伝統と技術を見つめ、育て、そして世界へ
<海外市場でも輝くブランドづくり>

〜 thincな人・shokolatt 鶴本さん ✕ 日本のものづくり〜

現代美術家のアートマネジメントを経て、ブランドディレクターとして活躍されている鶴本晶子(つるもと しょうこ)さんに、 ブランディングの考え方や、日本のものづくりブランドを初めて世界へ発信した際の挑戦について伺いました。


ブランディングとは

「ブランディングとは?」に答える前にみなさんへ質問です。「ブランディングに初めて取り組むことは、企業にとって天国だと思いますか? 地獄だと思いますか?」。

講演会や講座などでも質問させていただくんですが、実は引っ掛け問題で、答えは「地獄か墓場」です。「ブランディングをするのは地獄、しないのは墓場、そこに天国はない」というのが答えとなります。

墓場の定義は「何もしない・現状維持」です。経営が右肩上がりではないにも関わらず、新たな可能性を探らないでいると、行き着く先は墓場だと例えています。地獄の定義は「大変であっても、ブランディングをしていく」こと。本当に大変だけれども、ブランディングをすることによって企業の未来が拓けていくかもしれません。「その地獄を楽しんでやりましょう」 というのが答えなのかなと思っています。

企業が持つ唯一無二の個性や強み、可能性をブランディングという形で、外からのクリエイティブな目線と独自のメソッドで引き出し、社会や業界に見える・感じるように形にしていくことがブランディングだと考えています。

日本のものづくりを世界へ広める
世界市場への挑戦

​​20代の頃、ニューヨークと東京を起点に現代美術家のマネジメントをしていた経験は、私にとってかけがえのないものです。作家の唯一無二のコンセプトから生まれた彫刻やインスタレーションの作品は、日本の職人さんとの協働で、海外のみなさんが驚くべき素晴らしいものとなりました。それは世界トップレベルの美術館や展覧会、ギャラリーで発表され、コレクションされていきました。

その後、9・11(同時多発テロ)を生活圏で体験したことを機に、帰国することになりました。その体験から全く別の人生の可能性を探ることになりました。日本の仕事がしたい、日本の良いものを世界に発信する仕事がしたいと、アートマネジメントの手法で日本のものづくりを世界発信しようと考えました。

現代美術の仕事というのは世界が舞台でしたし、世界には60億という人口があり、日本よりも大きな市場があると分かっていたので「初めから世界の市場を目指す」ということをやらないという選択肢はありませんでした。

世界の市場に出すリスクであったり、失敗するかもという不安はあると思いますが、その会社や商品にあったスモールステップでやれば良いのだと思います。でもそれは、何でも良い訳ではなく、本当に素晴らしいものでなくてはなりません。本当に素晴らしいものであれば、どんな形でも世界に発信していくことが可能なんじゃないかと。審美眼があり、それを欲しい人がいて、大きな市場があるので、それぞれのやり方を考えれば、海外展開・世界戦略というのは、100%できると私は思っています。

今ではネットに海外展開に関する様々な情報もありますが、15年前は情報がほとんどなく、社長や会社の人たちはとても不安に思っていたと思います。そんな中でも私は必ず結果を出すことが義務だと思っていました。まだ無名のブランドが出ていく時も、出口戦略をしっかり練り、出来うることは全てやりました。ブースのデザインであり、ロゴのデザインであり、ブランドコンセプトであり。隣に海外の有名ブランドがあったとしても、恥ずかしくないコンセプトが伝わるブースデザインや、商品の価格をきっちりと決めて出すことで、ブランドとして堂々と魅せることを出来る限り表現しました。

初めて携わったSUSgalleryが、JETRO(ジェトロ)の海外の有望案件というものに採択していただき、燕三条の素晴らしい工場と出逢い、ブランドコンセプトを磨き上げ、他の工場にはない、その工場が持っている産地の強みを引き出しました。日本の美を中心としたデザインのプロダクトを創るために、それこそさっきの地獄ですね。周到な準備をして、総合的にブランディングをしていきました。

世界トップレベルの展示会に出品し、初回からかなり順調なスタートを切ることができました。ニューヨークのCalvin Klein Home(カルバン クライン ホーム)や、イタリアのRossana Orlandi(ロッサーナ・オルランディ)といった有名ブランドを含め、世界中から発注をいただきました。アートマネジメントで培った経験・手法がなければ、未経験では成し得ないものでした。

SUSgalleryで作り上げた『真空チタンカップ』は、APEC Japan 2010にて各国首脳のギフトに選ばれ、日本を代表するブランドにまでなりました。本当に良いものであれば、海外の市場を覆うことは可能であり、実際に海外・国内マーケットを作り上げました。アートマネジメントを日本のものづくりのブランディングへと昇華させたビジネスモデルの誕生です。


(提供:shokolatt)


基準のないマーケットで
ブランドの未来を切り拓く

本当に良いブランドであれば、世界中の人に見てほしいですし世界で活躍してほしい。それには、世界に進出させるための方法をちゃんと考えて提案することが必要だと考えています。

実際の事例でぴったりな物語があります。初めてブランドが展示会に出た時に、非常に条件の悪い角でもなく奥まった場所にブースが割り当てられたんです。来てもらえれば素晴らしいと分かってもらえるような展示のデザインではありましたが、待っていても人がほとんど来ることはありませんでした。なので、通路に出て身なりのいい人に声をかけて来ていただいたり、人気のブランドのブースで有名バイヤーにブースナンバーを書いた紙を渡したりと自ら動き、魅力的に話をして来ていただきました。

パリの百貨店バイヤーと出会ったり、たまたま声をかけた方がCalvin Klein Home(カルバン クライン ホーム)のアシスタントディレクターで、当時世界的に有名なCalvin Kleinのクリエイティブディレクターを連れてきてくれたり。待っているだけではダメだと思います。そのように外に働きかけて、ブースの場所が悪ければ自ら人を連れてくるぐらいやらないと。1回目がそうだったので、次のメゾン・エ・オブジェでは交渉して、少し良い場所にしていただいたりしました。なるべく良い場所がもらえるように、前もって運営の団体に素晴らしい写真を送っておくなどの努力をしました。他にも、海外の展示会のオーナーが日本へ来る機会もあるので「こういうブランドなので、今度ぜひ良い場所で出展させていただきたい」と直談判するなど、いろいろなやり方があるのではないかと思います。

展示会というのは舞台のようなもので、そこで素晴らしい顧客がつく瞬間が一番楽しく、地獄の先にある楽しみとはそういうところにあるんじゃないかな。海外で注文をとってきた商品が工場で生まれる姿を目にすると非常にワクワクしますし、「これがあの時に出会った方々のお店に並んで、ニューヨークの人たちの生活を輝かせていくんだ」と感じて嬉しくなります。しかしそれには、関わって下さった方々への大きな責任と義務が伴います。創ったものが売れなかったらと考えると、やはり強大なプレッシャーも感じます。

商品開発をしたものがマーケットに出る前は「新しいものの開発は不安だけど、でもなんだか面白いな」と職人さんたちは疑心暗鬼だったと思います。商品が実際に売れて動き始めた時に「鶴本はちゃんとこれを海外で市場に出してきたんだな」と、信じてくださるようになったんです。だからこそ、その後も一緒に商品開発など、新しい取り組みができるのだと思います。

挑戦の先に見える光

ブランディングは時に厳しい道のり(地獄)ではありますが、乗り越えた先には企業の新たな可能性(天国)を開拓できるかもしれないという光があることがわかりました。近年、情報通信技術の発展をはじめ、社会環境が大きく変動する中で、柔軟に対応することが求められます。そのためには「何もしない・現状維持」ではなく、自ら行動し、挑戦を続けることが必要です。それは簡単なことではありませんが、ビジョンと信念を持って、動き続けることが成功への道につながるのでしょう。

次回、『“ つなぐ ”が創る未来』では、ブランドとの向き合い方や、「つなぐ」をキーワードにブランドや企業、職人、世界とのつながりについてお話しを伺います。

『“ つなぐ ”が創る未来』はこちら

 

PROFILE

鶴本 晶子(つるもと しょうこ)

ブランドディレクター
金沢箔一ブランドディレクター
shokolatt 代表

大分県湯布院出身、女子美術短期大学卒業。

1992年〜
現代美術家コラボレーターとして東京、NYを拠点に世界的に活動。
2007年〜
新潟燕三条のチタンテーブルウエアブランドSUSgalleryマネージング、クリエイティブディレクター
2010年
APEC20ヶ国首脳のギフトに選出。
2015年〜
富山県高岡 NAGAE+取締役ブランドディレクター、
プロデュースした錫製品がトランプ大統領夫人へのギフトに選出。
2016年
経済産業省クールジャパン「The wonder 500」プロデューサー就任。
2020年〜
石川県金沢市 株式会社箔一ブランドディレクター、
慶應義塾大学経済研究所、インバウンド観光研究センター
一般社団法人インバウンド観光総研顧問に就任。
2022年〜
ものづくりを巡るラグジュアリーツアーの造成に着手、
企業のブランディングコンサルタント、経産省、観光庁、行政などのアドバイザー、
プロデューサーなどを務めながらジャパンブランドのプロデューサーとして活動。

[受賞歴]
2016年
ナガエプリュス ティンブレス グッドデザイン賞受賞 デザイン、クリエイティブデレクション
2017年
SUSgallery コレド室町 EuroShop//JAPAN SHOP Award 第3回ショップデザインアワード
最優秀賞受賞クリエイティブデレクション

shokolatt:https://www.shokolatt.jp/

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