株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁(たなかひとし)さんは、群馬県前橋市を拠点に、地域課題の解決と企業成長を両立させる「CSV経営」を実践しています。これまでのインタビューでは、田中さん個人としての取り組みに焦点を当ててきましたが、対談シリーズ第3回となる今回は、企業として地域共生にどのように挑戦しているのかを深掘りします。JINSが手がける『JINS PARK』、そして民間資金による前橋市の旧市街再生プロジェクトをはじめ、行政に頼らない民間主導のまちづくりの可能性とは何かーー。インタビュアーは鳥取県政アドバイザリースタッフとして、地域活性化に取り組む中江康人(なかえやすひと)さん。2人の対談はさらに熱を帯びていきます。
株式会社ジンズホールディングス 代表取締役CEO
一般財団法人田中仁財団 代表理事
田中仁さん(群馬県前橋市出身)
KANAMEL株式会社 代表取締役グループCEO
鳥取県政アドバイザリースタッフ
中江 康人さん(鳥取県鳥取市出身)
地域とともに成長することを目指して
中江:第1回、第2回のインタビューでは田中さん個人としてのお話しを聞かせてもらいましたが、今回はJINSとして、マチづくりにどのように関わってこられたのか教えてください。
田中:前橋市でいろいろと活動していく中で、地域には多くの課題があると感じました。個人でできることはどんどんやってきましたが、でも、もっと会社として地域と成長をともにするような挑戦ができるのではないかと思ったのです。ちょうどその頃にマイケル・ポーターの著書『CSV経営戦略〜本業での高収益と、社会の課題を同時に解決する』に触れました。CSVとはCreating Shared Value(共有価値の創造)という概念で、日本で言えば近江商人の経営哲学「三方良し」や、渋沢栄一の著書『論語と算盤』の思想に通じるものがあります。そこで、社会課題の解決とJINSの成長を結びつけるための活動を進めようと考え、JINSに地域共生事業部を設立しました。その活動のプラットフォームとして誕生したのが、『JINS PARK』です。
田中:当社は小売業ですが、この施設は言わば「民間がつくる、その地域の人が集う大規模な公園」のようなもの。前橋市には人が集まる場所は商店を除けば公民館しかありません。そこで、人々が気軽に集まり、気持ちも豊かになる、コミュニティのハブとなる舞台を作ろうということで立ち上げたんです。
中江:店舗とコミュニティの機能が融合する空間なんですね。「余白」を意識して設計したということを聞いたことがあるのですが、余白がなぜ必要なのでしょうか。
田中:店の約5分の3が「余白」なんです。無料で使える芝生の庭など、余白と呼べる空間を活用して、ワークショップやマルシェ、さまざまなイベントを開催しています。今では地域の方から、「こんなイベントをやりたい」と声があがり、週末を中心に予定がびっしりと埋まっている状態です。
正直なところ、直接的な利益には繋がらないかもしれません。けれども、人が集まることでJINSを認知してもらえる機会になります。間接的には、事業にも良い影響があると思っています。
中江:確かにコミュニティの場を作るだけでは不十分で、そこに人を集める仕掛けが必要ですね。大小問わずイベントや行事を数多く行うことで、人が常にそこにいる状態を創り出す。私も「人が集まることが経済を生む」と考えています。採算よりもどうすれば人が集まるか、を考えて行動しましたが、理解はされづらいですよね。儲からないでしょって。結局は、自分でやらないとできないなと思いました。
中江:企業に求められるのは、全てのステークホルダーに配慮する姿勢です。「三方良し」にとどまらず、五方、六方と、より広い範囲での「良し」を実現する会社こそ、みんなから尊敬される良い会社となるのではないでしょうか。地域コミュニティにもステークホルダーは必ず存在します。その人たちにどのように配慮し、責任を果たしていくのか、真剣に取り組まなければいけません。我々も少しずつ取り組んではいますが、事業との両立は難しく、結果は見えづらいですが、将来的にはそれが礎になると信じています。そういう企業が増えなければならないと思います。
田中:地域の方々が「JINSがあって良かった」と言ってくれる、そういう企業になりたいですね。
「民間の力」で加速するマチづくり
田中:前橋市の中心市街地に位置する馬場川通りを改修した際の話になりますが、私はこれまでいろいろな街を見てきて、特にヨーロッパは、みんな路面が素晴らしいと感じていました。旧市街と言われているところは石畳で整備され、中世の街並みが残っています。それが都市の印象をつくっている。一方で、郊外に行くと実は日本とほとんど変わらないんですよ。大きなショッピングモールやマンション、高速道路があり、多少の違いはあるものの大差はありません。一番の違いを生むのは、旧市街が存在するかどうかなんです。
前橋市にはそうした旧市街と呼べるエリアがありませんでした。それでも、昔ながらの商店街はあり、ある意味ここが前橋市の旧市街だなと思ったんです。そこで、この商店街の路面を変えようと、前橋市のコンテキストに合う赤煉瓦で約200mを整備しました。行政にはデザインという概念は乏しくそこに予算はなかなかつきません。なので、私が会長をつとめる『太陽の会』という民間団体が資金を拠出することにしました。2016年に参加企業24社ではじまった会ですが、地域の価値を高めるために見返りを求めず、各社の純利益の1%あるいは最低100万円を拠出し投資しようという会です。その太陽の会が、馬場川通りの整備にはおよそ3億円を寄付。その資金で200m をデザインのある煉瓦通りに変えたんです。この取り組みは日本空間デザイン大賞の最高賞やグッドデザイン賞、さらには国土交通省の先進的まちづくり大賞の最高賞である国土交通大臣賞も受賞しました。民間が資金を提供して公共の道路を整備する例は全国的にも例がなく、前橋市を象徴する一つの事例となっています。
中江:民間が主体となることは、行政的に許されるものなのですか。
田中:調整は非常に大変でした。道路を改装する際には川も関わるため、河川課や公園課、建設課、都市整備課など、市役所内の複数の課が関係するからです。ただ、もう一つ民間で設立した『一般社団法人前橋デザインコミッション』が前橋市から都市再生推進法人に認定されたことで、半官半民のような動きをできたことが功を奏しました。プロセスはかなり複雑でしたが、結果としてプロジェクトを進めることができました。
中江:道路は公共のものですよね。その上に民間の資金が乗るという形でしょうか。
田中:はい、寄付になります。太陽の会では「このマチをなんとかしたい」という仲間を増やしマチの価値を上げることを目指しています。そのような考えを共有する仲間も増えてきましたが、最低100万円以上となるとハードルが高いのも事実です。そこで2024年からは一般社団法人化し、会費を1社あるいは1人50万円に引き下げたところ、医師や弁護士も参加してくれて現在では64名が参加するまでに広がりました。今後の活動は、旧市街地のグランドデザイン、商店街のコミュニティデザイン、開業支援としての資金援助などを検討しています。例えば、街中でお店を開店しようと行政に申請すると補助金などで多い場合には100 万円を受け取れますが、行政が 100 万円を出すならば、我々民間も更に追加で100 万円を出そうなどということも考えています。
中江:すごい・・。行政主導だとなかなか進まないこともありますが、民間が主体となるとスピード感もありますね。行政が悪いわけではありませんが、仕組み上どうしても時間がかかる。民間が行政を引っ張るのは珍しい事例ですが、だからこそ成果が出せるのですね。
田中:はじめた頃は、「行政がやるべきところになぜ民間がお金を出すのか」という声もあったんですよ。日本では「官尊民卑」という考えが根強いんです。行政側は税金を扱っている立場で、民間は補助金を求める卑しい存在として見られてしまう側面もまだある。それを変えるには行政の補助金に一切頼らず、民間資金をどんどん使って、マチを変えるという動きが重要でした。こうした取り組みが行政の意識を変え、市役所も次第に民間に対しての信頼感、安心感が出てきます。前橋市ではすごく官民連携が進んでいます。
田中:群馬県でも、ある計画が現在進行しています。前橋駅から白井屋ホテルの前を通って群馬県庁まで、県道と国道を通る約1500mの6車線道路があるのですが、この道路を新しい公共空間としてトランジットモールを作る計画があります。「BRT(Bus Rapid Transit)」です。この計画では世界のクリエイターが参加する都市空間設計の国際コンペが告示されています。嬉しかったのは、その概要に、「現在進行中の民間主導の中心市街地活性化の取組を活かし、これを、行政の力強い後押しによって、さらに強化することを目的として、本デザインコンペでは未来を指向する都市空間デザインの提案を求める。」と記載されていたことです。群馬県、前橋市、国交省で公共投資を行い、クリエイティブシティを支える計画が進んでいる。これは大きいことですよね。
中江:すごいですね。田中さん個人や民間での力で、そういったムードを生み出す。その結果大きな動きに繋がっていくのですね。
ー おわりに ー
JINSの生まれた群馬県前橋市で、公園のように開かれた「みんなの場所」になりたい――。そんなコンセプトで、JINS PARKはスタートしたそうです。建築デザインを手がけたのは永山祐子建築設計。2023年には世界三大デザイン賞の「IFデザインアワード」を受けています。赤茶色の銅板葺きの外観が印象的。芝生の前庭の奥にそびえる赤城山との調和が見事です。
田中さんの地域共生への想いは、地域課題の解決とJINSという企業の成長を両立させる具体的な取り組みによって形になっています。その象徴とも言えるJINS PARKは、地域の人々が集い、繋がり、新たな価値を生み出す場として、多くの人に支持されています。インタビューの中で田中さんの言葉にある、「地域の方々に、JINSがあって良かったと思われる企業でありたい」という想い。このシンプルで力強い目標が、地域共生の未来を切り開く原動力であり続けることでしょう。
さらに、前橋市の馬場川通りの改修プロジェクトの民間主導の動きは全国的にも注目される事例となっています。行政に頼らず、民間が自ら資金を集め、地域の未来を形にする。地域と民間が支え合い、持続可能な成長を実現する新しいモデル。全国の地域再生の希望のように思えます。
次回『リスクを超えた先に』では、およそ10年、前橋市への貢献を続ける田中さんへ、地域活性化の本質や、人材育成の秘訣、そして私たちが果たすべき役割についてお話をいただきます。ぜひ、ご覧ください。
〜『リスクを超えた先に』はこちら〜
PROFILE
田中仁(たなかひとし)
株式会社ジンズホールディングス 代表取締役CEO
一般財団法人田中仁財団 代表理事
1963年群馬県生まれ。1988年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス)を設立し、2001年アイウエア事業「JINS」を開始。2013年東京証券取引所第一部に上場(2022年4月から東京証券取引所プライム市場)。2014年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。現在は前橋市中心街の活性化にも携わる。
株式会社ジンズホールディングス:https://jinsholdings.com/jp/ja/
一般財団法人田中仁財団:https://www.tanakahitoshi-foundation.org/
中江康人(なかえやすひと)
KANAMEL株式会社 代表取締役グループCEO
鳥取県政アドバイザリースタッフ
1967年鳥取県鳥取市生まれ。大学卒業後、株式会社葵プロモーション(現・株式会社AOI Pro.)に入社。CMプロデューサーとして数々のテレビCMを手掛けACCグランプリ、プロデューサー賞など受賞多数。同社代表を経て、2017年AOI TYO Holdings株式会社(現・KANAMEL株式会社)代表取締役に就任。鳥取県政アドバイザリースタッフを務め、出身地鳥取県の企業家や住民の交流拠点で起業支援などにも尽力している。
KANAMEL株式会社:https://kanamel-inc.com/