
八ヶ岳の地で農業をはじめ、「八ヶ岳生とうもろこし」というブランドを育ててきたハマラノーエンの柳沢卓矢(やなぎさわたくや)さん、折井祐介(おりいゆうすけ)さん。活動を進めるなかで、「農業」ではなく「農」というライフスタイルを広めていきたいという想いが強まってきたといいます。「農業」と「農」との違いについての想い、おふたりが目指す未来について、お話を伺いました。
楽しんで生きる姿を表現する
株式会社ベジパング(現株式会社ハマラ)のブランド「HAMARA FARM」として歩んできたおふたり。2022年7月にリブランディングをし、「ハマラノーエン」としてロゴ・サイト共に刷新しました。
Q.「HAMARA FARM」から「ハマラノーエン」へとリブランディングしたのはなぜですか。
柳沢:当時、「FARM」と付けたのは、八ヶ岳が「海外にいるような農産地だね」と言われていたことが由来でした。「東洋のスイス」とも言われることがある八ヶ岳の西洋っぽさを名前でも表そうと。周りは「○○農園」ばかりで、目につくかなとも思いましたね。
ただ、10年近くHAMARA FARMとして活動していくなかで、本当に素晴らしいのは西洋らしさではなく、日本の四季折々の景色などであり、僕らは日本にしかないものを利用した高地栽培をきちんと発信したいのではないかと気付いたんです。であれば、もっと日本に敬意をきちんと払った、日本にちなんだ名前にしたほうがいいのではないかと思い、ファームから農園へと名前を変えることにしました。
「ハマラノーエン」とカタカナにしているのは、漢字・ひらがな・カタカナと3種類の文字がある日本語の中で、特にカタカナは特殊だなと思ったからです。でも、最近では漢字やひらがなが多くなってきている。じゃあ、僕らはカタカナでいこうと決めました。ハマラノーエンは、普通からはちょっとずらして、でも当たり前のようにみんなに根付いてもらえるものを表現していきたいなと。
ロゴは幼馴染の東京でデザイナーとして活躍している友人にラフを渡して作ってもらいました。その友人から「どんな感じにしたい?」と聞かれて思ったのが、「直線」「まっすぐ」でした。直線って、自然界に唯一存在しないものだと言われているんですよね。その直線をあえて農業と融合させたら違和感を生むし、おもしろいんじゃないかなと思って。あとは「物事をちゃんとまっすぐに届けたい」という想いも伝えたいとお願いしました。友人からは「何年続くブランドにしたい?」とも聞かれましたね。「当たり前のように100年続くブランドにしたい、100年続くデザインにしてほしい」と伝えたところ、「じゃあ、わかりやすくしよう」ということで、今のロゴが出来上がりました。
リブランディングに当たり、「農業」ではなく「農」をテーマにしていこうという想いもありました。農業というと仕事や職業としての側面が強くなってしまいます。そことは分けて「農」として良さを感覚的に知ってほしいなと。なかなか日本語でしっくりくる言葉がないんですよ。
英語のアグリカルチャーが近しく、農業という堅苦しいものではなく、営みの1つとして「農」を知ってほしいのですが、「農」だけで目指したいことが伝え切れているわけでもなく……。一旦、「農業」と区別するために「農」と言い表している感じですね。「これも『農』なのか」と言われるほど、カジュアルに知ってほしいと思っています。僕らが大変そうにしていたら「大変じゃないよ」が伝わらないので、つらいことがあっても楽しんじゃおうという精神で、楽しむことを大切にしています。僕らにとって農は仕事でもあるのですが、生きていくために必要なことをしているだけなんです。
折井:柳沢の言った通りだと僕も思っています。農業という産業名より、アグリカルチャーのほうが抽象度が高く、ライフスタイルっぽい表現だと思っていて、僕らが伝えたいのはそちらなんです。ワークライフバランスなのか、ライフワークバランスなのかはわかりませんが、これからの時代、いかに充実した人生を送るのかという中に仕事があるのが理想だと思うんですね。そんな時代において、農、アグリカルチャーは自分らしく生きていくことと働き方とのバランスがとりやすいものなのではないかと思っています。
僕らは体験型の直売所「ハマラハウス」を運営しているのですが、このコンセプトをチームで決めていくときに、「らしさに気付ける場所」というテーマが出てきたんですよね。このハウスだけではなく、僕らの考えている農も、仕事とは少し違っていて、生き方そのものに近いのかなと。これは僕らがHAMARA FARMをはじめた当初からあったアイデアではなく、農業をやっていくなかで意識するようになったことですね。農産物を作るという農業の本質に変わりはないのですが、その周辺にあるいろいろな物事を含めて農、アグリカルチャーなんじゃないかなと意識するようになりました。
そう思うようになって、よりおもしろくなってきた気がします。たとえば、畑も農としてとらえると、野菜を作る場所と限定しなくてもいいんじゃないか、とか。コミュニケーションスペースとして捉えたら、畑で何ができるんだろうと考え、「キャンプをやったっていいよね」「サウナをやったっていいよね」「ヨガをやってみてもいい」といった具合に、いろいろなアイデアが浮かんでくるようになったんです。協力してくださっている方たちにもアイデアをもらって、咀嚼して解釈して、農を捉えていった感じですね。

Q.今出てきた「ハマラハウス」についてもご紹介いただけますか。
柳沢:コンセプト作りは僕が行ない、毎年少しずつ形を変えてきました。1年目は木製の単管パイプ、モクタンカンを使わせてもらって、海の家をイメージして山の家を作りました。設計事務所さんと作り、設計士にも入ってもらったのですが、海がないので「海の家」という建物として認めてもらえず、法律的に2年目以降は使えなくなってしまい、2年目は別のハマラハウスを作りました。
別の畑で、ビニールハウスで作ったのが2年目で、これをハマラハウスと呼んでいます。オリジナリティを出して作っていこうというコンセプトで、特注のパイプと遮光性の高いビニールを使い、あえて加温されないようなビニールハウスを作りました。野菜を作るビニールハウスは光量を増やして加温するのですが、僕らは快適空間をテーマに、側面の透明性だけを高くし、風が入ることで作業空間として快適に使える場にしたんです。直売所は雑多なイメージですが、「こじゃれた空間を作ってみよう」ということで、設計事務所さんと「何がビニールハウス内にあったらおもしろい?」と考え、カウンターを作ったり縁側を配置したりしました。
直売所として使うだけではなく、僕らがハマラ仲間と呼んでいる八ヶ岳の麓と、その近辺のいろいろな作家さんにも集まってもらって、僕らが営業していないときにもお客さんにアプローチしてもらい、八ヶ岳の魅力に気付いてもらえる空間としても提供しています。また、作業倉庫、ビニールハウスとしてもきちんと運用できる形を取っていて、農家さんが作業をしている姿をお客さんが見られる場でもあります。カウンター越しに野菜がパッケージングされていく様子が見られるなど、ライブ感を味わえる場なんです。

ここ数年、周りの事業者さんたちを仲間として引き入れていくなかで、自己表現ができる場として形作られてきたと感じています。昨年(2024年)、メディアに大きく取り上げてもらってハマラノーエンの認知が上がったことで、近隣地区の方からも協力の声がけをもらうようにもなりました。人口が減ると、地域は廃れてしまう。「おもしろいことをやっている人がいっぱいいるよ」と気付いてもらえれば、人口流入につながり、地域の活性化にもなるんじゃないかと思っています。ハマラハウスで自己表現してくれた方の中から、自分たちの地域でもマルシェをやってみようという方が出てきて、ハマラノーエンに監修の依頼をいただくという話も出てきました。
折井:こちらの地域には、僕が講師として話をしに行くことになっています。こうして少しずつ農業の解釈を変える取り組みをしてはいますが、まだまだすごいことができているという認識はないですね。どんどん畑の活用初事例を生み出していって、農業という業界に対して「自由度が高くて楽しいじゃん」「可能性のある仕事だな」と思ってもらえるような生き方を示し、そんな産業にしていければ、それが正解だなと思っています。
やっていて、楽しいと思えていれば正解だなって思うんです。お金になるからやっているということばかりになると、つまらないじゃないですか。あと、移住促進や地域の発展になっていったらいいなとは思いますが、「そのためにやっています」となると崇高な感じになっちゃうので、それも違うなと。半分くらいはそういう想いもありますが、半分は自分たちの好きなことを好きにやっている感じですね。
柳沢:ハマラノーエンには、別の業界で働いていた農業未経験者も多いんです。農業に関心を持ち、「どうせならおもしろいことをやっているところがいい」と調べ、入ってきてくれた方が多いですね。彼らから得られるものもたくさんあります。元通信会社の会社員だった方からは、見えないサービスの広げ方を学べますし、病院の先生だった方からは微生物の知識や土作り、体への影響といった専門知識を教われます。それぞれの業界でチームワークの組み立て方、組織作りも異なりますし、僕らにとって他の産業からくる知識は有用なものだと思っています。
折井:アパレル業界で15年経験を積んだ方が入ってきて、その方が最近の新しい風となってくれています。僕ではなく柳沢メインの領域になりますが、ハマラノーエンとしてグッズやアパレルも伸ばしていきたいと思っているので、これからの展開が楽しみです。

Q.リブランディング後、2025年3月には会社名がべジパングからハマラに変わりましたね。
柳沢:ハマラノーエンというブランドを持ち、ハマラの認知が高まりました。最初は「何のことかわからない言葉だ」と言われていましたが、聞き慣れないだろうハマラの認知が進むなか、会社名であるべジパングの認知が進んでいない状態にあったんです。
2025年は、僕らが農業の世界に足を踏み入れて15周年になります。そんな節目の年に、会社としてももっとお客さんに理解してもらえるよう、株式会社ハマラとしました。変えたというより、戻ったイメージですね。「人生を楽しむ」を根幹としていた音楽グループハマラからはじまり、その原点に立ち返った感じかなと。一方、べジパング時代に作った「農体験を通して自分らしさを訴求していきたい」という想いはまったく変わらないままです。ハマラがかなり先行して知ってもらえているため、「だったら会社名もわかりやすくハマラにしよう」という形ですね。
Q.今後の農について、どのような想いがありますか。
折井:僕らが目指すものを的確に表した日本語がないなか、アグリカルチャーはおもしろい表現ですよね。「耕す」と「文化」が一緒になっている言葉がヒントで、文化を作るきっかけが農だったんだろうなと思っています。八ヶ岳生とうもろこしを売って稼ぎたい想いもありますが、それだけではなく、ハマラが農の新スタンダードモデルになって広がっていき、農という産業が盛り上がり、若者が増えていったらいいなと思っています。農の世界でおもしろいことをやる人が増えれば、この業界はおもしろくなると思うんです。
胸を張って「楽しい」と言える農業従事者がどれだけいるのかというと、まだまだそう多くはないでしょう。でも、10年前は農家をやっていると言うと「大変じゃない?」と言われていたので、当時と比べると今はポジティブな反応が増えたと思っています。都会の方とお話したとき、「農業、いいですね」と返してくださる方も増えましたしね。風向きは変わってきたなと思うので、これからもこの流れのまま、農のイメージをポジティブなものにしていけたらと思っています。
柳沢:繰り返しになりますが、僕らがあえて「農業を通して」ではなく「農を通して」と言っているのは、農業だと仕事だと捉えられてしまうからです。はじめたばかりのころに僕が挫折しそうになったのは、稼げなかったからなんですよね。そこで、楽しい農業をしていたら稼げないと気付いたんです。当時、周りから言われたのは「みんなが作る作物を作り、長く畑にいてつらい労働をすることが、農業にとっての当たり前」。そうやって食べていくものだと言われたんです。農家の方たちがそう思ってしまっているなら、農家以外の方も農業に過酷なイメージを持ってしまうよなと思いました。
ただ、僕らの場合は「そういうものなんだ」ではなく「それは嫌だ」と思ったんです。最初にもお話したように、反骨精神がわいたので(笑)。農体験を通して自分らしさに気付いたり、それを広げていったりすることは楽しくて、「これ、最高じゃん!」と思える。そんな自分たちらしいまま、そのあり方を農体験を通して広げ続ける、「農業って、農家ってこういうものだよ」の真逆を掲げてやろうとしているのが僕らハマラノーエンなんです。
人によっては「大人になってもつるんで遊んでいる」ように見えるかもしれませんが、ゆるくやっていそうに見えて、実際には真剣に向き合っているため、楽しんでいてもきちんと稼げていますし、生産量や知識、認知度すべてが着実に上がってきています。
誰よりも楽しんで、農業として農を「らしく」楽しんでいる姿を表現していければ、農を志す若者の光になれるかな、なれたらなと思っています。40歳を超えたあたりから、やっぱり次の担い手に入ってきてほしいという想いが強まっているんですよ。その方たちが、僕らなんかよりもっとおもしろい農を広げていってほしい。ITやAIが進化するなか、アナログさ、自分らしさが表現できる仕事の場として一次産業は最適なものだと思っています。おもしろい世の中で、より自分らしく生きていってもらえたらと思いますね。
Q.おふたりそれぞれのこれからの展望についてはいかがですか。
折井:農業プラスアルファの表現をしていきたいですね。「農のある生き方ってこんな感じだよ」という姿を伝えていくのが、農園長としての僕のミッションなのかなと思っています。
柳沢:べジパング時代は折井が代表で僕が取締役だったのですが、ハマラに社名変更したタイミングで僕が代表となり、折井が農園長になったんです。折井はキャラクターが立っている人間なので、経営者として縁の下の力持ちというような役割ではなく、もっとお客様の前に出て、キャラクターを活かして自己表現を追求してもらったほうがいいんじゃないかなと。元から難しいことを言う人間でもなかったですしね(笑)。今後は折井の表現の場を増やしていきたいです。そうすればもっとハマラだけではなく、農業をやっている人って面白い、と業界に目を向けてもらえるようになるんじゃないかと思っています。

ー おわりに ー
本取材には、日頃からハマラに広報として力をお貸ししている方も同席されました。「彼のメディアへの伝え方を見て、自分たちの伝えたいことを再認識することがある」と語ってくれた折井さん。広報目線でいただいたメッセージをご紹介します。
「ハマラハウス立ち上げ時、従来の農家とは異なるあり方を示す直売所を作りたいとふたりからお話がありました。ハマラの取り組みを見て、他の農家さんが『うちもやれるかも』と気付けるきっかけになったらという想いがあります。営業というバックグラウンドを活かし、農家が話す、語るという新たな形を開墾してきたのがおふたりです。他の農家さんと敵対するのではなく、農の形を模索し広げていく存在だと思っています。気になった方は、ぜひ八ヶ岳に行き、現地でこれがハマラだというのを体感してほしいです」
最後まで盛り上がった本取材。おふたりの「楽しい」が目いっぱい伝わってくるひと時でした。生き方の中に、仕事がある。ハマラノーエンでは、収穫体験も行われています。現地に足を運び体験してみると、自分の仕事観や生き方に、新しい気付きがあるかもしれません。
PROFILE
柳沢卓矢(やなぎさわたくや)
株式会社ハマラ 代表取締役
Mark&Burns Consulting合同会社代表
公認会計士専門学校を卒業後、大手自動車メーカーで営業として就職。後にキャリアアップとして大手音響機器メーカーで法人営業を経験後、幼馴染の折井とともに農業共同農園「HAMARA FARM」を設立。2015年に自身が手掛けた農園オリジナルブランド野菜「八ヶ岳生とうもろこし」が日本ギフト大賞長野県賞を受賞し、それに伴い生鮮野菜卸売会社として株式会社ベジパングを設立。デザイン、ブランディングに関して全てを手掛ける。2018年には商品デザインやVMD、さらに新規参入時へのフォローで財務やFPを含め提案するMark&Burns Consulting合同会社を税理士とともにはじめる。2025年3月に株式会社ベジパングの社名を株式会社ハマラに変更とともに代表取締役に就任し、2つの会社を長野と東京の2拠点で運営する。農家でもありながら自分らしく生きれる生業も成立させる、新しい農のカタチを表現する。
折井祐介(おりいゆうすけ)
株式会社ハマラ 農園長
高校卒業後、カナダへ語学留学。帰国後、東京で個別指導塾の講師と遺跡発掘の仕事を経験後、地元に戻り結婚式場、大手旅行代理店に就職。2011年に旅行代理店を退職し柳沢とともに実家の祖父母のあとを継ぐ形で就農。「HAMARA FARM」を設立し、2015年に生鮮野菜卸会社の株式会社ベジパング設立。農家でありながら海外留学や営業時代から培ったコミュニケーション能力を活かし、様々な県内での農業団体などの会長職を全うした。現在は地元長野にて農業体験や講演などを定期的に開催し、より多くの人に新しい農との関わりを増やせるよう「喋る農家」として奮闘中。
株式会社ハマラ:https://hamaranouen.jp/