩父が好きというわけではなかったのですが、以前よりだいぶ秩父が好きになってきました。願わくば、クリエイターが住みやすいマチになってほしいですね。また、秩父に来たことで妻とも出会えました。ケーキ屋を営む妻と、仲良く老後を過ごすことが夢です。そのためには、マチが元気であり続けてもらわないといけませんから、デザイナーとして尽力したいですね。ある意味、自分のためにマチを良くしたいと思っている人間なのかもしれません(笑)。

今後、クリエイター同士のハブの役割も担いたいと考えています。コンサルティングが苦手な方も安心して力を発揮できるような場を整えたり、次世代のデザイナーとの連携も強化したりしていきたいですね。プレイヤーとして携わり続けたい仕事もあるので、これからも楽しみながら自由に制作できる体制を構築するためにも、育成やマネジメントという側面も自分の役割として確立していきたいと考えています。秩父は意外と観光地としては歴史が浅いので、まだまだ可能性の残っているマチだと思っています。「可能性=関わりしろ」なので、デザイナーとして関われるところには、今後もどんどん関わっていきたいです。

(Photo:CURBON)

ー おわりに ー

「過去の自分にアドバイスをするなら、いち早く対価をもらってデザインをする経験を積めと言いたい」とお話してくださった吉田さん。当時、クラウドソーシングサービスがあれば「やりまくることで、座学では学べないことを学べ」と伝えたいと語ってくださいました。地域と東京とで収入、仕事内容とのバランスを取り、生活と「楽しい」とを両立する。地域クリエイターの方の参考になるあり方なのではないでしょうか。

PROFILE

吉田武志(よしだたけし)
デザイナー

1979年、兵庫県出身。
生後すぐに沖縄へ、小学生に上がるタイミングで大阪へと移住。
東京のデザイン専門学校を卒業した後、大阪でグラフィックデザインの会社に就職。デザイン部の部長として、平面のグラフィックを軸に、3D、空間、プロダクト等々の様々なデザインを担当。
その後、転職を機に埼玉県秩父へと移住。インテリアショップとバル、レンタルスペースの入った複合施設のイベントマネージャーを経て、2019年に独立。
現在は、秩父を拠点にフリーランスのデザイナーとして活動しており、グラフィックデザインを軸に、店舗ブランディングや商品開発など、デザインに関わる幅広い事業を手がけています。

malme.design:https://malme-design.com/

この記事をシェアする

thinc について

クリエイティブに考える人のためのプラットフォーム「thinc」

「クリエイターが輝ける社会を創造する」という当社のミッションを実現するために、「Think Creative」=「クリエイティブに考えよう」という意味を込めた「thinc(シンク)」というプラットフォームを展開しています。
クリエイターが自らの能力・スキルを武器にいつでも、どこでも働くことができる「thinc Workplace」。全国各地のクリエイターにスポットライトをあて、新たな才能の発掘とキャリア形成を支援する「thinc Growth」。そしてクリエイターがより生産的な業務に専念することを可能にする「thinc Project」。
この3つの領域において、さまざまなサービスを展開してまいります。

View More

運営会社

クリエイターと、未来を変える

私たちは多くのパートナークリエイターと協力し、
クリエイティブで企業や社会の課題解決を行うためのプラットフォームをつくる会社です。

View More