山陰の過疎のマチの底力
<未来の⽥舎を創る隼Lab.>

〜thincなひと・古田さん × 中江さん × 鳥取県八頭郡八頭町〜

「日本の未来のモデルになる田舎をつくる」をミッションとし、鳥取県八頭郡八頭町で株式会社シーセブンハヤブサは誕生しました。中核になるのが廃校の校舎をリノベーションした「隼Lab.」の運営。高齢者健康教室から起業家育成講座までと幅広く、この拠点で進められている地域課題解決の試みと狙いとは。それを探るべく、今回は代表を務める古田 琢也(ふるた たくや)さんへ、鳥取県政アドバイザリースタッフを務める中江 康人(なかえ やすひと)さんにインタビューをしていただきました。

株式会社シーセブンハヤブサ 代表取締役
株式会社トリクミ 代表取締役
古田 琢也さん(鳥取県八頭郡八頭町出身)

KANAMEL株式会社 代表取締役グループCEO
鳥取県政アドバイザリースタッフ
中江 康人さん(鳥取県鳥取市出身)

廃校をリノベーションした「隼Lab.」
地域の人が寄り添う場へ

古田:鳥取県の八頭町にある隼Lab.は廃校になった小学校をリノベーションし、1階は地域のコミュニティスペースになっていて、カフェなども入っています。2階と3階はコワーキングスペースやシェアオフィス。地域の人が使える場所として、「新しいコミュニティの複合型施設」という立ち位置で、運営しています。

(提供:隼Lab.)

中江:なぜ、過疎の進んでいる中山間地域、八頭町にわざわざこの隼Lab.を設立しようと考えたのでしょうか。

古田:元々鳥取県、八頭町を盛り上げようということで、株式会社トリクミを運営していました。地域の小学校が廃校になることが決まり、校舎を誰も使わなくなるとマチがどんどん、どんどん元気がなくなっていくと思っていたんです。行政サイドでもやはり、どうにかできないかということになりました。そうしたところにたまたま、県内に拠点がある東京都の会社さんや、中江さんをはじめとする鳥取県出身の経営者の方々とご縁をいただきました。そこで、みんなで「未来の田舎をつくるような場所」を創れないかとなったんです。ただただビジネスをやるというだけではなくて、未来の田舎というものはどういうものなのだろうかということを想像しながら、ビジネスと地域コミュニティが共存できるような場所を次世代に残していき、人が育っていく場所になっていったらいいな、というところからスタートしました。

中江:今話を聞くと、サラっとスルっと、トントン拍子の感じがするんですが。実際はそんなに簡単に運んだんでしたっけ。

古田:いや、もう大変でした。僕はオープン前に口内炎が8個できましたからね。

廃校をリノベーションして使いますというのは一番綺麗ではあります。しかし、実際問題として、地域の人たちからしてみても、外から来る人たちが廃校の校舎を使うとはどういうことなのかとか、運営費や改修費はどうするんだとか。今後ずっと補助金だけで運営していったとしても、疲弊していくだけです。やはり、仕組み作りの部分が一番苦労しました。

中江:私自身も思い出があります。建物のリノベーションには国とか、町とかからの助成を使い、運営は完全に民間側に任せてもらうことにしました。この意思決定、まさに仕組みと仰いましたが、非常に心労が大きかったんじゃないかなと思います。

古田:そうですね。他県からの視察がある時もやはり、びっくりされるのがそこの部分ですね。廃校を運営していくと結構お金もかかっていきます。表面上の評価をされがちですが、最初に町側も含めてスキーム作りをできたということがすごく大きいです。議会などからのご意見にどのように対応するのか、ということを含めてですね。

中江:オープンしてから6年目、一応はずっと黒字なんですよね。なかなかやはり、稀有な事例だなと思うんです。 具体的な活用事例みたいなところも、ご紹介していただけますか。

古田:今のオフィスはコワーキングスペースも含めて、40社ぐらいに登録してもらっています。起業家や地元の企業の人たちが日々お仕事をされています。1階にはカフェや、中山間地域の訪問看護のための看護ステーションが入っています。週に1回、40人〜50人のおじいちゃん、おばあちゃんが集まって、『いきいき百歳体操』をしています。60代のおばあちゃんたちが80代ぐらいのおばあちゃんたちと一緒に運動するみたいな、そういった活用をしています。

(提供:隼Lab.)

古田:また、最初に八頭町と作ったKPI(重要業績評価指標)で、起業家を生む、創業を生む、ということを目標にしています。経営者スクールや企業スクールのような『隼Academy』というものを今は半年間かけて、開催しています。これまでに規模の大小問わず言えば16社が立ち上がっています。その中でも面白い事例があります。地域のおじいちゃんたちが「若いやつが頑張ってる、わしらも負けてられるか」と、定年後に4人で椎茸栽培の会社を作ったんです。

中江さんはよく八頭町をご存知だと思いますが、本当に人口も少ない場所で、会社数も本当に少ない中で、何か新しいチャレンジをする人が増えていったということは、非常にマチにとっても良いことですし、僕らが最初に描いてたような絵になってきたと思いますね。

中江:すごいですよね。あと、月に1回、日曜日にマーケットも開いていますよね。

古田:飲食、物販、ワークショップなどを募集して、『はやぶさにちようマーケット』というものを開催しています。毎月数百人のお客さんが来場していて、結構ファンもできていて、本当に素敵というか、楽しい日常を作れています。

(提供:隼Lab.)

中江:隼Lab.には年間で何人ぐらいが訪れ、イベントはどれぐらい開催されていますか。

古田:来場者数は、10万人に近い感じですね(2023年度来場者数:約7万人)。イベントは、2023年度だけで年間240本ですね。自社で運営しているものもあれば、地域の人たちや県外の人たちがイベントスペースとして使うこともあるので、ほぼ毎日何かしらは起きています。

中江:すごい。俺も関係しているんだけど、そんなにやっているんですね。ものすごい影響ですね。人がいるところに文化があって、人がいるところにビジネスもあるということだと思います。まずは人ですよね、とやはり思ってしまいます。古田さんは隼Lab.ができる前と後とを一番、見ているわけですよね。マチに与えた影響はどのようなものだとお考えですか。

古田:中江さんが仰ったように、これだけの人が集まるということはやはり、すごいことだなと思います。廃校する時の生徒は最後30人ぐらいで、終わっているんです。それが今では毎日60人ぐらいの人が働いているわけですよ、あの中で。 それだけでも校舎を使う人が増えていて、ご飯を食べる人もいて、外から来る人もいて、いろいろな人がマチに関わるようになって、元気にと言ったらちょっと安易な言い方なんですけれど、マチ自体に活力みたいなものが生まれています。

育ったのは「受け入れる文化」

中江:隼Lab.ができる前と後で、地域の人たちの気持ちの変化みたいなものは見て取れますか。

古田:始めの頃はまあ変な話、ちょっと悪く言う人もやはり多かったわけです。「若いやつらが何をやってるんだ」みたいな。「あんなのは失敗する」といった声もしました。でも、今は結構皆さんが「頑張れよ」とか、「若い子がやるんだったら応援するよ」みたいな。何か新しいことをやることに関しても、地域の人たちがチャレンジを応援してくれる雰囲気に変わったと思います。

他のエリアの廃校事例とはちょっと違う、面白いと思うところがあります。隼Lab.は企業などが使っていますが、地域の人たちも「自分たちのもの」という感覚を持っていただけていると思います。例えば毎月各集落の人が一緒になって、地域の人たちで植えたグラウンドの芝の手入れなどをしてくれています。草がボーボーになっていたら、何も言わずにおじいちゃんが刈り取ってくれます。そういったこともあって、自分事化してもらえていると感じますね。また、地域では運動会が開かれていますが、そこに僕らは隼Lab.という集落として出ているんですよ。地域の人たちは「集落が1個増えた」と喜んでくれるんですね。それは何かすごく、面白いなと思っています。ただビジネスをする場所というわけではなくて、地域と共存しています。新しい人たちが外から入ってくることを拒まない、そうした「受け入れる文化」みたいなものがすごく育ったんじゃないかなと感じていますね。

(提供:隼Lab.)

中江:1つのコミュニティが生まれて、そのコミュニティにあらゆる人が関わることができる状態になっているんですね。それとビジネスというものが共存し合えているというところですよね。もちろんそれは立ち上げ時から意識していたことですが、同じことをまたできるのか。再現性が高いのかと言えば微妙だなと思うぐらい、奇跡が起きているという気はしますよね。それはやはり、古田さんの出身地だったこと、古田さんが元々活躍していたことが大きいですね。シニア層にも元気な人がいて、地域に根付いた人たちを核にできたということもまた大きいですよね。

古田:本当にそうだと思います。なんとかしたいと思っている人たちがいっぱいいた中で、外からの知見を取り入れました。それこそ中江さんだったり、鳥取銀行さんが出資したうえに人を送り込んでくれたり、そうした周りのサポートが入ることで、何かをやりたいと思っていた人たちがバンと盛り上がったみたいな感じかなと思いますね。再現性は確かにないです。もう1回やれと言われても、無理です(笑)。

中江:でも、皆さんにもできますよ。ここまでは苦労しながらも結果を出してこれたということですが、これからはどのようなビジョンを持たれていますか。

古田:隼Lab.がこういったコミュニティを作り、実践してきて、これからは隼の地域だけではなくて、鳥取市内も巻き込んで、大きい波を作っていけないかということを、ぼんやりと考えています。実際に2024年度からは鳥取県と一緒に、地域のコミュニティ事業のようなものに取り組みます。この隼Lab.で培ったものを今度はもう少し県域に広げていけたら良いなとすごく思っています。これからも地域課題は出てくると思うので、そうしたところにちゃんとアプローチしていけるようにしつつ、県外の企業さんとも連携しながら、新しいことをやっていけたらと思っています。

中江:鳥取県、八頭町に存在する「地域課題」というものは、別にオリジナルなものではなくて、日本中に存在している「日本の課題」だと思っています。いろいろな解決があって良いと思いますが、解決の1つのロールモデルを作ることができれば全国に横展開していくことが可能です。

古田:仰るとおりですね。自分たちの地域だけで終わりではなく、例えば島根県に僕と同じようにどうにかしたいという人がいれば、こういう風にやったらできるんじゃないかということをお伝えしていけたら、すごく良いなと思いますね。

中江:そういう想いを持たれた人がいたらぜひ、インターンとかね。秘伝のタレみたいなものがあるじゃないですか。数ヶ月働いてもらって、秘伝のタレのレシピを持ち帰ってもらうということもありかなと思います。なかなかマニュアルに落とせるものでもないですからね。

古田:そうですね。体感してもらった方が良いと思いますね。例えば地域の人と話をする時、まずはぐだぐだと言うんじゃなく、とりあえず一升瓶を持って話をしましょうとかね。

中江:昭和ですね。

古田:そういうのが大事だったりするんですよ。

(Photo:Takato Yokoyama)

ー おわりに ー

鳥取県八頭郡八頭町は県都・鳥取市の南側にあり、人口は1万5000人ほど(2024年7月末時点)。いわゆる「平成の大合併」により、2005年3月に3つの町が一緒となって誕生しました。「聖地・隼」と呼ばれる若桜鉄道線の「隼駅」は、スズキの大型バイク「隼(Hayabusa)」に乗ったライダーが年間数千人ほど訪れることで有名です。全国各地から多くの人が訪れる一方で、少子高齢化などの進行により人口が減少。2017年3月、八頭町立隼小学校は143年の歴史に幕を閉じました。廃校前から隼Lab.は設立構想が練られ、同年12月に誕生。2年後には年間来場者数が5万人を超え、翌年に株式会社シーセブンハヤブサは地域への貢献が評価され、「第10回地方再生大賞・ブロック賞」に輝いています。

「1つのコミュニティが生まれて、そのコミュニティにあらゆる人が関わることができる状態になっている」と、立ち上げに参画した中江さんも手応えは十分のようです。ここから次は何が生まれるのか。楽しみは尽きません。

次回、『「トリクミ」のマチづくり』はこちら


PROFILE

古田 琢也(ふるた たくや)
株式会社トリクミ 代表取締役
株式会社シーセブンハヤブサ 代表取締役

1987年鳥取県八頭郡八頭町生まれ。いくつかの広告制作会社を経て、2013年よりフリーランスのアートディレクターとして独立。2015年に株式会社トリクミを設立。「誇れるまちの未来をつくる」をミッションに鳥取県内で「飲食事業4店舗(HOME8823、Cafe & Dining San、薪火料理KAEN、TRUFFLE DONUT)」や「デザイン事業」などをおこなう。2017年には株式会社シーセブンハヤブサを設立し、「日本の未来のモデルになる田舎をつくる」をミッションに、旧八頭町立隼小学校をリノベーションしたコミュニティ複合施設「隼Lab.」を運営。2022年、新たに、国内初のノンアル・ローアルコールビール専門醸造所を設立し、これまでの概念をぶち壊す、イケてるノンアル・ローアルコールビールブランド「CIRAFFITI」を立ち上げる。

株式会社トリクミ:https://torikumi.co.jp/
隼Lab.:https://hayabusa-lab.com/


中江 康人(なかえ やすひと)
KANAMEL株式会社 代表取締役グループCEO
鳥取県政アドバイザリースタッフ

1967年鳥取県鳥取市生まれ。大学卒業後、株式会社葵プロモーション(現・株式会社AOI Pro.)に入社。CMプロデューサーとして数々のテレビCMを手掛けACCグランプリ、プロデューサー賞など受賞多数。同社代表を経て、2017年AOI TYO Holdings株式会社(現・KANAMEL株式会社)代表取締役に就任。鳥取県政アドバイザリースタッフを務め、出身地鳥取県の企業家や住民の交流拠点(隼Lab.など)で起業支援などにも尽力している。

KANAMEL株式会社:https://kanamel-inc.com/

この記事をシェアする