沿線まるごとホテルが仕掛ける、人起点の事業づくり

〜thincなこと・沿線まるごとホテル×東京都西多摩郡奥多摩町〜

東京都西多摩郡、奥多摩町。新宿から電車で1時間半ほどで行ける場所に、沿線まるごとホテルSatologue(以下、さとローグ)があります。「沿線まるごとホテル」の名の通り、さとローグはただの宿泊施設ではありません。青梅線青梅駅〜奥多摩駅間をひとつのホテルに見立て、無人駅をフロントに、地域の空き家をレストランや客室に、地域の方たちを出迎えるキャストに設定した、これまでにない施設なのです。さとローグは、そんな沿線まるごとホテルの宿泊施設第1号となります。

どこから、こうしたユニークな発想が生まれたのでしょうか。沿線まるごと株式会社の代表取締役を務める嶋田俊平(しまだしゅんぺい)さんに伺いました。

Profile

嶋田俊平しまだしゅんぺい

沿線まるごと株式会社代表取締役/株式会社さとゆめ代表取締役/株式会社EDGE/株式会社かほくらし社/株式会社100DIVE 代表取締役

沿線全体をホテルに見立てる
コンセプト

沿線まるごとホテルをはじめることになったのは、縁あって携わった「NIPPONIA 小菅 源流の村」がきっかけです。「700人の村がひとつのホテルに」というコンセプトのもと、山梨県小菅村そのものをホテルに見立て、村にある100軒もの空き家を客室やレストランとして活用する――そんなアイデアから生まれたものでした。決して安価ではありませんが、多くのお客様からご好評いただいています。そんなホテルが奥多摩町の隣の山奥にできたことに驚いた東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)の方たちが視察に訪れ、「小菅村でやられてきたことを、青梅線沿線でもやりませんか」とお話をくださったのでした。

(提供:NIPPONIA 小管 源流の村)

JR東日本では、沿線の活性化に懸命に取り組まれていらっしゃるものの、人口減が進み、沿線の駅の無人化も進んでいました。当時、小菅村に行く時には私も奥多摩地域をよく通っていたのですが、お話をいただくまでは「ただ通り過ぎている場所」でしかありませんでした。お話をいただいたことで、駅に降り立ち、その地域を歩いたり、自転車で走ったりしてみたところ、見える景色が変わっていったのです。

電車がトンネルから出てきて駅に停まり、発車して別のトンネルへと入っていく様子を眺めていて、トンネルとトンネルの間には集落があり、主にその集落名が駅名になっていることに気付きました。沿線の駅と集落とをセットにし、無人駅をホテルの「フロント」、集落の空き家を「客室」など、沿線をひとつのホテルに見立てられるのではないか。こうして、「沿線まるごとホテル」のコンセプトができたのです。

(Photo:Hajime Kino)

JR東日本とタッグを組み
沿線まるごと株式会社として始動


このアイデアを固め、正式にJR東日本社との協業を形にしようと、ちょうど開催されていたJR東日本スタートアッププログラムに応募しました。これに採択されれば、JR東日本という心強いパートナーと共に取り組む未来が拓けますし、実証実験に向けた大きな後押しをいただくこともできます。そして、無事に採択。同年度(2020年度)中に、実証実験にこぎ着けることができたのです。

スタートアッププログラムに応募し実証実験を行った2020年度は、コロナの禍の真っ最中でした。先行きが見通せず、観光業が苦難に直面していた時期に、宿泊事業の立ち上げを考えたわけです。不安はゼロではありませんでしたが、何かをやらないと変わらないと思っていましたし、コンセプトを実現させるワクワクのほうが上回っていました。

むしろ、コロナ禍という逆境が沿線まるごとホテル事業を後押ししてくれたとさえ思っています。JR東日本側が「今こそ新しい挑戦をしなければならない」と強い危機感を持って向き合ってくださったのも、あの未曾有の状況下だったからこそです。また、近場の地域に非日常を求めるマイクロツーリズムの魅力が見出されたのも、コロナ禍の影響があったためでしょう。人々が日常の延長線上にある「心地よい非日常」に目を向けはじめ、実際にそうした消費行動へとシフトしていくのを肌で感じていました。だからこそ、「NIPPONIA 小菅 源流の村」のお客様が、コロナ前より増えているという数字が出てきたとき、それは確かな自信へとつながりました。「これは、新しい観光をつくっていけるのでは」と心を躍らせていたのです。

実証実験で、そんな予感が確信に変わりました。JR青梅線「白丸駅」での無人駅チェックインやガイドツアーの実施、沿線の食材を使った料理の提供など、地域の魅力を詰め込んだプランを体験してもらったのです。まだ宿泊施設がなかったため、宿泊だけは小菅村に移動し、古民家ステイを楽しんでもらいました。60組限定だった枠は、すぐに完売しました。「泊まりたい」という声に応えてさらに30組を追加したところ、それもすぐに完売したのです。満足度も高く、「事業化したらまた泊まりたい」という感想もいただきました。この結果から成功を確信し、JR東日本との共同出資会社「沿線まるごと株式会社」を設立する運びとなったのです。

(Photo:Hajime Kino)

データだけでは見えないものを
自らの五感で捉える

先ほどもお話したように、沿線まるごとホテルは、私が奥多摩地域に足を運び、沿線の駅と集落との関係性に着目したことから着想を得ました。学生時代に民俗学の本をよく読んでいた影響もあり、私は現地に足を運ぶことを非常に大切にしています。沿線まるごとホテルの第1号となる「さとローグ」も、JR青梅線「鳩ノ巣駅」に降り立ち、地域を自分の目で見るなかで「ここだ」と思った場所を選びました。

私のキャリアのバックグラウンドはコンサルタントです。コンサルタントは、データなどロジカルなものをベースに計画を提案しますが、実はそれだけだとなかなか上手くはいきません。その集落に住む人たちの暮らしぶりや気質、地域性は、統計資料やAIでのリサーチからは見えてこないものです。しかし、そうしたものから地域を理解することこそが、地域で何か事業をする際には大切なことだと思っています。

沿線まるごとホテルのコンセプトは、キャストとしてお客様と接する地域の方のご協力があってこそ成り立つものです。しかし、地域の方たちにいきなり「青梅から奥多摩まで、沿線全体をひとつのホテルとします」と伝えても、話の規模が大きすぎてピンとこないでしょう。

地域に出向き、地域の方とお話するなかで、地域の方々が今は無人駅となっている地域の駅を清掃したり、花を植えたりと大切にされていることを知りました。こうした気付きも、駅と集落という単位で事業をつくろうという着想につながっているのです。地域の方からは「愛着のある駅に多くの人が降り立ち、集落が賑やかになるのはうれしい」というお話も聞きました。いろいろと話を聞くことで、「この駅、民家を守りたい」「このぐらいの範囲なら手伝えそう」という地域の方たちが手触り感を持って関われるものが見えてきたのです。自分の足を動かし、目で見て、耳で聞いた情報は、現地を歩くフィールドワークからしか見えてこない大切なものなのです。

(Photo:Hajime Kino)

まずは「3人」が鍵
人起点が生み出す熱意

2023年頃から「人起点の事業づくり」と掲げています。地域課題を解決するために、何か新しい事業をはじめようと思ったとき、最大のハードルとなるのが「人」だと痛感したためです。事業計画を立て、資金を集め、最後に人を集めるのが一般的な事業づくりなのですが、人が少ない地域では、この最後の段階になって、人がいないから開業を遅らせざるを得ないという状況に直面することが少なくありません。であれば、プロセスを180度転換し、まずは地域で共に歩む人を探し、そこから一緒に計画をつくり、運営も共に担っていこうと考えたのです。計画の初期段階から深く関わってもらうことで、「自分の事業だ」という当事者意識が芽生え、熱意や創造性が最大限に発揮されると考えています。

この確信を得たのは小菅村での経験でした。ホテルのマネージャーを募集した際、手を上げてくれたホテル勤務経験者の方が、開業の8カ月前から村に移り住み、一緒に計画をブラッシュアップしてくれたのです。いざホテルがオープンを迎える頃には「自分が考えた自分たちのホテルだ」という愛着が育まれていただろうと思います。さらに、彼だけでなく、計画の初期段階から巻き込んでいた地域の若き仲間たちからも、ジビエやタイニーハウスなど新たな事業が次々と生まれていきました。こうした経験から、「最初に人が必要だ」と気付けたのです。

縁あって新たな地域で取り組むことになったら、まずは地域で誰よりも想いを持ってがんばっていらっしゃる方を3人探します。肩書きは関係なく、役場の若い職員さんや移住者、草の根活動に取り組んでいるNPOの方など、さまざまです。キーパーソンとなるこの3人から、いかに「嶋田さんとやろう」と信頼してもらえるかが鍵となります。この3人と関係性を築ければ、彼らが素敵な仲間を紹介してくれるようになり、自然と30人規模のチームになる。そうして、取り組みを応援してくれるファンやサポーターが増え、やがて300人規模へと人の輪が広がるのです。

(Photo:Hajime Kino)

個と個の人間関係が
地域で奇跡を生む

東京などの都市部で働いているときには、企業の人間同士、ときに肩書きありきで話すことが多いでしょう。しかし、地域では肩書きを抜いた「嶋田」という人間を信頼してもらわなければなりません。地域の方たちの心を動かさなければ、地域は動かないのです。地域とは取引関係や雇用関係といった、利害関係が一切ありませんから。まずは「僕は」と自分を主語にして、自分の人となりや生い立ち、この地域でやりたいことや理由について話すことが大切で、その積み重ねが信頼へとつながっていくのです。

物件を見つけるのも都会と地域とでは方法が異なります。地域で古民家を探すのは簡単ではないのです。仲介会社を介するのが難しい地域では、まずは地域住民の方に挨拶に行き、仲良くなり、自分のことを知ってもらう。そこから「こういうことをやりたいんですけど、いい物件ってないですかね」とお話していくのです。そうした会話から「探してみるよ」「こんな空き家があるよ」と話が進みはじめるのです。

行動量と発信量が何よりも大事ですね。小菅村での取り組みの頃から、いろいろなところで「やっていること、やりたいこと」を口にするようにしています。ただ、一方的に「手伝ってください」と言っているだけでは良い関係性は続きません。重要なのは「お互い様」の関係。地域の方から求められるものに対し、息を吸って吐くように応えることで、思いがけないチャンスや素敵な出会いといった、奇跡のようなことが起こるのだと思っています。

(Photo:Hajime Kino)

ー おわりに ー

ともすればビジネスライクになりがちな関係性を超えた、対個人としての関係づくりは、人材不足への対応だけではなく、地域で事業を立ち上げるうえで非常に重要なことなのではないでしょうか。次回『沿線が誰かの「ふるさと」になる未来をつくる』では、こうした嶋田さんの哲学を具現化した「沿線まるごとラボ」や「さとローグ」について、さらに詳しく伺います。

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