「シェアされる物語/体験の作り手」を標榜する、新しい形のクリエイティブ・ブティックGLIDERの代表である志伯健太郎(しはくけんたろう)さんは長年、広告の世界で活躍されてきました。その経験を生かした宮崎県日南市での活動について、伺いました。
地域への情熱と葛藤
生みの苦しみはもちろん、なくはないです。けれども、そんなに感じたことはないですね。クリエイトする対象物があり、ゼロから何かを生み出しているわけでもないので。だから、20数年間続けられているのかもしれません。本当にしんどかったら、続かないのかなと思います。ただし、クライアントの規模、予算、影響力は様々で、そこでの自分の役割、自分の責任みたいなものは異なります。グローバルブランドの仕事をしてきましたが、そうした企業の仕事と日南市での仕事の生みの苦しみは全く違いますね。
広告とはそもそも、「見たくもない人」に「無理やりに見せる」という類のものなんです。いわゆるプッシュ型のコンテンツと言われています。逆にお金を支払ってでも見たいのはプル型のコンテンツ。映画、漫画、テレビドラマなどですね。例えばテレビCMはテレビを見ていると勝手に流れてきて、視聴者にとっては「つまんないな」と思われたりしますよね。だから、プル型に負けないぐらいコンテンツ力のある広告を作りたいと日々思って、僕は仕事をしてきたんです。
日南市に限らず、日本の地域コンテンツの制作には様々な制約があります。特に予算がないとプルするどころか、プッシュすることさえも難しいんです。YouTubeに動画を置いても、「誰が見るねん」ということになりかねないのです。You Tubeに置いているだけなのに、きちんと人が見たくなる広告やプロモーションを作らないといけない。そこのハードルが高いですよね。一方で、予算があると口を挟んでくる人も増えてくるので、必ずしも自分の中にあるものを純度高く、完成できるわけではありません。
日南市の仕事にはクリエイトする楽しさがある。自分の裁量が大きい。もちろん、責任も大きい。キャッチコピー1つをとっても、デザイン1つをとっても、人のせいにはできません。しかし、自分の中にあるものをかなりの純度で、コンテンツにすることができます。そこはやはり、楽しいですね。
マチという商品を魅力的に描く
日南市は人口が減ってきているという課題を持っているマチです。そういった背景もあり、市から冊子『日南移住~太陽と暮らす~』の制作協力を依頼されました。主には東京とか、大阪にいる人たちが「あ、いいな。日南市」って、思ってくれるものを作りたかったんです。都会的なセンス、広告の手法を使い、マチという商品を魅力的に描くことが必要となりました。それにはマチを魅力的に描ける編集長が必要だと思ったんですよ。
ですから、『湘南スタイル』という雑誌の元編集長で、今は『SHONAN TIME』という雑誌の編集長をしている富山英輔さんにお願いをしました。神奈川県の湘南地域は日本で一番、ブランディングが成功しているエリアかなと思っているんです。便利な土地でもなく、台風の被害とかもあります。ところが、放っておいても人がわんさかと来るし、土地の値段も高い。そうした湘南を創り上げることに、この2つの雑誌はかなり貢献してきたと思います。富山さんは30年くらい編集長をやっていて、地域ブランディングの観点においては先進的な第一人者。そうしたスペシャリストを編集長に担いで、この冊子(『日南移住~太陽と暮らす~』)が完成しました。表紙のちょっと硬いけれどざらっとした感じなどは『湘南スタイル』と同じにしてあります。日南市ではなんだか、夕方がいいんですよ。夕方に吹く風が気持ちいいなって。その空気感をなんとかして伝えられないかなと思って、試行錯誤しています。
開通から60年 動画に込めた想い
JR日南線の60周年記念動画も制作しました。日南線は宮崎市から日南市、串間市を南下し、鹿児島県の志布志市までの4つの自治体を跨いでいます。ただ、中学・高校生の通学ぐらいにしか使われていません。大人たちはみんな車だし、老朽化も進んでいます。もしかしたら、廃線になっちゃうんじゃないか。そんな噂が絶えない路線を盛り上げようと努めました。
無理に見せるプッシュ型のCMではなく、見に来てくれるプル型の動画にしなければなりません。俳優の高石あかりさんが宮崎市出身で、出演を快諾してくれました。テーマ曲には、コブクロの小淵健太郎さんが宮崎市出身で、コブクロの楽曲『風』を提供してもらったんです。今輝いている俳優と日本を代表するエモーショナルな楽曲が使えることになり、「じゃあ、内容はどうする。60周年だな。人間で言えば還暦だな。開業した時に18歳だった人がいたとして、今は78歳になっているはずだな」。そうした時間軸のずれみたいなものを込めました。
未来を考えるきっかけを
日南市在住の高校生〜35歳を対象としたトークイベント『The Night』は今までにお話してきた僕のクリエイティブ、専門性とは全然違う分野です。自分にとっても挑戦であり、これまでとは違うアプローチを仕掛けた取り組みとなりました。日南市には大学がなく、一番近いのは宮崎市。大学に進学すると一人暮らしをしなければならず、高校生たちは学力に加え、親御さんの後押しが必要になります。この2つのハードルを超えない限り、自動的に就職することになります。ただ、自分自身を振り返っても、高校時代にやりたいことが明確にあったというのはなかなかないじゃないですか。なんとなく就職した、なんとなく働いているというパターンが少なからずあると感じていました。それをなんとか変えたいということが、『The Night』に取り組む一つのきっかけになりました。
僕は電通のクリエイティブ局に新卒で配属され、デザイナー職ではなかったのですが、クリエイティブの世界に入りました。電通に限らず、デザイン系の会社にはライブラリー、図書館みたいな資料室があります。そこにはたくさんの写真集が並んでいて、それでデザインの勉強をしたり、センスを高めたりしました。最初の登竜門でもあったんです。
今はデザイナーになりたい子はインターネットを通して、優れたデザインに触れることができます。Pinterest(ピンタレスト)もあればInstagramもある。世界中のデザインをラップトップ1つで、いくらでも手に入れることができます。資料室に詰める必要はありません。きちんとプロンプトを入れて、きちんと欲しい動画を引っ張ってくることができれば、生成AIで作れちゃう。昔のように地方だとデザインの勉強ができないということはありません。
じゃあ、地方に圧倒的に欠けているものはなんだろうか。それは一次情報だと思ったんです。インターネット、テレビ、雑誌などのメディアを介した二次情報において、情報格差はほとんどなくなってきています。けれども、面白い大人、優秀な大人に直接会うことはできません。音楽が好きな人が生演奏を聞きにライブに行くのと一緒ですよ。いわゆる一次情報を間に何も挟まずに聞く。優秀な人の話を目の前で聞きながら、なんならば質問をして、ちゃんと答を返してもらう。
集った7人のトップランナー
『The Night』では講師役のゲストをトップランナーと呼んでいます。できれば高校生でいるうちに優秀な人たちの一次情報に触れてほしい。その上で大学に進学するなり、就職するなり、何をするなり、決めてもらいたいのです。進学の費用がないなら、奨学金という手もあるかもしれません。そうしたチャンスを地元の若者たちに提供できる場を創りたかったのです。これまでの仕事の経験は大して生かされていないんですけれど、広告の仕事をやっていると色々な優秀な人、活躍されている人に出会えました。ゲストの人選のポイントは、自分が高校生だったら話を聞きたい人。そして、宮崎市からもさらに離れた場所に住んでいる人。これまでに7回開催し、7人のトップランナーと日南市の若者たちを対面で会わせることにトライしました。
1回目は横浜にある設計事務所ondesign(オンデザイン)の代表で建築家の西田司さん。大学の先生で、マチづくりの経験が豊富です。初回なので僕も登壇をしまして、西田さんの専門家視点から、『まちづくりこそ、究極のクリエイティブだ!』をトークテーマにセッションを行いました。2回目は元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗さん。すごいポジティブな方で、絶対に否定をしません。そんなに大柄でもないし、高校時代は花園に出たことがない。ところが、廣瀬さんのリーダーシップは半端ではなく、日本代表時代にはいくつか奇跡的なことを起こしています。3回目は一般社団法人そっか共同代表の小野寺愛さん。国際交流NGOピースボートの元職員で、3人のお子さんのママです。ものすごいエネルギッシュで、あんなにお金に縛られていない人はいないというか、考え方が非常に今っぽいのです。本人は全然意識していないと思うんですけれど。
4回目がサイバーエージェントの中橋敦さんです。良い意味で、スーパーサラリーマン。デジタルの最先端を体現していて、ちょっと手を伸ばせばもしかしたら届くかもしれません。博多出身で九州への愛もすごくあり、九州のためだと来てくれました。高校生にアンケートをするとデジタル関連の職業への興味が強いのですが、それは土地の不利性をあんまり感じさせないからでしょう。日南市には割とIT企業が移転してきていて、馴染みがあるんです。5回目は映像ディレクターの田中嗣久さんで、宮崎県生まれです。10年以上の付き合いがあり、何回も僕のCMを演出してくれています。沿線のみんながウエーブしている九州新幹線の開業に合わせたCMを作って、カンヌで賞を獲ったりしています。最近ではカロリーメイトの受験シリーズのCMをずっとやられている。青春を切り取るのが上手な方です。
6回目は山中海輝くん。プロサーファー兼カメラマンというのが面白いです。プロサーファーは世界中色々なところに行くので、その時にカメラを持って行くそうです。すごいエネルギッシュ。僕も少しサーフィンをするんですが、サーファーはついつい「海に逃げる」とか「波に逃げる」ことがあります。「俺はサーフィンさえあればいいんだ」みたいに逃避しがちなんですよね。それは個人の自由ですが、大事なものを失ったりするリスクもあります。山中くんはその辺のバランス感覚がちゃんとしています。彼も17歳の時に日本代表のキャプテンを務めています。2023年度の最後のトップランナーとなった7回目は、面白法人カヤックというIT企業の代表取締役CEO・柳澤大輔さんです。みんなが首をかしげるような不思議な企業を立ち上げて、もう25年らしいんです。それが鎌倉市初の上場企業となり、グループ全体で従業員が約600人。すごい。けれどもなんだか、ご自身は肩の力が抜けているし、人当たりもソフト。人としての魅力があり、その秘訣というか、 そのエッセンスを感じてもらいたかった。面白いってなんだろうか、遊びっていうのは人生でどういう役割を果たすのか。
未来へ羽ばたく若者へ
やっぱり感動して、泣いちゃう高校生ももちろんいました。トップランナーにサインを頼む子もたくさんいました。普通は喋る方が緊張し、聞いてる方はリラックスするものです。それが逆のケースが結構あって、印象的でした。すごく、気づきがありましたね。外部の大人、地元の大人ではない大人に慣れていないのかもしれませんが、緊張ぶりは面白くも、微笑ましくもありました。回を重ねて、慣れていけるといいんじゃないかなっていうのは思いますね。
高校生や大学生に伝えたいこととして、自分の生まれとかルーツ、個人的な体験がものすごく役に立つことがある、ということ。そこは大事にした方がいいんじゃないかな。都会に憧れる気持ちって、地方の人には絶対あります。僕にももちろんありました。だからこそ、生まれ育った場所みたいなものが人との違いに繋がるので、大事にしてほしいです。それは誰にも奪われないものだし、そこで感じたことは超個人的なことです。2023年に日南市に会社を移転してから、余計に強く思うようになりました。
良いクリエイションって、個人的なことからしか生まれないと思うんです。生まれ育った場所で、出会った人との体験を常に忘れないでほしい。クリエイターを目指すと「何かを創り出さなければならない」と気負うことがあるのでしょうが、思い出を常に忘れず、作品に反映させましょう。それは楽しいことだし、そこから人と違うものが出来上がるんじゃないかなという風に思っています。
ー おわりに ー
サーフィンが趣味という志伯さんには白いシャツがお似合いです。今回のインタビュー時にも、ほんわかと日焼けした精悍な顔を颯爽と引き立てていました。日南市は日南海岸国定公園を抱える海のマチ。志伯さんは違和感もなく、マチの風景に溶け込んでいることでしょう。ただし、もちろん、大切なのはクリエイティブの中身です。「地方人として、僕も都会に憧れていた」と志伯さんは吐露しつつ、その人の個性を形成する「生まれ育った場所」の大切さを訴えます。
日南市油津の「堀川ラウンジ」(旧堀川資料館)は地元特産の飫肥杉を用いた和風建築。国の登録有形文化財「堀川運河」と石橋「堀川橋」を一望できるロケーションにありますが、活用方法と維持管理が課題だったそう。志伯さんは2023年春にGLIDERの本社機能をここに移し、7月には『The Night』をスタートさせました。マチに拠点を得て、マチを巻き込んで、志伯さんのクリエイティブな活動は世界に広がります。
PROFILE
志伯健太郎(しはくけんたろう)
クリエイティブディレクター
GLIDER(グライダー)代表
宮城県仙台市出身。慶応義塾大学大学院政策メディア研究科AUDコース修了。
ローマ大学で建築デザインを学び、2000年電通入社後、クリエイティブ局配属。
後2011年、クリエイティブブティックGLIDER を設立。
国内外で培ったクリエイティブ手法とアプローチで、多様な課題に取り組む。
宮崎県日南市特命大使。
2023年春より、宮崎県日南市に本社を置く。国内外での受賞多数。
GLIDER:https://glider.co.jp/