現在は精米の過程で生まれる「砕け米」を使い、安心安全な米ストロー・カトラリーを自社で開発・製造する株式会社UPay代表取締役CEOの上官ゆい(じょうかんゆい)さん。
環境、農業、教育といった社会課題に取り組む事業を展開する上官さんですが、その原点は意外にもアパレルショップの経営でした。経験も資金もない状態からはじまった最初の挑戦。その人生の転機は、ある日かけられたたった一言からはじまります。
「東京で働きたい」からはじまる
最初の挑戦
私は長崎県佐世保市の出身です。学生の頃から都会への強い憧れがあり、就職では東京の会社を選びました。ファーストキャリアでは営業職に就き、東京で働く生活がはじまりました。知らない土地で働き、知らない人と出会う。最初は緊張もありましたが、新しい環境で人間関係を築いていく経験は、自分にとって大きな学びになりました。学生時代は、どちらかというとコミュニケーションが得意なタイプではなく、友達をつくることに苦労したこともあります。だからこそ、「自分を知っている人がいない場所で一から人間関係を築きたい」という思いもあったのだと思います。東京で働くなかで感じたのは、人の多様さでした。地元とは違い、本当にいろいろな価値観や生き方を持った人たちがいる。その環境はとても刺激的で、「もっと自由に生きていいんだ」と感じたことを覚えています。

「九州に戻ってきてほしい」
人生の方向が変わった日
東京での営業の仕事も楽しく順調に務めていましたが、親から「そろそろ九州に戻ってきてほしい」と言われました。私は一人っ子だったこともあり、近くで暮らしてほしいという思いがあったのでしょう。東京での生活には満足していましたが、場所を変えれば新しい出会いもあるかもしれない――。そう前向きに考え、会社に異動希望を出して福岡へ戻ることになりました。同じ会社ではありましたが、東京と福岡では仕事の進め方や雰囲気が大きく異なり、会議の進め方や人との距離感など、環境の違いに戸惑うこともありました。そんな中、「もっと福岡で人とのつながりを増やしたい」と思い、交流会に参加するようになります。そして、その交流会で、思いがけない出会いがありました。
人生を変えた
「引き継がない?」の一言
交流会でたまたま隣に座った方が、私が以前から知っていたヴィンテージショップの経営者だったのです。「知っています。素敵なお店ですよね」そう声をかけたところ、思いがけない言葉が返ってきました。「もうすぐ閉店するんです。もしよかったら、引き継いでやってみませんか?」あまりに突然の提案でした。まさか自分がお店を持つのだなんて、想像すらしていませんでした。ただ、その瞬間に頭に浮かんだのは「一度きりの人生、何か挑戦してみたい」という気持ちでした。もちろん、すぐに決断できたわけではありません。「一週間考えさせてください」と伝え、真剣に悩みました。そして一週間後、私は「やります」と、決意の返事をしたのです。
経験ゼロ、資金ゼロ、人脈ゼロ
当時の私には、アパレル業界の経験はアルバイト経験すらありませんでした。人脈も資金もなく、まさに「ないない尽くし」のスタート。引き継げるのは店舗の枠組みだけで、商品は自分で仕入れなければなりません。まず金融機関に相談しましたが、融資は未経験事業であることから断られました。商工会議所にも相談に行きましたが、事業計画書を書いた経験もありません。家族に相談すると、銀行員だった父からは 「やめておいたほうがいい」 と言われました。「経験のない事業にお金を貸してくれるところはない」と。今思えば、とても現実的な意見だったと思います。それでも、やめようとは思いませんでした。挑戦には、必ず壁があるもの。そう覚悟していたからです。誰かに相談しても、最初から応援してもらえるなんて期待はしていませんでした。だから「やめたほうがいい」と言われても、動揺することはありませんでした。事業計画を練りながら、前オーナーに「無償でいいので働かせてください」と頼み、引き継ぎまでの間、アルバイトとして店に立たせてもらいました。 会社員として働きながら、終業後や週末は店で働く日々。実際にお客様と接するなかで「必ずできる」という気持ちが日に日に強くなっていきました。

準備期間は、わずか1ヶ月
引き継ぎまでの準備期間は、わずか1ヶ月。やると決めた次の日には会社へ辞表を出していたため、そこからはノンストップで準備を進めることになります。金融機関には計3回断られ「このまま借りられなかったらどうしよう」という不安もありました。それでも、なぜか気持ちが後ろ向きになることはありませんでした。素敵なお店があり、前オーナーから仕入れ先も教えてもらえる。ゼロから起業するよりも、ずっと恵まれている挑戦だと思えたからです。振り返ると大変なこともたくさんありましたが、とても楽しい時間でもありました。
経営者は、人の100倍失敗していい
会社員から経営者になり、時間の使い方は大きく変わりました。会社員は休日になると仕事を忘れてオフになることもできますが、経営者は24時間ずっと仕事のことを考えています。夢の中でまで接客や仕入をしていたほどです。最初はアルバイトも雇わず、接客の合間に商品のメンテナンスや仕入れを行うなど、ほとんど休みなく働いていました。未経験ではありましたが、営業職で培ったコミュニケーション力と、元々好きだったファッションの知識が仕入れや接客にも活かされたのだと思います。売上は少しずつ伸び、引き継ぎから半年ほどで税理士から法人化を勧められ、1年後には会社を設立しました。もちろん、順風満帆というわけではありません。商売には波がありますし、不安になることもありました。それでも私は、お客さまの笑顔に救われ、できるだけ楽しむことを心がけてきました。失敗したところで、命まで取られるわけではありません。むしろ、失敗や苦労、挫折こそが人を成長させるものだと思っています。経営者は、人の何倍も失敗します。だから私は、つまずいたときこそ「また一歩成功に近づけた」と思うようにしています。

ー おわりに ー
上官さんは20年以上前、カラーコンタクトを個人輸入していたそうで「これで国内向けに通販事業を立ち上げれば良いビジネスになるのでは」と思いつつ、「はじめ方がわからない」「誰に相談すればいいの?」と着手しなかった経験を持ちます。そのときにはじめていたら、今は大きなビジネスになっていたかもしれません。この経験から、「まずやってみる」を信条とした上官さん。チャンスの女神は前髪だけ、迷っていたら後ろ髪は掴めない。
「調べてもネガティブなことにしか行き着かないから、まず行動してみる。やりながらどうするかを考えるようにしています」というのが挑戦し続ける上官さんのスタンスです。次回「米ストローに込める想い」では、コロナ禍をきっかけに挑んだ「米ストロー」開発秘話や、子育て中のお母さん、子どもたちに向けた活動についての想いを伺いました。
PROFILE
上官ゆい(じょうかんゆい)
株式会社UPay 代表取締役CEO
サステナブル事業プロデューサー
長崎県佐世保市出身。環境分野での社会課題解決と、地域資源の再価値化を軸に活動。2015年にアパレルで起業後、株式会社UPayを設立し「もったいない」を未来の価値に変えるものづくりを展開している。次世代の命を守るための小中高への出張授業にも注力。環境・農業・教育・女性活躍の分野にまたがり、多方面から注目を集める。講演、執筆、プロジェクトプロデュース、スタートアップ支援など、多様な立場で「社会起業のリアル」を伝え続けている。
株式会社UPay:https://upay.co.jp/






