伝統と技術を見つめ、育て、そして世界へ
<創造のルーツ>

〜 thincな人・shokolatt 鶴本さん ✕ 日本のものづくり〜

日本のものづくりの技術を活かし、新たなブランドを生み出し世界へ展開し続けている鶴本晶子さん。大分県由布院出身で、女子美術短期大学を卒業した後、1992年から東京とNYを拠点に、現代美術家、コラボレーターとして世界で活動してきました。2007年からは新潟県燕三条市のチタンテーブルウエアブランド「SUSgallery」を立ち上げ、2010年には自ら企画・デザインした『真空チタンカップ』がAPEC20ヶ国首脳のギフトに選出されました。富山県高岡市の「NAGAE+」のブランドディレクターとしても活躍し、製品がトランプ大統領夫人への来日ギフトにも選出。その後、石川県金沢市の株式会社箔一ブランドディレクター、慶應義塾大学経済研究所の顧問など多岐にわたる役職を持っています。2022年からは、ものづくりに焦点を当てたラグジュアリーツアーの造成や、ブランディングコンサルタントとしてのアドバイザー、プロデューサーを務めています。メイドインジャパンの世界展開に尽力している鶴本さんに創造のルーツを伺いました。


海外への憧れ

幼少期は自然児、思春期は引きこもりがちな文学少女でした。自然に囲まれた由布院という温泉地のさらに山峡の湯平温泉に暮らしていました。幼い頃は山を飛び回り、四季折々の日本の田舎で多くのことを体験していたのですが、温泉地だったこともあり、おませさんが多く、物心がついた頃から孤独感を感じていました。そのため、家に閉じこもって母のコレクションの画集を見たり、絵を描いたり、文学全集を読んだり、音楽やラジオを聞いたりすることが大好きな子どもでした。

いまだにコンビニもないような田舎で育ったので、自然の中の美しいものであったり、山峡の温泉地にある旅館の風情や地域の文化やお祭りであったり、そういったものに囲まれて育ちました。だからこそニューヨークであり、東京であり、そういった都市生活というものに対して非常に強い憧れを抱いていました。



父親が外国船の船長をしていて、年に一度夏休みの前に、山のようなお土産を買って帰ってきてくれました。なので、海外への憧れというのは本当に小さい時からあって。生まれ育った由布院も素晴らしい場所ですが、「外の世界には全く未知の素晴らしいものがある」という憧れは人一倍強くありました。日本の地域社会では一人一人の役割がきちんとあって、みんながその地方の地域社会で役割を担っていて。なので、自分が海外に行った時にも、社会の中で何かを担いたいと思っていました。自然豊かな小さな共同体で培われた様々な経験による感性の形成と、外の世界への憧れが原点かもしれないですね。「憧れ」がすごい行動力になっています。

女子美術短期大学に入学して「上手い人がいっぱいる!なんてみんな上手いんだ!」と思い、美術・デザインで社会に貢献できることは何かということを考えなくてはいけないと、自然とそう思い始めました。技術的な研鑽では2年はすぐに終わってしまう、美術やデザインのコンセプトの作り方を磨くことが自分のやるべきことではないか?「何を」「何が」どんな意味があるのかを磨き上げることが重要だと気づき、他の人にはないものがそれだと、現代美術にハマってしまいました。海外に憧れていたこともあり、ニューヨークが本場なので、そこで現代美術に触れたい、仕事がしたいと思ったことがスタートしたきっかけになります。日本のものづくりは、技術を細かく積み重ねていくと「こんなに美しいものができる」というものがたくさんあって、尊敬すべきものだと思っています。加えて、これからの時代は「コンセプト」。10年、20年、50年、100年と続いていく産業になっていくためのコンセプト形成(=ビジョン形成)をしていく変革が必要だと思っています。

2023年8月、7年ぶりにニューヨークに来訪し、考えていることがあります。これからの未来を伝統的な価値を大切にしながら、母なる自然を大切に、未来を創造する世界中の衣食住のスペシャリストたちとの協働です。私は現代美術に始まり、日本のものづくりのブランディングを30年やってきて、ものづくりを媒介として、食、デザイン、建築、旅など様々なコラボレーションをし、世界で活躍する才能溢れる憧れの人たちと協働をしてきました。これからはさらに、日本の文化やものづくりの価値を向上させるような、世界に発信するスペシャリストたちと出逢い、創っていく未来に憧れを抱いています。誰か一人というよりは、散りばめられているというような感じだと思います。

様々な分野の垣根を越え、創造的な未来を創る場の提供を目指し、春と冬には青山のLIGHT BOX STUDIOで合同展示会『ダイアローグスマーケット』を開催しています。社会性に優れたクリエイティブな衣食住のスペシャリスト達と、創造的な対話を愉むことができる展示会となっています。

ものづくりで大切なこと

ものづくりで大切なことの一つに「美」があると思っています。その美の中には、「普遍的な美」 と「創造していく美」があると考えます。「普遍的な美」とは自然に宿っているもので、自然界の花の美しさは、鳥や蝶、蜂が蜜を求めて訪れることで受粉することができるという意味において、生存することと美が同居しています。デザインや現代美術などのアートは人間が「創造していく美」。幼少期から自然界に存在する「普遍的な美」が日常中にあり、そこから今ものづくりをするにおいても機能と美がいつも根幹にある価値になっています。

もう一つは素材と、職人さんとの深い対話です。振り返ってみると、金属という素材にとても縁が深くありまして、金属という素材そのものに向き合うことがすごく重要だと思っています。じっくりと向き合うことで、素材が語りかけてくるんです。それは本当に素晴らしい体験でした。最初のブランドではチタンの驚くべき素材としての魅力に取り憑かれました。優秀な燕三条の職人さん達と、多くの困難を乗り越えながら、共にチタンの持つ可能性を様々な側面から多面的に引き出すことに成功し、そのお陰で世界に類を見ないチタンテーブルウエアのブランドが誕生しました。その後もアルミ、スズ、ステンレスに取り組み、現在は金沢の金箔の総合メーカーで金、プラチナ、銀、銅の1,000分の1ミリの箔の素材を使った商品開発に取り組んでいます。

あらゆる素材を素材から開発するのが大好きで、素材が思いもよらないような美しさに変化してくれたり、単に表面が美しくなっただけではなく非常に強くなったり。いろんな素材と向き合い、素材開発から始めて、そこからデザインや企画があって、その先にそれが誰かの生活を輝かせていく。全てに携わることができるブランドディレクターという仕事が大好きです。職人さんと一緒に作り出し、プロダクトになった時に唯一無二のものが生まれます。それぞれの金属が持つ特徴や可能性、偶発的な失敗、またそれぞれの職人さんによって、素材が語りかけてくる新たな可能性は無限大です。職人さん達と素材への尊敬と感謝が一番大切にしていることかもしれません。


(Photo : Takato Yokoyama)


商品開発をしていると「はっ!」と言ってしまう瞬間があるんです。そうすると、「鶴本さん何か思い浮かんだ」と思われて、「また新商品のアイデアを言われるから、もう思い浮かばないでほしい」と言われることもあります(笑)。その「はっ!」というひらめきの瞬間は、私の55年間過ごしてきた中で、例えば仕事の経験はもちろんのこと、幼い頃に自然と触れ合ったことやニューヨークで現代アートの世界に触れ合ったことなどの経験が、創っている中での55年何ヶ月分の1秒というところでいつも考えているので、こうなったらどうなるのかということをドリーミーに考えたりしているんです。素晴らしい素材と対峙している時に、「はっ!」という思いつきのようで思いつきではないアイデアが、ポンッと出てくる。それは今までの経験から、色・素材・記憶などのあらゆることがバババババッと脳のニューロンが結びつき生まれます。素材がプロダクトに変わっていったり、どういう人にどう使ってほしいかも含めた様々な深層心理の中から、バーッと出てきてビッとくる、その瞬間が自分でも大好きで。そういった感じでものづくりをしています。

美意識というものがあって、それは様々な体験をすることでより深まり広がっていきます。例えば、ガラスの器に水が張っていて「ただの水だ」と通り過ぎるのか、「日差しの中でこんなにも水が美しくなるんだ」と自分の美意識の中に閉じ込めるのか。何かものづくりをする時にその美意識がふっと表れてくることがあります。だからこそ、ものづくりがすごく楽しく、その反面すごく辛いこともあります。

商品開発もそうですが、多くのクリエイターの方はPCの画面に日々長い時間向き合っていますよね。みなさん大変だと思うんですが、美しいと思う瞬間を自分の中に積み上げることで、その上澄みに美しい瞬間があるからこそものづくりを続けられたり、クリエーションし続けられると思うんです。そういう意味でいうと、すっごく辛くて、すっごく楽しい。天国と地獄じゃないですけど。どんなお仕事でも大変だと思いますが、その大変さを楽しめる、地獄の先にある素晴らしい世界を体験できるのはクリエイターではないかと思っています。

憧れが行動力の源であり、
美意識がものづくりのインスピレーションを生み出す


ブランドディレクターとして、日本のものづくりを世界ブランドへ昇華させる鶴本さん。行動力につながったのは憧れでした。憧れが鶴本さんを海外へと導き、日本のものづくりを世界へ発信させるプロフェッショナルへの道を切り開かせた、とも言えるでしょう。

また、幼少時代の自然との触れ合いや美大での学び、海外での経験すべてが現在の鶴本さんの「美意識」を形成していることがわかりました。日常の何気ない瞬間に「美」を見つけ出す感受性や、その美に感動する心が、ものづくりの動機やインスピレーションを生み出しています。鶴本さんは「生きていくこと、暮らしていくこと自体を創造的に愉しむことがものづくりに大切なことであると考えており、日々の暮らしや、体験を能動的に愉しむことがものづくりをしていく糧になっていくと考えます」と話してくれました。

次回、『海外市場でも輝くブランドづくり』では、日本の伝統的な技術を海外市場へどのように進出させたのか、お話しを伺います。

『海外市場でも輝くブランドづくり』はこちら

 

PROFILE

鶴本 晶子(つるもと しょうこ)

ブランドディレクター
金沢箔一ブランドディレクター
shokolatt 代表

大分県湯布院出身、女子美術短期大学卒業。

1992年〜
現代美術家コラボレーターとして東京、NYを拠点に世界的に活動。
2007年〜
新潟燕三条のチタンテーブルウエアブランドSUSgalleryマネージング、クリエイティブディレクター
2010年
APEC20ヶ国首脳のギフトに選出。
2015年〜
富山県高岡 NAGAE+取締役ブランドディレクター、
プロデュースした錫製品がトランプ大統領夫人へのギフトに選出。
2016年
経済産業省クールジャパン「The wonder 500」プロデューサー就任。
2020年〜
石川県金沢市 株式会社箔一ブランドディレクター、
慶應義塾大学経済研究所、インバウンド観光研究センター
一般社団法人インバウンド観光総研顧問に就任。
2022年〜
ものづくりを巡るラグジュアリーツアーの造成に着手、
企業のブランディングコンサルタント、経産省、観光庁、行政などのアドバイザー、
プロデューサーなどを務めながらジャパンブランドのプロデューサーとして活動。

[受賞歴]
2016年
ナガエプリュス ティンブレス グッドデザイン賞受賞 デザイン、クリエイティブデレクション
2017年
SUSgallery コレド室町 EuroShop//JAPAN SHOP Award 第3回ショップデザインアワード
最優秀賞受賞クリエイティブデレクション

shokolatt:https://www.shokolatt.jp/

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