さまざまな縁も重なり、JR青梅線沿線で沿線まるごとホテルプロジェクトを手掛けはじめた沿線まるごと株式会社。2022年6月、JR青梅線「鳩ノ巣駅」に拠点となる「沿線まるごとラボ」を設置し、そこから月日をかけ、2025年5月に満を持して第1号の宿泊施設となるSatologue(以下、さとローグ)をオープンしています。
宿泊施設の開業前にラボを立ち上げた理由、今後の展望について、沿線まるごと株式会社代表取締役の嶋田俊平(しまだしゅんぺい)さんに伺いました。
Profile
嶋田俊平しまだしゅんぺい
沿線まるごと株式会社代表取締役/株式会社さとゆめ代表取締役/株式会社EDGE/株式会社かほくらし社/株式会社100DIVE 代表取締役
地域住民と関われる拠点づくり
沿線まるごと株式会社を立ち上げたあと、まずは東京都奥多摩地域に拠点を設けました。それが鳩ノ巣駅にある「沿線まるごとラボ」です。その後、レストランやサウナ、宿泊施設と続いていくことになるのですが、それらより先にラボを作ったのです。
鳩ノ巣駅という地域の方が利用する無人駅の一角に拠点を設け、そこに人を常駐させることで、日常的に地域の方と関われる接点ができました。人が常駐していることで、ラボにお茶を飲みに立ち寄ってくれる人が現れ、関係性ができ、時には酒を酌み交わせるように。こうして得られた関係性から、いろいろなものが生まれました。
電動自転車や電動トゥクトゥクの貸し出しサービスなど、「沿線まるごとモビリティ構想」が生まれたのも、人との関わりがきっかけです。酒蔵見学やガ酒トロノミーツアー、星空ウォッチングといったコンテンツも同様ですね。頭で考えるだけでは、物事は上手く進まないものです。目の前にいる人との関わりが新たなアイデアを生み出したり、それを前に進める力になったりするものだと思っています。
鳩ノ巣では、沿線まるごとラボのスタッフが自治会の集まりにも参加しているのですよ。日常的なコミュニケーションの積み重ねがなければ、地域の人からの信頼は得られないものです。

ふるさとの物語を編み、
お客様に伝える宿「Satologue」
沿線まるごとホテルは、駅がフロントに、地域の空き家が客室やレストランに、地域の方たちがキャストになるという仕組みです。鳩ノ巣では、鳩ノ巣駅がホテルのフロントで、客室が沿線まるごとホテルの第1号となる「Satologue」となります。「さと」はふるさとから、「ローグ」はエピローグやダイアローグといった言葉から取っていて、「語る」意味合いを込めました。「ふるさとの物語を編み、お客様に伝える宿」なのです。
利用している建物は、築130年の古民家。伝統文化財のような特別な格付けがあるわけではない、地域にずっと溶け込んできたありのままの民家を改修しました。2階をレストランに、1階をラウンジにし、隣にあった倉庫を4部屋のツインルームとしています。さらに、コンクリート造りの倉庫をサウナに改修しました。元の住民の方が営まれていた養魚場の跡地は、生け簀(いけす)の面影を残しながら、現在は畑やビオトープとして活用しています。

一気にすべてを開業したのではなく、レストランとサウナからスタートし、その1年後に宿泊施設をオープンしました。レストランで提供しているランチも、決して安価ではない価格帯。そのため「本当に来てもらえるのだろうか」という不安もありましたが、満席が続き、ありがたいことにリピーターにも恵まれています。奥多摩町に興味がある人が増え、この場所に「帰りたい」と思う人、ここがふるさとのひとつだと感じてくれる人が増えるといいなと思っているので、リピーターの広がりは喜ばしいことです。

お客様と触れ合うことで、
「何もない」地域の魅力に気付く
駅で地域の人がお客様を出迎え、この地域にチェックイン。そこから、地域の人の運転する車で、あえて遠回りをして、集落を眺めながら、さとローグへと向かいます。道中では、奥多摩の自然や景色、マチのイベントなどについての会話も楽しめます。
送迎もガイドも地域の人にお願いしているのですが、当初は「やったことがないから」と戸惑われることも少なくありませんでした。そこを「いやいや、普通にお話してもらえるだけでいいんですよ」「どんな話でもいいんですよ」と何度も足を運び、対話を重ねるなかで、「それなら」と引き受けていただきました。
今では、最初は不安そうにされていた方も、本当に生き生きと活動してくれています。「うちの集落には何もないよ」と言っていた方が、流暢に「祭りが楽しみなんです」「こういう花が咲くんです」と自分たちの地域に誇りを持って話してくれるようになりました。すごくうれしいことですよね。
お客様に来てもらい、ゆっくり過ごしてもらえる時間、喜んでいただけるサービスを提供するのは、宿泊事業者として最低限すべきことです。しかし、そうして楽しんでくださるお客様と接することで、地域の人たちが自分たちの地域の素晴らしさに改めて気付き、誇りをさらに深めていくことが、実は1番目指していることなのです。当たり前すぎて気付かなかった自分たちの日常の素晴らしさに、外から来た人の喜ぶ姿を見ることで気付くことができる。これが「沿線まるごとホテル」のもうひとつの大切な目的でもあります。

(提供:Daisuke Takashige)
コンセプトができた時点で発信を
実証実験時やレストラン、サウナ開業後と、早い段階からお客様に恵まれたのは、コンセプトができた時点から積極的に情報発信を行ってきたからだと思っています。実証実験時からSNSやパンフレットでコンセプトを打ち出してきました。そこから開業までに要した期間は3年ほど。その間も絶えず発信し続けることでファン、仲間になってくれる人を増やしてきたのです。
また、ただやみくもに発信すればいいというわけでもありません。沿線まるごとホテルの発信は、ひとりのクリエイティブディレクターに担当してもらうことで、ブランディングの世界観を統一し、その地域ならではの顔立ちをつくっています。制作物単位で都度いろいろな人に発注をかけると、統一感が損なわれ、その地域がどんな場所なのか知ってもらうことができません。「この人に会いたい」と思うのは、その人の顔立ちや人となりを知ったからでしょう。地域も同じで、その地域の顔となる世界観を伝えることが「行ってみたい」と思ってもらうために重要なのです。ブランディングとは届けたい人とのコミュニケーションなのですよ。

「誰かがやってくれる」ではなく
「誰もが地域創生できる」社会に
私は、いわゆる「地方創生」という言葉が生まれる25年以上前から、地域に携わってきました。自分なりに必死に駆け抜け、私が関わった地域はありがたいことに盛り上がりを見せています。しかし、ふと出張などで全国のさまざまな地域を通り過ぎるとき、窓の外に広がる多くの空き家や耕作放棄地を見て、どこかで見て見ぬふりをして通り過ぎるしかない自分がいました。私と同じように、多くの専門家や行政の方が必死に地域創生に取り組んできたものの、残念ながら多くの地域では過疎化や高齢化が進んでおり、衰退していっています。
もう、専門家だけが地域創生をする時代はおしまいにしたいと思っています。それではこれまで、何も変わらなかったわけですから。想いさえあれば、誰でも地域創生ができる世の中をつくりたいです。すべての人が地域のためにがんばりたいと思うためには、地域に対する愛着が必要です。生まれた場所、育った場所でなくとも、「ふるさとだ」と思えた地域のためにならがんばれるはず。だからこそ、誰もが自分の意思で「ふるさと」を持てるような活動を続けています。
「役所や国がやってくれる」地域創生ではなく、誰もが地域の力になれる、「地域創生の民主化」を進めていけたらと思っています。

食を通してまちのテーブルと地域をつなぐプロジェクトです。日本各地を巡り、その地のおいしい食材や人、暮らしのストーリーを持ち帰って、まちのテーブルで分かち合ったり、里に赴いて、食を媒介として地域を楽しむ旅のイベントを定期的に開催しています。Tavolaはイタリア語でテーブルを意味し、「ふるさと to テーブル」という想いが込められています。(運営会社:株式会社さとゆめ/写真提供:株式会社さとゆめ)
鉄道は日本の骨格。
沿線から地域を盛り上げる
青梅線ではじまった沿線まるごとホテルの取り組みは、JR東日本の別のエリアからも興味を持っていただいていまして、千葉県の久留里線など、他地域へも広がっています。目標は、2040年までに30沿線に広げること。難易度の高い目標ですが、地域の方の生活の足、学生たちの通学手段、外国人観光客の移動手段であるローカル線は、今後も需要が増していくはず。その存続の力になりたいのです。リソースには限りがありますが、少しずつ広げていきたいと思っています。
鉄道は日本列島の骨格、血流です。さとゆめが掲げてきた「すべての人がふるさとに誇りを持ち、ふるさとの力になれる社会をつくる。」というビジョンの実現を考えると、沿線まるごと株式会社として鉄道沿線単位で地域を盛り上げていくムーブメントをつくるのは、戦略的にも理にかなっています。
今年(2026年)のGW、家族で鉄道旅をしたのです。子どもにとって、窓が開く電車は新鮮だったようで、普段はスマホばかり見ているのに、このときは窓から田んぼを見たり、歩いている人に手を振ったりと車窓を楽しんでいました。窓からは風も匂いも音も入ってきて、アトラクションのように感性が取り戻せる時間だなと感じました。こうした価値を、今後も守りたいです。

生まれ育った場所だけが
「ふるさと」ではない
実は私には、長らく「ふるさと」がありませんでした。幼少期から親の海外転勤が多かったためです。そんな私がふるさとを得られたのは、大学時代の林業体験です。通うことになった京都府雲ヶ畑(くもがはた)の集落の人たちは、私を無条件で受け入れてくれました。集落に通うたびに「お帰り」と言ってもらえるようになったことで、徐々に「通う場所」から「帰る場所」になったのです。「ふるさとがない」というコンプレックスが解消され、心が満たされました。帰りたくなるような場所、温かな記憶が形成された場所は、その人のふるさとになり得る場所だと思っています。
こうした経験から、地域やまちづくりに関心を寄せるようになり、大学院を出たあとは修行のため地域創生に取り組むコンサルティング会社へ進みました。そこで支援を重ねるなか、自分たちもリスクを負い、提案した計画を実現するまでサポートし続けることが、私が目指したい地域活性化のプロの姿なのではないかという思いが強まっていったのです。そうして強い覚悟を胸に独立し、伴走型コンサルティングを行う「さとゆめ」を創業しました。
地域を訪れ、買い物をしたり観光を楽しんだりする。最初は誰もが、そんな「観光客」のひとりとして地域に関わります。そこから、その地域が「ふるさと」だと思えるようになるのは、少なからずその地域に貢献できたと思えたときなのではないでしょうか。イベントを手伝うとか、祭りで神輿を担いだとか、ふるさと納税をしたとか、地域の人やお店の人と友達のように仲良くなれたとか。クリエイターなら、地域のためにチラシをデザインしたというのも貢献ですよね。こうした地域への何かしらの貢献があって、「異邦人」から「身内」へ、「遊びに行く場所」から「帰りたいと思えるふるさと」になっていくのではないかと思っています。

ー おわりに ー
生い立ちにより、過去の嶋田さんのように「自分にはふるさとがない」と感じている方もいるでしょう。そのことに、どこか心もとなさを感じているかもしれません。そうした方ほど、興味を持った場所に足を運んでみましょう。好きになった地域が見つかったら、一歩踏み出し、できることをやってみる。それが、あなたにとっての「ふるさと」を得ることにつながるのではないでしょうか。




