
ユニークな名前で活動するクリエイター「いちごとまるがおさん」は、栃木県佐野市在住の姉妹ユニットです。お姉さんである小菅慶子(こすげけいこ)さんは、東京都内の専門学校を卒業後、デザイナーとして就職したのち、「いちごとまるがおさん」でデザイナーとして独立。その後、仕事の幅が広がり、地元である栃木県の魅力を発信するマンガ『負けるな!ギョーザランド!!』の執筆をはじめます。「特別に地元愛が強いほうではなかった」「マンガを仕事にするつもりはなかった」という小菅さんが、『負けるな!ギョーザランド!!』執筆に至った軌跡を伺いました。
知人からの依頼で
趣味のマンガが仕事に
私は3歳下の妹と一緒に「いちごとまるがおさん」というユニットを組み、出身地でもある栃木県佐野市でクリエイターとして活動しています。妹はイラストを、私はマンガ制作やWebグラフィックデザインをと、それぞれ得意な分野で仕事を受けている形です。
ユニットを組んだのは2014年9月。それまでは、会社員としてデザインの仕事に携わっていました。卒業後、東京都の印刷会社で2年ほど働いたのち、栃木県にUターンし、デザイン会社に転職。そこから独立の道を選びました。当時、妹は会社員として仕事をしておらず、ちょこちょことイラストレーターとして活動していたため、「一緒にやらない?」と声を掛けたんです。
妹は外に出て営業をするのが苦手で、インターネット上で仕事を探していたのですが、それだけだとなかなか稼げないだろうなと思ったんですよね。私は営業が得意というわけではありませんが、外に出るのは好きなタイプなので、「あなたの分の営業もするよ」ということで、「いちごとまるがおさん」として開業届けを出しました。
「いちごとまるがおさん」の名前の由来は、私たちの顔です。いちごは妹、まるがおが私。最初は「いちごとまるがお」だったのですが、開業するにあたり画数を調べたところ、「さん」を付けたほうが運勢が良いということで、「いちごとまるがおさん」にしました。
妹とユニットを組む良さは、気を遣わずに言いたい放題に言い合えることですね。クリエイターであり姉妹でもあるので、多くを語らなくても意思疎通が図りやすく、クリエイティブで困ったときに相談しやすいのもメリットです。
ただ、遠慮なく言い合えるからこそ、衝突することも少なくありません。特に、私が妹の仕事の窓口を担っていたときは、妹のクライアントと妹との間で板挟みになり、調整が難しい場面もありました。そのときに「もう営業しないよ!」と言ってしまったのですが、結果的にこれが転機となり、妹も自分で営業するようになったんです。ちょうど世の中がコロナ禍で、インターネットでの営業でも仕事が取りやすくなったのも良いタイミングだったのでしょう。今ではそれぞれの仕事には干渉しないスタイルになり、言い争いをすることもなくなりました。
私は私で仕事の幅が広がり、今ではデザイン業・マンガ制作・講師業と、幅広く活動しています。どの仕事が極端に多いということはなく、3:3:3くらいです。
ただ、独立した当時から今の仕事の形を想定していたわけではありません。そもそも、マンガを仕事にできると思ってはいませんでした。マンガ制作は私にとって趣味で、同人誌を作ってコミックマーケットに出たりはしていたのですが、マンガ家として生計を立てるのは難しいと思っていたんですよね。
ですから、独立したときもマンガを仕事にする気はなく、デザインを中心に活動していこうと考えていました。会社員時代のツテや知人からの紹介を受けることができたおかげで、割とスムーズに独立できたのがありがたかったです。
マンガ制作を仕事として受けることになったきっかけは、知人からの依頼でした。私は仕事の実績をこまめに公開するようにしていて、知人から受けたマンガ制作の実績も同じように公開したんですよね。すると、それを見て興味を持ってくださった方から問い合わせが入るようになって。ひとつの仕事から、徐々に依頼が増え、広がっていったという感じです。
栃木の魅力を
面白おかしくマンガに
私が手掛けている作品に、地元である栃木県を題材にした『負けるな!ギョーザランド!!』があります。出版社の編集者さんが「いちごとまるがおさん」のホームページを見て私のことを知り、「ご当地マンガの企画があるのですが」と依頼してくださったのが誕生のきっかけでした。
確かにホームページに載せているプロフィールには栃木県出身、在住であると記載していましたが、特にそのことを大々的に打ち出していたわけではなかったんです。むしろ、栃木県に住んでいることを出しすぎると、仕事が来なくなりそうだなと思っていました。地元愛が特別強いタイプではなかったため、お話をいただいたときはご当地マンガへの興味も特にありませんでした。
ただ、私は「きた仕事は基本的に断らない」というスタンスなんですよね。そのため、ご当地マンガの依頼も受けてみることにしたんです。
ご当地マンガを描くにあたり、世界観やキャラクターは担当編集者からお任せされました。そこで生まれたのが、栃木県の土地神さま「チャオズ」やいちごの天使「イチマル」です。ファンタジー要素のないPR路線のご当地マンガより、自分が得意とするファンタジー要素を盛り込んだ作品にしたいと考えました。主人公を土地神さまに設定し、キャラクターの性格には栃木県の県民性を反映しています。あまり前に出すぎず、控えめで保守的、大人しいイメージは、私自身が東京での学生生活や社会人経験を経てUターンしてきた視点で感じている性格なんです。
ただ、大人しい性格だと主人公としては少しインパクトに欠けるため、ツッコミ役として生まれたのがイチマルです。イチマルは、「いちごとまるがおさん」から生まれたキャラクターで、以前から私たちのゆるキャラ的な存在でした。そのイチマルをそのまま使うことを担当編集者さんから提案されたため、神様であるチャオズと対になるよう、天使という設定に。2人を軸に物語を展開することにしました。

マンガのネタは基本的には人から教えてもらうことが多いです。ネットに出ている情報はすでに世に出回っているものが多く新鮮さに欠けることもあります。なので、人から聞いた話のほうがネタとして新鮮かつおもしろいと思っています。「栃木県のおすすめ、何かありませんか?」と聞いて回っていたら、実は周囲に栃木愛の強い人がいたようで、いろいろと情報提供をしてもらえました。そうやって集めたネタから、担当編集者さんと監修の方と3人で相談し、テーマを決めています。ありがたいことに、しばらくはネタ切れに悩むことはなさそうです。栃木県にはまだまだ知られていない魅力がたくさんあるんですよ。
監修の方は、担当編集者さんからのご紹介で加わっていただきました。当初は監修を入れる予定はなかったのですが、歴史や文化に関する誤りを防ぐため、県立博物館の学芸員の方にご協力いただいています。
テーマが決まれば、そのテーマに関わる場所に実際に足を運び、取材をします。これがまた楽しいですね。取材をしていて、栃木県で生まれ育ったマンガ家であることが良い影響を与えてくれているなと感じます。「佐野に住んでいるマンガ家さんなんですね」と取材先から受け入れてもらいやすいですし、「栃木県のマンガ家が自分たちをマンガにしてくれる」と喜んでいただけていると感じます。
『負けるな!ギョーザランド!!』を描く上で気を付けているのは、いじり方ですね。チャオズや栃木県に関しては、出身・在住者だからこそユーモアを交えた表現ができると考えていますが、意図せず誰かを傷つけてしまうような表現は避けるようにしています。栃木県民が読んでいておもしろいと思ってもらえるようなバランスが大切です。あとは、作品に登場する群馬県や茨城県、埼玉県という近隣の土地神さまや県をはじめ、他県の扱いはより慎重になります。在住者ではないために誤解を生まないよう配慮しています。
ただ、賛否が分かれることを恐れているわけではありません。無難なものを取り上げてあまり反響がないより、賛否あっても話題になるほうが良い。たとえば、地元の食べ物「しもつかれ」を取り上げた第2回は賛否両論で盛り上がりました。かなりインパクトがある食べ物なんですよ。ちなみに、私は食べられない側の人間です。

(提供:小学館 小説丸 栃木県民マンガ『負けるな!ギョーザランド!!』)
『負けるな!ギョーザランド!!』を描きはじめたことで、徐々に自分の生まれ育った栃木県への愛が芽生えてきています。「こんなにおもしろいところがあるんだな」と、私自身が再発見する日々なんですよ。
今の一押しは、2024年12月に公開された回に登場する、那須にある大麻博物館です。「大麻」と聞くと、危ないイメージを抱く方が多いと思うのですが、栃木県は神社の鈴の緒などにも使われる繊維としての大麻の名産地なんですね。大麻博物館での取材で知り、私自身とても勉強になったんです。なお、この回も「大麻!?」と反響を呼びました。大麻博物館は見た目がちょっと独特な雰囲気の場所なのですが、実際に訪れると興味深い展示がたくさんあります。ぜひ行ってみていただきたいです。大麻愛にあふれたおもしろい館長さんがいますよ。

ー おわりに ー
終始笑いに包まれていた『負けるな!ギョーザランド!!』の制作裏話。ニッチでディープな栃木県を知れる作品は、最初から強い栃木県愛を打ち出していたマンガ家だからではなく、仕事を断らずにひとつひとつ実績を重ねてきた結果、生み出されたものでした。第2回では、ご当地マンガや、そのマンガの作者である小菅さんがどのように地域活性化に貢献されているのかをお聞きします。
PROFILE
小菅慶子(こすげけいこ)
1985年栃木県生まれ。栃木県立足利工業高等学校 産業デザイン科を卒業後、日本電子専門学校コンピュータグラフィックス科を卒業。東京都や栃木県内の会社でグラフィックデザイナーとして経験を積んだのち、2014年、妹と共にクリエイターユニット「いちごとまるがおさん」を結成。デザイナーの仕事の他、ご当地マンガ『負けるな!ギョーザランド!!』の執筆、講師業なども手掛ける。2024年4月より栃木県より「とちぎ未来大使」の任命を受け、登壇活動などにも取り組む。
いちごとまるがおさん:https://itigotomarugao.jp/
負けるな!ギョーザランド!!:https://shosetsu-maru.com/yomimono/comic/gyoza_land