宮崎県日南市を拠点と定めた志伯健太郎(しはくけんたろう)さん。現在取り組んでいる新たなプロジェクトについて、その狙いと内容を伺いました。
マチに眠る新たな価値の発掘
さらなる仕掛けとして、『RIGAN/離岸』プロジェクトに着手しました。このマチに眠っている、住んでいる人たちすら気づいていないような価値はないのでしょうか――。市役所から、そんな相談を受けたことがきっかけです。日本の伝統産業、職人文化の中には、流通に乗っていないようなハイクオリティなものがいっぱいあります。「日本の地域あるある」という現象かもしれませんが、知られていない技術や商品がいっぱいあるんです。売れるかどうかはともかくとして、そうした日南市に眠っているものを外の世界に持っていくことにしました。ここには歴史と文化があります。日本の神話の起源の地と言われ、見た目以上のデプス(深み)がある。ニュータウンなどの「山を切開いて作りました」的なマチとは対極にあります。魅力というか、コンテンツ力というか、さまざまな資源に恵まれた土地だなと思いますね。
ちょうど4月、イタリア・ミラノでは世界最大規模のミラノサローネ国際家具見本市が開催されます。1週間ぐらいの開催期間に世界中から100万人規模の人が集まります。そこでプロジェクトの成果をお披露目しようと思っています。
『RIGAN/離岸』というネーミングは気象現象の「離岸流」が元になっています。岸から沖に流れる海流のことで、海水浴場では子供が流されたり、サーファーが流されたり、水難事故が起きることがままあります。非常に危険です。『RIGAN/離岸』というネーミングには「国を出るということはリスクも伴うけれど、だからこそ、岸を離れて海外での評価を得るようなトライをしてみましょうよ」との意味を込めています。
包丁への愛
第1弾として、日南市飫肥にある鍛冶屋、水元刃物さんを紹介します。選んだ理由はまず、包丁がすごく切れるんです。僕も家で使っていますが、経験したことがない切れ味です。次にユニークな商売をしていて、卸をしていないんです。製品は全てを店主のお父さん(水元利信さん)が自分で最初から、原材料を仕入れて作っています。刃の部分も木の持ち手の部分もです。そうした商品を自宅の目の前の店で、ずらずらと並べています。いわば包丁の直売所。そうした卸を通さない商売は野菜ぐらいじゃないですか。すごいユニークですが、地元以外では知られていないと思いました。
そんな水元刃物さんとミラノの料理人、ウィッキー・プリアンさんを繋ぎました。彼はスリランカ出身で、フュージョンの和食料理店WICKY’S(ウィッキーズ)を経営しています。ウィッキーさんはアーユルヴェーダ(インド・スリランカの伝統医療)の専門家でもあります。宮崎は気候、植生が意外とスリランカに似ているらしく、日本人は料理に使ったりしないようなワイルドハーブ、野生のハーブが結構あるようです。そうしたことからも、ウィッキーさんは宮崎にちょっと興味をお持ちでした。そして、めちゃくちゃ包丁マニアなんです。包丁を通して、日南市とミラノの職人がコラボをするんです。職人同士のコラボは結構難しいのですが、「包丁への愛」という一点で意気投合できるのではと、2人を繋ぎました。水元刃物を初めて訪れ、包丁に触れたウィッキーさんは「うん、これは本物だ」という風にお墨付きをくれました。
実は最初、水元刃物のお父さんからは「忙しい」と断られていました。そんなに頻繁に日南市の外に出るような人でもありません。「よし、やろう」という風には初めはならなかったですね。もう高齢なので、ご家族からも「仕事をしたら疲れちゃうから、よしときなさい」みたいなリアクションがありました。
ところが、ウィッキーさんが作ってほしい包丁の図面、自身でデザインした図面を持ってきたんです。日本刀みたいな包丁です。それを見て、お父さんの職人魂に火がついたのでしょうか。「これか、やろうか!」と言ってくれました。それから、プロジェクトは回り始めたという感じがあります。イタリアだからとか、国際的イベントだからとか、そういうことは一切ないです。包丁への愛。その一点で、職人2人は動いてくださっている感じがします。
少しだけ誇れること
理想としては僕なしで、プロジェクトが自走してくれるといいなと思っています。『The Night』がそうですし、この『RIGAN/離岸』プロジェクトもそうです。僕はイベントの専門家でもなければ輸入の専門家でもなく、一切を素人の見様見真似で始めています。ただし、自分の強みと提供できる価値はやはり、いろいろな人を知り、繋がっていることです。日南市に価値を与えてくれるだろう人をたくさん知っているということは、自分にとっては少しだけ誇れることなんです。人と人とを上手に繋いでいって、最後にはプロジェクトが自走してくれるといいなと思っています。今はどのプロジェクトも自走していませんが、そうなった時に初めて、少しだけ達成感みたいなものを得られるのかもしれません。
成長のための挑戦
思い切った決断をすることはやはり、大事だなと常々思っています。それができる人をやはり、人は好きになるのではないでしょうか。闇雲にやることは良くないですが、なんでそんなことをするのとか、意味がわかんないとか、そんな風に言われることこそが、クリエイションの原点ではないかと思っています。これが欲しいからやる、ここで遊びたいから遊ぶ、みたいな子どもの頃の感覚です。ある程度の年を取ってからも子どもっぽさを持ち続けることで、創作に魅力と輝きが出るのではないでしょうか。
恩師もたくさんいましたし、尊敬している人もたくさんいます。ただし、完璧な人はなかなかいないじゃないですか。手本を1人に絞ることは難しいです。例えば 『The Night』のトップランナーの7人。それぞれに尊敬できて、どうすればこんな風になれるのだろうと思います。完全にコピーすることはできません。だから、いろいろな人に出会って、少しずついいエッセンスを吸収していけたらいいかなという風に思っています。
何が辛いかって、成長できていないことは辛くないですか。ずっと同じ所を足踏みしていることはしんどいなと思います。僕は成長フェチっていうか。だから、挑戦しています。挑戦しないと成長しないから。成長のためにこれからも、挑戦をしていきます。
ー おわりに ー
人との繋がり――。それが志伯さんの「少しだけ誇れること」と言います。プロジェクトの全体を統括するディレクターの役割の重要性は明らかですが、志伯さんの語り口は朗らかで控えめ。だからこそ、多彩なクリエイターが周囲に集まるのかもしれません。
日南市での『The Night』でも、その人脈が存分に生かされました。最新の『RIGAN/離岸』プロジェクトでは国境を越えた職人同士の繫がりを生みました。ですが、志伯さんは飄々(ひょうひょう)として気負いません。「最後にはプロジェクトが自走してくれるといいなと思っています」。インタビューが終わると自身でハンドルを握り、次の現場へと走り去っていかれました。
PROFILE
志伯健太郎(しはくけんたろう)
クリエイティブディレクター
GLIDER(グライダー)代表
宮城県仙台市出身。慶応義塾大学大学院政策メディア研究科AUDコース修了。
ローマ大学で建築デザインを学び、2000年電通入社後、クリエイティブ局配属。
後2011年、クリエイティブブティックGLIDER を設立。
国内外で培ったクリエイティブ手法とアプローチで、多様な課題に取り組む。
宮崎県日南市特命大使。
2023年春より、宮崎県日南市に本社を置く。国内外での受賞多数。
GLIDER:https://glider.co.jp/