群馬県前橋市での取り組みについて、株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁(たなかひとし)さんは熱い想いを語ります。インタビュアーの中江康人(なかえやすひと)さんが迫るシリーズ最終回では、地域活性化に必要な視点と行動、そして人材育成の秘訣に触れています。最後に語っていただいたメッセージには、私たち自身が果たすべき役割に問いかけるヒントが詰まっています。
株式会社ジンズホールディングス 代表取締役CEO
一般財団法人田中仁財団 代表理事
田中仁さん(群馬県前橋市出身)
KANAMEL株式会社 代表取締役グループCEO
鳥取県政アドバイザリースタッフ
中江 康人さん(鳥取県鳥取市出身)
リスクを恐れない者が
切り拓く未来
中江:地域に貢献を続けておよそ10年。田中さんの描く理想の前橋市とは、どのようなマチでしょうか。
田中:日本一活性化に成功したマチとして、世界中の人々が「GO TO 前橋」になるといいですね。
中江:世界のマチづくりのランドマークのようなことでしょうか。すでに「知る人ぞ知る」以上の存在にはなっているように感じます。
田中:いやいや、まだまだです。あとはもう一つ、起業家としての想いがあります。「起業家は、稼いだならばもっと社会や地域に使おう」と。もちろん贅沢を否定はしません。ただ、お金もエネルギーも溜め込んでいてはしょうがないじゃないですか。稼いだら社会のために使う、それが結果的に日本全体を元気にするんじゃないでしょうか。その方が面白い人生なのに、と思うんですよね。みんな地域には投資せず東京への投資ばかりなんです。この間も聞いた話ですが、地域にすごいお金持ちの人がいて、東京に土地やマンションを持っているけれど、自身の地域では何一つ投資していないのです。それでは地域は良くなりません。
中江:そうですね。さらに、地域には人が少なく、お金の使いようがないというか。こんなに地域活性化の活動をしていても、「いないじゃないか・・」と感じることがあります。新しい人が来ないし、正直半分諦める気持ちになる瞬間もあるんです。
田中:そういう気持ちになることもありますね。結局、人はつくるしかないんです。多分いるはずなんですよ。前橋市にも名もなき人の中に能力の高い人がいました。地域では目立っていないだけで、素晴らしい力を持った人たちが。そうした人が今、前橋市のキーマンとして活躍していますよ。
中江:そうした人たちと、どうやって接点を作ったのですか。
田中:本当にたまたま。やはり、縁ですよね。出会うことができたら、そういう人たちが活躍できる環境も整える必要があります。時には活躍できる環境ができるまで、資金的なサポートをすることもあります。
例えば『まえばしガレリア』の開発。その経緯からして私が直接事業をやると「あいつは自分のためにやっている」と言われてしまいかねないので、誰か別のデベロッパーに立ってほしいと思いました。でも、場所が悪いから誰もデベロッパーに手を挙げなかった。「あんなところに店が入るわけがない」、「マンションなんか売れるわけがない」ということです。そんな時に建築設計士だった友人が意を決してデベロッパーとして名乗りを上げてくれましたが、銀行は融資に応じてくれません。そこで、私が保証人となり、何かあれば私が全部買い取りますと交渉したことで動き出しました。しかし実際にギャラリー誘致に成功したり、レジデンスを購入する人が増えてきたら、銀行も事業計画に安心感が生まれ、最終的には個人保証なしで大きな金額を融資してくれるようになりました。
中江:素晴らしい連鎖ですね。最初は計画していなかった連鎖が生まれる、そこが面白い。
田中:頭の良い人は無理ですよ。リスクが計算できてしまいます。失敗が怖い人は難しいと思うんですよね。だからまあ、私はクレイジーな人間なんじゃないでしょうか(笑)。
中江:結局は第1回のインタビューでお話しいただいた、そこですね。地域活性化に必要なのはクレイジーな情熱。
田中:誰か一人が本気にならないと無理ですね。でも、一人が本気になると、そこに一人、二人、と共感する人が出てくる。それが広がりを生むんです。
中江:僕たちが鳥取県で動き出せたのも、若い人とシニア世代の二人がアクティブに活動していたことで、「これならやれるかもしれない」と思えたからでした。その結果、実際に成果も出たわけですが、そうやって自分事化して、本気で動く人がいないと難しいですよね。それを置き去りにして、事業だけを立ち上げてしまうと、うまくいかないことが多いんです。特に地域活性においては。オーガニックにそういう人がいるわけではないから、原石を探してきて、育てる仕組みを作り、それを継続的に行うスパイラルの中に組み込む必要があります。みんなやろうとはしているんだけど、どうもバラバラに動いてしまって力が分散されている感じがあるんです。行政がやる、僕たちがやる、経済団体がやる、など。これが一つにならないものかなと思いますが、利害が一致しないので難しいんです。前橋市はそこがブワッと一つになっていますよね。
田中:確かにおっしゃる通り難しいところはあります。なので私は前橋商工会議所の副会頭をうけたり、さまざまな会に入会し関わるようにしています。
JINSで伝え続けたメッセージ
田中:人は全員、クリエイターなんです。そういう意味で、みんな自分がやってることに本気で取り組めているでしょうか。本気で取り組めないのなら、人生の貴重な時間が無駄になりもったいないです。私は最近、会社の朝礼で社員にこんな話をしています。「この会社が好きだとか、あるいは製品が好きだとか、何かしらの想いを持って自分の仕事に本当に真剣に取り組めていますか?好きでやっていますか?」と。もしそうではないのなら、それは時間の無駄ですと。うちが上場企業だからとか、そうした理由で腰掛けで働いているのは、お互いにとって不幸なことです。自分が好きな会社で好きな仕事をすることこそが、あなたの人生を輝かせるのだということをずっと話してきました。毎月1回の朝礼で1年間ぐらいそんな話ばかりをしていたんです。その結果、社員たちも向き合ってくれるようになりました。
これは、当社に限った話ではありません。このthinc Journalの読者の皆さん、一人ひとりが自分自身をちゃんと見つめて、好きなこととかやりたいことに取り組むということが社会にとっても、自分にとっても、その人に関わる人々にとっても、一番良いと思うんです。
中江:僕も息子にはずっと「自分らしく生きろ」ということしか言っていません。人は何のために生きているかというと、自分らしく生きるために生きているんですよね。他人の期待や周囲の評価ではなく、自分がどうありたいか。会社での自分が自分らしくないと感じるなら、別の道を選んだ方が良いですよね。ただ、その自己実現に重なり合わせるように会社側も頑張らなければなりません。
田中:会社って、個人がそれぞれの個性を輝かせるためのプラットフォームでしかないんですよね。
中江:それに尽きますね。いかに会社がプラットフォームとして充実し、社員が自己実現できるか。それを真剣に考えることが重要で、そういった関係性が一番良い形だと思います。
田中:本当にそうですね。
ー おわりに ー
前橋市は群馬県の中南部に位置し、約33万人の人口を抱える中核都市です。明治期には生糸の生産で栄え、県庁所在地になりました。しかし、近年は上越・北陸新幹線などが乗り入れる高崎市の発展に押され気味、と言われるように。
しかし、今回の対談インタビューを通じて見えたのは、田中さんをはじめとする「本気で動く人たち」によって、前橋市のマチは少しずつ新しい姿を見せているという事実です。
「クレイジーなくらいの情熱」を持ち、一人ひとりが自分らしい人生を創造していく。そんなエネルギーが集まる時、地域もまた活力を取り戻すのだと感じました。自分なりのクリエイションを探しに、次の休日にぜひ前橋市を訪ねてみてはいかがでしょうか。
PROFILE
田中仁(たなかひとし)
株式会社ジンズホールディングス 代表取締役CEO
一般財団法人田中仁財団 代表理事
1963年群馬県生まれ。1988年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス)を設立し、2001年アイウエア事業「JINS」を開始。2013年東京証券取引所第一部に上場(2022年4月から東京証券取引所プライム市場)。2014年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。現在は前橋市中心街の活性化にも携わる。
株式会社ジンズホールディングス:https://jinsholdings.com/jp/ja/
一般財団法人田中仁財団:https://www.tanakahitoshi-foundation.org/
中江康人(なかえやすひと)
KANAMEL株式会社 代表取締役グループCEO
鳥取県政アドバイザリースタッフ
1967年鳥取県鳥取市生まれ。大学卒業後、株式会社葵プロモーション(現・株式会社AOI Pro.)に入社。CMプロデューサーとして数々のテレビCMを手掛けACCグランプリ、プロデューサー賞など受賞多数。同社代表を経て、2017年AOI TYO Holdings株式会社(現・KANAMEL株式会社)代表取締役に就任。鳥取県政アドバイザリースタッフを務め、出身地鳥取県の企業家や住民の交流拠点で起業支援などにも尽力している。
KANAMEL株式会社:https://kanamel-inc.com/