京都府で生まれ、滋賀県で育ち、東京でデザイナーとして独立を果たしたのち、現在は茨城県つくば市に拠点を置く青木真矢(あおきしんや)さん。水分や栄養をシステムによって自動投与する「独立適応栽培」を用いたブルーベリー観光農園『アオニサイファーム』の経営や、農家と地域をつなぎ、マチを盛り上げるコミュニティ『ワニナルプロジェクト』の共同代表を務めています。さらに2024年11月からは、つくば市議会議員としての活動もはじめられました。
デザイナーから、なぜ異業種である農業の世界に足を踏み入れたのか。そこから市政へと踏み出した背景にあった想いとは。お話を伺いました。
農業未経験デザイナー、
ブルーベリー農園づくりに挑む
最初のキャリアは農家でも政治家でもありません。元はグラフィックデザイナーで、27歳のときに独立しました。ただ、30歳ごろには、すでに「座りっぱなしの仕事は向いていないな」と感じていたのです。学生時代はテニスやサッカーに打ち込んでいましたし、チームづくりが好きで、もともと、ひとりで黙々と作業するというタイプではありませんでした。
30歳を過ぎたころ、六本木でWeb関係の仕事をしていた友人が東京都を離れ、地元・滋賀県長浜市にUターンし、地域で取材班を組んで情報発信をはじめたのです。それが楽しそうで、「自分もいつか、まだ知られていないような地域でそういうことをしたい」と思うようになりました。高校時代から選挙特番を見る政治好きでもあったので、地域のマチづくりに携われたらとも思っていましたね。加えて、35歳ごろから今後のキャリアへの危機感を抱きはじめました。テクノロジーの進化への危惧もそうですし、先輩デザイナーが40歳を機に仕事を変える様子も目の当たりにして、果たして自分もこのままでいいのかなと。

転機が訪れたのは、つくば市に住む妻の祖父から「自分の芝生農地を活用してもらえないか」と相談を受けたこと。農業の知識はゼロでしたが、半年間、週に2日、義祖父の畑に通い、農作業に触れながら、何ができるのかを考えました。調べてみたところ、芝生農地は使用している農薬の関係で、別の作物を栽培するには3年ほど土を休ませる必要があるとわかったのです。その条件ではじめられるものはないのかとさらに調べてみたところ、行き着いたのはブルーベリーでした。
実はブルーベリーは、つくば市の農業のシンボル。かつて盛んだった養蚕業が衰退したあと、芝生とともに広がった歴史があります。しかし、つくば市で育った妻ですら「つくば=ブルーベリー」という印象を持ってはいませんでした。市内に50〜60もの農家があるのに、行政による認知拡大は進んでおらず、ホームページを持っている農家もごくわずか。市民にさえその魅力が届いていなかったのです。
自分のクリエイティブ能力を活かせば、挑戦できる余地がある。そう確信していた矢先、知人から「京都の大原でブルーベリー観光農園を開くから、広報をやってくれないか」と打診がありました。まさにこれ以上ないタイミングでした。農業経験もなく、つくば市の知り合いもいない人間がいきなりブルーベリー農園をはじめたところで、興味を持ってくれる人は少ないでしょうし、コンテンツとしてのストーリーも弱い。けれど、デザイナーが京都でブルーベリー観光農園を成功させ、そのノウハウを持ってつくば市で新たな観光地づくりに挑むとなれば、マチづくりのストーリーとしても良いのではないかと。
そんなわけで、京都行きを決断しました。自分に課した期限は5年。その間にノウハウを習得し、つくば市に戻って自らの農園を立ち上げる。並行してマチづくりに取り組み、10年後には市議会議員に立候補できるような人間になる。そんな未来を描き、異業種へと踏み出したのです。

満を持して、観光農園づくりへ
ブルーベリー畑は、人を呼べるようになるまでに3年の月日が必要です。京都での5年のうち、3年は苗を育てながら発信活動を続け、オープンに備える期間となりました。ここでしっかり栽培のノウハウを身に付け、つくば市の「認定新規就農者」の資格を取ることも個人的な目標でした。新規事業には資金が必要ですから、この認定を取るのは必須でしたね。
大原のブルーベリー観光農園も、「人があまりこないところを観光地とする」という私の理想に近い試みでした。観光農園としては成功を収めたものの、運営面をはじめとするさまざまな課題に直面。しかし、その経験こそが、つくば市で新たにはじめる事業の大きなヒントとなりました。
計画通り5年が経ち、2019年10月、満を持してつくば市に移住しました。京都の農園で食べたブルーベリーの美味しさに感動して、「この栽培方法なら絶対に通用する!」と確信しての挑戦です。京都での実績を手に、「これからの一次産業は生産するだけではなく、自ら付加価値を付けて売るクリエイティブの力が必要なんです」と訴えかけ、40歳で無事に認定新規就農者の資格を取得。ちょうど世の中がコロナ禍に突入した時期でしたが、準備期間に3年はかかるとわかっていたため、不思議と不安はありませんでした。
次なるハードルは、日本政策金融公庫からの融資です。多額の元手が必要でしたが、農林水産部の審査は非常に厳しく、「おそらく通らないだろう」と言われていました。それでも2時間にわたるプレゼンで想いを語った結果、「そのクリエイティブな視点はこれからの農業に必要だ」と、応援を込めた融資が決まったのです。
資金の目処は立ちましたが、今度は周囲から反対の声が上がりました。「ここを観光農園にするのは無理だ」という厳しい意見です。義祖父の畑は、大通りに面しているわけでもない、林に囲まれている人目に付かない場所にあります。つくば市内でも特に人口減が進んでいるエリアだったので、「わざわざこんな場所まで誰も来ない」と言われました。それでも「いける」と思えていたのは、京都で栽培したブルーベリーが本当に美味しかったから。それに加え、中心市街地では人口が急増しているというデータの裏付けもありました。マンモス校がある中心地と、1学年1クラスという周辺地域。この二つのエリアを農業体験でつなげたい。よそ者だからこそ、地域のポテンシャルを冷静に見つめることができたのかもしれません。
確信があったとはいえ、怖さもありました。私はマーケティングやコンサルティングの本を読み合わることもなければ、人に相談もしません。それは「人に聞いたことをやっても仕方がない」と思っているから。必要な情報は自分なりに取り入れますが、「型通りの知識」に頼りすぎないことが自分の武器なのです。もちろん、だからこそ失敗もしますが、失敗を重ねて経験値を上げてきました。27歳で独立してから積み重ねてきた経験と根性が、勇気につながっているのだと思います。

2年間の発信活動が
観光農園の良い滑り出しに
ブルーベリー観光農園『アオニサイファーム』の準備を進めるなかで、農園の情報だけを発信してもコンテンツとして弱いと感じていました。そこで私が1番大事にしている「クリエイティブの力で地域を活性化する」取り組みを同時並行で進めることにしたのです。地域の認知度を底上げすることが、結果的に農園のオープンを待ち望んでくれる人を増やせると考えました。
その一環ではじめたのが、農家さんへのインタビュー取材です。自分が新規就農を目指した際、参考になる先輩農家さんの情報がネット上になく苦労した経験がきっかけでした。申請のコツや開業資金のリアルな数字など、そうした情報を可視化すれば新規参入者の参考にもなるでしょうし、農業に興味のない人にも知ってもらえるきっかけになるかもしれない。であれば、まずは自分で形にして結果を出すことが、行政への一番の説得力になると考えました。
この取り組みは、農園とは切り離して『ワニナルプロジェクト』と名付けました。当初はアオニサイファームで発信していけばいいかと思っていたのですが、発信をはじめたタイミングで、元サッカー日本代表でつくば市出身の近藤直也さんから「アスリートが農業に参入する道筋を作りたいと思っているんです」とDMをいただいたのです。地元に恩返ししたいという彼の熱い想いに触れ、「つくば市に仲間ができる。ぜひ一緒にやりたい!」と即断即決。一緒に活動をスタートすることになりました。
フリーペーパー『ワニナルペーパー』の創刊号は、私のInstagramアカウントでつながった4人で制作しました。2年間かけて農家さんを訪ね歩き、アオニサイファームをオープンする2023年、1月に発行したのです。自分たちで印刷費用を払い、捨てられないようにと良い質感の紙を選んで、1万部を発行しました。紙面には「発刊と同時にクラウドファンディングをはじめます」と盛り込みました。目指したのは、50日間で100万円です。「フリーペーパーでのクラウドファンディングは難しい」という周囲の声をよそに、わずか20日間で100万円を突破。最終的にはネクストゴール150万円にも到達しました。「近藤さんと活動する姿を見ていました」など、うれしいコメントもたくさんいただきました。

こうした波に乗り、6月にアオニサイファームをオープン。デザイン×農業という切り口が注目され、大手メディアからも取材が相次ぎました。取材による波及効果も大きく、このころには、Instagramのフォロワーも目指した人数に達していましたね。オープン初日から多くの人にお越しいただきました。とはいえ、実は私は「もっと来ていただける」と思っていたのです。さすがに京都とはわけが違ったか……というのが最初の土日の感想でした。ただ、オープンから2週間後、突然とある芸能人一家がプライベートで突然来てくださって。お話を伺うと、なんとアオニサイファームを目的地に選んで予約までしてきてくださっていました。めちゃくちゃびっくりしましたね。写真撮影も快く受けてくださり、ご自身のSNSでも「アオニサイファームに遊びに行きました」と紹介してくださいました。うれしかったですね。これが起爆剤となり、駐車場に車が停めきれないくらい多くの方にお越しいただけるようになりました。

クリエイティブ力を活かした
独自の選挙戦で市議会議員に
現在、私はつくば市議会議員として1年が経過し2年目を過ごしています。「10年後には市政に携われる人になろう」とひとり心に決め、ようやくその時が来たと出馬を決めました。驚かれるかもしれませんが、出馬に関しては、公示まで、ほとんど誰にも話しませんでした。選挙がはじまってから知り合い50人程度に連絡しただけ。当選するにふさわしい人間になることが目標だったので、マイクも持たず、挨拶回りもしないといった型破りな選挙戦に挑んだのです。
活動を発信し続け、自分を信じて進んでいれば、きっと見てくれる人はいる。そう信じていました。SNSのアカウントのフォロワーがアオニサイファーム、個人用、ワニナルプロジェクトでそれぞれ6000人、3500人、3000人いましたし、これまでに計13回開催した、つくば市後援の『ワニナルフェス』などの実績もありました。さらには、つくば市からの講演依頼や大学での授業、新宿での新規就農フェアへの登壇や全国紙への記事掲載など、一つひとつの積み重ねが、私の背中を力強く押してくれたのです。
私が注力したことは、プロモーション動画制作です。自分がつくば市にやってきて取り組んできた活動を紹介する動画を作り、YouTubeやInstagramで集中的に配信しました。選挙期間中にポスターを見た人が「あ!ブルーベリーの人だ!」とわかってもらえるよう考えました。こうした活動だけで、応援してくれる人には十分伝わるだろうと思っていましたね。

選挙戦に向けて事務所を特別に設けることもなく、出陣式もせず、農園に集まった大学生とクリエイター仲間4人とスタートするという、こぢんまりとした幕開けでした。1日1本だけ動画を取り続けるのが私流の選挙活動。1度だけ駅前に立ってみようかということで、手製のタスキを付けて朝にみんなで立ってみたことがありますが、「朝の忙しい時間にチラシを配るのは、かえって迷惑になる」と感じ、すぐにやめました。選挙カーも、スピーカーなしの車を走らせただけ。最終日は柏市に住んでいるワニナルプロジェクトの共同代表である近藤さんに会いに行っていたほどです。妻や大学生たちには「大丈夫ですか?」と心配されましたが、大丈夫だと答えていました。実際は怖かったですし、ドキドキしていましたが、10年間続けてきた自分を信じようと思っていました。
私が出馬した選挙は、28人の枠に立候補者が46人。近年稀に見る激戦でした。近隣の選挙では定数と候補者数がさほど変わらず、当選がほぼ確実視されるケースも少なくないなか、なかなかない厳しさだったのです。開票日当日、ふつう候補者は投開票の場に行かないのですが、私は5人全員で向かい、12時間かかった投開票を見守りました。結果は、3100票。28人中、14番目として、当選となりました。10年間思い描いていた瞬間で、みんなでワーッと盛り上がって。人生で1番うれしかったです。
どこかの党や団体に属しているわけではないので、私に投じられた一票は純粋な「民意」の現れなのだと深く受け止めています。その重みを背負い、市議会議員としての活動をスタートさせました。個人としてのマチづくりと、行政の一員としてのマチづくりとには、やはり違いがありますね。でも、市政に携われていることは光栄で、やりがいがあります。1年目を無事に終え、2年目を迎えましたが、自分なりのスタイルで、これからも自分にしかできいことでつくば市に貢献し、市民のみなさまに行政に興味を持っていただける活動を続けていきたいです。

クリエイターならではの発想が
地域の変革に直結する
クリエイティブにはいろいろな側面があります。かつての私はグラフィックデザインが中心でしたが、今はコミュニティやコミュニケーションといった形のないものをデザインすることも大事だと思っています。マチづくりにも市政にも、そういう観点がすごく必要なのではないでしょうか。クリエイターが、もっともっとマチづくりや行政に参加することが、地域が変わっていく一歩になると信じています。
議員2年目となり、最近は「選挙に出たい」という方のクリエイティブサポートができる体制も整えています。10年前の目標を叶えた今、次の目標をどうしようか考えながら、目の前のマチづくりの仕事に全力で向き合っているところです。

ー おわりに ー
「計画通り進めただけ」「自分を信じて進んだ」と快活に語る一方、「怖さもあった」と感情を吐露してくださった青木さん。フリーランス時代の「まずはやってみる」「思ったことを貫き通す」姿勢、出会った人を大事にするマインドが10年前に思い描いた未来の実現につながったのでしょう。「人間、何でもできる」ともお話してくださった青木さん。これまでのキャリアと異なることでも、気になったことには果敢に挑戦してみることが、自分の可能性を広げることにつながるはずです。
PROFILE
青木真矢(あおきしんや)
つくば市議会議員
アオニサイファーム 代表
合同会社ワニナルプロジェクト 代表
株式会社ファストユニオン 代表取締役
1979年10月生まれ。京都府京田辺市出身、滋賀県育ち。京都芸術大学卒業後、18年間広告デザインの世界で過ごし、40歳にして異業種から新規就農。京都のブルーベリー観光農園の立ち上げから携わったノウハウを活かし、ブルーベリーの日本三大産地である茨城県つくば市にてブルーベリー観光農園や通年営業のカフェを併設するアオニサイファームを立ち上げ、2023年にグランドオープン。2021年には元プロサッカー選手・近藤直也氏と『ワニナルプロジェクト』を開始。2024年つくば市議会議員選挙に初当選。行政や企業と連携を取りながらつくば市をはじめとした地域社会への貢献活動と、デザイナーとしての経験・スキルを活かした新しい農業のカタチづくりを追求し続け、その一環として講演活動やイベント運営等を行っている。
青木真矢:https://aoki-shinya.com/
アオニサイファーム:https://aonisai-blueberry.com/
ワニナルプロジェクト:https://waninaru-project.com/




