豊田に根ざして気づいた魅力
<耕Lifeで広がる地域の輪>
〜thincなひと・こいけやクリエイト 西村新さん×愛知県豊田市〜
生まれ育った愛知県豊田市でデザイナーとして独立、法人化した株式会社こいけやクリエイト代表の西村新(にしむらしん)さん。クライアントは主に豊田市に拠点を持つ事業者の方々で、地域に根差した仕事を手掛けています。「人見知りで、営業が苦手。だから営業しなくても仕事ができる方法を考えてきた」という西村さん。地域で存在感を示す存在になっていった軌跡をたどりました。
独立のきっかけは
「できるだけ家族と近くにいたい」
こいけやクリエイト立ち上げのきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災でした。当時の私は地元・愛知県の広告代理店勤めで、深夜3〜4時の帰宅が当たり前の生活を送っていたんです。1歳の娘ともなかなか関われない中、震災を機に自分にとって何が1番大事なのかを振り返り、家族だなと思ったんですよね。
独立して自宅兼事務所にすれば、少なくとも何か起きたときにも同じ空間にいられる可能性を高められると思い、同年8月8日に個人事業主としてこいけやクリエイトを立ち上げました。本名に何も関係のない「こいけや」は、芸大生のころに学祭の仲間とはじめた模擬店の名前です。
今でこそ豊田市のお客様の仕事が中心ですが、最初から地元密着の仕事をしていこうというビジョンを掲げていたわけではありませんでした。会社員時代にツテとコネを作って独立される方もいるでしょうが、勤めていた会社から仕事を持っていったわけでもありません。共働きだったので、「これぐらいの仕事があれば何とかなるだろう」と、今思えば甘い考えでスタートを切ったなと思います。
最初にはじめたのは、地元の同業他社への挨拶と、異業種交流会への参加です。私は人見知りで、飛び込み営業なんてとてもじゃないけれど無理というタイプなため、いかに営業をせずに仕事をするかを考えました。そこで着はじめたのが、トレードマークとなったオレンジ色のつなぎです。いつでもこれを着ることで「オレンジの人」と覚えてもらえるようになり、今では靴もカバンもオレンジのものを選んでいます。オレンジ色のイメージから元気な人と思われがちで、初対面の人に「思っていたよりも大人しいんですね」と言われることが多いですね。
暖かい印象を与えるオレンジ色は、人が集まる色とも言われているようなのですが、実はそれを狙って選んだわけではないんです。理由は、妻が友だちの結婚式でもらったカタログギフトに載っていたのがオレンジ色のつなぎだったから。結果、私のラッキーカラーとなりました。
つなぎの話からもわかるように、割と行き当たりばったりな人間なんです。独立2年目に法人化したのは、売上が1000万円を超えたら法人化しようと考えていたところ、1年目に突破したから。中長期計画はまったくありませんでした。「こうしよう」と決めると、それに縛られてしまうんですよね。あえて決めないことでフラットに考えることができ、結果そのときの最善策を取ってこられたのかもしれません。
コロナ禍以後の今でこそリモートで遠方のお客様とやり取りすることが当たり前になりましたが、独立当時は対面での打ち合わせが基本でした。地元である愛知県、特に豊田市に密着した仕事をすることになった理由としては、移動時間がネックになるため、できるだけ近隣のお客様と仕事をしたいという思いがあったというのが1つあります。
あとは、独立時に知人に考案してもらったコピーも一役買ってくれたのでしょうね。「豊田の明日をクリエイト。」というコピーで、当時は「風呂敷を広げすぎでは」と言っていたのですが、そう謳ったことで豊田市に意識が向くようになり、実態が追い付いていったのかなと。
こいけやクリエイトのメインのお客様は、個人事業主のデザイナーには規模が大きく、大きな広告代理店にとっては小さい事業所です。そのため、競合が少ないんですよ。市外のお客様の仕事も受けていますが、豊田のお客様だけでも十分やっていける環境をつくれています。
デザイン会社が考える地域貢献の形
ライフスタイルマガジン『耕Life』を発刊
法人化後、スタッフを2名増やし、妻と私とで4名体制になりました。その当時、CSR(企業の社会的責任)が流行っていて、法人は地域貢献すべきだという流れがあったんですよね。そこでデザイン事務所には何ができるのかを考えた結果、「情報をデザインで伝えられるのでは」と思ったんです。
豊田市は周辺の市町村と合併してエリアが拡大していて、特に山間部にはユニークな人が移住してきていたり、活発に活動されていたりする人がいるんです。せっかく面白い人たちがいるのに、知らないのはもったいない。そんな思いから、フリーペーパーで情報発信をしようと思い立ちました。
創刊号は16ページ。写真撮影以外は、今もすべてスタッフが行っています。ライティングができるわけでもありませんし、紙面づくりに必要な台割を作ったこともない。試行錯誤を繰り返しての取り組みでしたが、続けるなかでスキルアップし、パンフレット制作の仕事依頼がきても受けられるようになりました。
紙面で紹介する際に大切にしているのは、普遍的なものを紹介すること。発刊と同時期に、千年持続する社会をつくろうという思いで集まってる有志団体『千年委員会』に加わり、豊かさとは何かを考える視野が広がったんです。『耕Life』でも流行り廃りは追わず、続いていくもの、続いていってほしいものを取り上げるようにしています。
発刊前、岡崎市でフリーペーパーを出している方に聞いたところ、「出すのは簡単だけど続けるのは大変」と言われました。うちが続けられているのは、フリーペーパーを収入の柱にしていないことと、無理なく長く続けられる形をとっていることが理由だと思います。赤字にならないなら継続して良いと思っていて、3の倍数月にコツコツ出してきました。人生を耕せるものかどうかが基準で、その想いに共感した方が広告を出稿してくださっています。結果として広告掲載の継続率は95%。10年以上続いているお客様もいます。
デザイン会社として、デザインにはとことんこだわっています。クライアントワークではないからこそ、自分たちの好きなテイスト、得意なテイストがにじみ出る紙面になり、それが結果として会社のブランディングになりました。部数も3000部から今では1万5000部まで伸び、行政も配布に協力してくださっています。「行政にはできない切り口で紹介してくれている」と言っていただけていますね。配布場所は信用度にもつながるため、市の施設に置いていただけるのはありがたいです。『耕Life』をきっかけに豊田市への移住や結婚を決めた人もいるんですよ。誰かの人生を耕せたのかなと思うと、うれしくなりますね。
『耕Life』をきっかけに新事業が生まれた
『耕Life』の2016年のはちみつ特集をきっかけに養蜂をはじめました。取材した養蜂家の方に「自分でミツバチを飼ったほうが養蜂のことがわかるよ」と言われたからなんです。当時のスタッフも乗り気だったので、試しに飼ってみたんですよ。すると、巣箱ひと箱で20キロのはちみつが採れた。スタッフで分け合っても余ったので、「じゃあ売ってみるか」と販売してみたのが今につながりました。はちみつは農産物と同じ扱いなので、産直野菜のように販売のハードルがそれほど高くないんです。
試しに1年のはずが、養蜂家の方がおっしゃったようにミツバチがかわいくなってきてしまい、1年で辞められず2年、3年と続けることになり今に至ります。
その後、その養蜂家の方が引退されることになり、養蜂を引き継ぐことになりました。今では4カ所の養蜂場を運営していて、毎年200キロほどのはちみつを収穫、販売しています。会社の手土産が自社のはちみつになり、飲食店とのコラボもできるようになりました。
ミツバチは環境指標生物で、養蜂はSDGsにつながる活動なんですよね。暮らしやすい環境づくりに寄与できたらなという想いで、養蜂場の見学の受け入れも行っています。うちで学んで養蜂をはじめた方も5人ぐらいいるんですよ。
老後は晴耕雨読の生活で、晴れたら養蜂、雨の日は読書なんて生活が送れるようになったらいいなと思っています。
ー おわりに ー
こいけやクリエイトのホームページに掲載されているオレンジ色のつなぎを着てポーズを決める西村さん。その雰囲気から熱血漢を想像していたところ、実際は穏やかな口調で語る落ち着いた方でした。フリーペーパーの発刊を機に、地域に根差す仕事が広がっていきます。後編『次世代の「やりたい」を支援』では、グラフィックデザインの仕事に留まらない西村さんの取り組みを伺うことで、地域で活動の幅を広げていく秘訣を紐解きます。
PROFILE
西村新(にしむらしん)
株式会社こいけやクリエイト 代表取締役&デザイナー
合同会社なんつな 代表社員
人生を耕すためのライフスタイルマガジン「耕Life」編集長
豊田市博物館ミュージアムショップ&カフェmitsubachiオーナー
とよたプロモ部 代表
とよたまちさとミライ塾プラス事務局長
こいけや養蜂園 養蜂家
愛知県豊田市生まれ、在住のデザイナー。「デザインで人と人をつなぐ」をコンセプトにオレンジ色のツナギを着て活動中。2024年4月から豊田市博物館のミュージアムショップ&カフェmitsubachiの運営もしています。最近は何屋かわからないとよく言われます。老後は養蜂家として生きていきたい。
株式会社こいけやクリエイト:https://koikeya-create.com/
耕Life編集部:http://www.kou-life.com/
こいけやクリエイトWEB STORE:https://koikeya-create.stores.jp/
こいけや養蜂園:https://www.instagram.com/koikeyabeegarden/
豊田市博物館ミュージアムショップ&カフェmitsubachi:https://www.instagram.com/mitsubachi_toyotamuseum/
合同会社なんつな:https://www.instagram.com/nantsuna/
とよたまちさとミライ塾:https://www.toyota-miraijuku.com/
とよたプロモ部:https://www.facebook.com/toyotapromobu/