愛知県豊田市でデザイン会社を立ち上げ、フリーペーパー『耕Life』の発刊を機に活動の幅が広がった株式会社こいけやクリエイト代表の西村新(にしむらしん)さん。地域に根差した活動は、本業を飛び越えバラエティ豊かに。活動の共通点は「デザインの力で課題を解決する」こと。各取り組みへの想いに迫ります。
とよたをもっと面白く
『WE LOVE とよたフェスタ』
『とよたプロモ部』は名前の通り、豊田市をプロモーションする市民活動団体です。豊田市といえばトヨタ自動車さんの本拠地で、日本全国から働きに来られる方が多い地域なんですね。そのため、地元愛があるかと言われると、他市町村よりも薄いという方が多いのではと思ったんです。実際、「豊田?何もないよ」とおっしゃる方も多いですしね。
私は『耕Life』の活動を通して豊田の魅力を再発見してきました。「豊田には何もない」というのは、あるものを知らないからではないかと思っています。知ってもらうためにフリーペーパーを出し続けてきたわけですが、それだけでは限界があると思い、発信者を増やそうと立ち上げたのが『とよたプロモ部』です。カメラマンや新聞記者のメンバーがいて、写真の撮り方や取材の仕方、ライティングのコツを教え合ったりしながらスキルアップし、より良質な情報を発信していくことを目指しています。
とよたプロモ部を立ち上げてすぐ、豊田市が『WE LOVEとよた条例』を作り、その周知をするため、「プロモ部さん、一緒にどうですか?」と声をかけていただきました。それが『WE LOVEとよたフェスタ』につながりました。
(提供:WE LOVE とよたフェスタ)
当初ここまで大きいイベントを運営する予定はなかったんです。行政と共働で「何をしよう」と考えた結果生まれたイベントで、最初は大変でしたね。2カ月半でイベント開催にこぎ着けなければならなかったのですが、メンバーは各々本業もあるわけです。朝5時から市役所で会議をし、朝日を拝みながら解散する日々もありました。
会場がスカイホール豊田という大きな体育館で、イベントを開催するために床を養生しなければならなかったのですが、予算がなかったんです。そこで、シート敷きをイベントにしてしまおうと決め、楽しそうなネーミングで告知したところ、70人が集まってワイワイ取り組んでくれました。
デザインで問題解決させることが好きなんです。「もっとこうしたらよくなるのでは」と考え、形にするのが楽しい。ゼロイチが得意で、思いついたらノリと勢いでやってしまうタイプですね。そのため、活動が軌道に乗ったら他の方に任せるものもあります。今、プロモ部としての活動は縮小しているんです。フェスタの活動は実行委員会に移行しました。でも、なくなったわけではありませんし、マインドも残っています。今後は活動を引き継いでくれるような次の世代を増やさないといけないと思っています。
WE LOVEとよたフェスタでは、『WE LOVEとよたアワード』という豊田市で活動している人を表彰するためのアワードも開催しています。なかなか認められる機会がないため、自薦他薦問わず応募してもらい、フェスタで市長から表彰してもらう企画を立ち上げました。これまでに約370もの団体、個人が表彰されています。
活動内容で比較することはしていません。ないと困る活動をしているのに、目立たないから知られていないという活動をされている人もたくさんいるんですよね。知られているかどうかは目立つか目立たないかの差だけで、目立たない人ほど褒めてもらえる機会がない。そのため、こうした人たちもアワードで積極的に表彰しています。まちの誇りとなる人たちですよね。
「豊田ならでは」を体験できる場づくり
2014年から公益事業として『とよたまちさとミライ塾』がはじまりました。オンパク事業と言われるもので、個人客を呼び込む体験型コンテンツを用意するものですね。東海地方ですと、長良川おんぱくが走りとなります。長良川おんぱくの手法を見て、豊田市職員が「豊田でもやりたい」と考えたのが、『とよたまちさとミライ塾』のきっかけとなりました。「地元・豊田市で熱を持って取り組んでいるところにやってもらえないか」ということで、うちに話がきたんです。
これまでお話してきたように、いろいろな活動に取り組んできたこいけやクリエイトですが、体制は4人のままでした。そこに飛び込んできたのが、700万円規模のオンパク事業の話です。さすがにそんな規模の仕事を受けたことはなく、人員をひとり増やして取り組むことにしました。初年度は、「次年度から一緒にやりましょう」と話していた職員の方が人事異動になってしまい、初めてやる僕らと新担当となった職員の方で取り組むことになりました。アドバイザーの方のお力も借りながら、何とか進めてこられました。
でも、良い場に育っていきましたよ。60、70団体に100プログラムを用意してもらうことで、「豊田市にはこれだけいろいろなプレイヤーがいて、こんなにいろいろな体験ができるんだよ」と知ってもらうきっかけにはできたのではないかと思っています。
あと、スタートアップ事業としての可能性も見出しました。新しく何かをはじめたい方が、いきなり独立してはじめるにはリスクがあります。そこで『とよたまちさとミライ塾』を利用してテストマーケティング的にまずはやってみて、手ごたえを感じられたらステップアップするという形をつくれたんです。
その後、2019年に公共事業としての取り組みは終わってしまうことになったのですが、なくしてしまうのはもったいないなと思い、名前を引き継ぐ許可を得て、2020年からはこいけやクリエイトの活動として継続しています。予約システムも自社で開発していましたしね。行政予算がなくなった矢先にコロナ禍が起きてしまったのですが、1度も中止にすることなく開催できました。規模を縮小し、少人数、かつ申込制で参加者を特定する形で続けてきたり、オンライン講座にしたり。結果、新しいやり方のノウハウが貯まりました。
(提供:ミライ塾)
人と人とのつながりで問題解決を
『合同会社なんつな』を設立
「なんかつながる」で「なんつな」という名前を付けた、人と人とのつながりで問題解決することをコンセプトにした会社『合同会社なんつな』を2023年に設立しました。きっかけは、2019年、駅前にできた公共の場『とよしば(豊田市駅東口まちなか広場)*』の運営に携わったこと。「集まる×交わる×育つ×広がる=新しい豊田のカタチ」がコンセプトのこの取り組みで、まちづくりには人と人とのつながりが1番大事だなと実感したんです。何か実現するには、社会的信用度や実行力が必要で、ひとりでできることには限界があるなと。
そこで「つながりで問題を解決する会社をつくったらどうか」と思いついてしまって。株式会社eight代表取締役の鬼木さんという方と共同で立ち上げました。鬼木さんも私も豊田市では目立つ方なので、行政から「こんなことできる?」と問い合わせを受けています。たいがいのことはスタッフみんなで力を合わせれば解決の糸口がみつかりますね。
毎月27日「つなの日」に「なんかつながる会」を開催して人をつなげる場としたり、インスタライブで公開発信をしてみたり。あとは、不動産の借り手の情報を開示して不動産オーナーとマッチングする『さかさま不動産』というWebサービスがあるのですが、鬼木さんが言い出して『いなかとまち豊田支局』も立ち上げました。豊田の都市部、山間部にかかわらず、空き家問題の解決につながったらいいなと思いながらゆるやかに取り組んでいます。
次世代の「やりたい」を後押ししたい
行政とのつながりを生んだ1番の原点は、独立時に知人から「豊田の明日をクリエイト」というコピーをもらったことだと思います。このコピーがあったからこそ、地元の豊田市をどんなマチにしていきたいかを考えるようになったのかなと。豊田市をより良いマチにしていくには、常に豊田市をより良いマチにしようとお仕事されている行政と仕事するのが1番の近道だと考えましたから。今も、少なくとも豊田市では行政と取り組むことがもっとも効果をもたらす方法だと思っています。
ともすればクライアントと事業者になりがちなところを、いかに一緒に問題解決する仲間だと思ってもらえるかどうかという点をかなり意識していますね。仕事をいただいて働くという関係性ではあるわけですが、「一緒に豊田市をより良いマチにしていきましょう」というスタンスで取り組んでいくと、発注者と受注者ではなく、気持ちの面では仲間になっていけるんですよ。
象徴的なのが電話応対ですね。最初は職員さんから「お世話になっております」と言われていたのが、「お疲れ様です」に変わってくると、一緒に問題を解決していく仲間だと思ってもらえたのかな、と思います。あとは異動ですよね。自治体職員さんは異動が多いので、仲間になった職員さんが異動した先で、また仕事が広がる。そんな形でここまで広がってきたのかなと。
最終的には、はちみつを作りながら生きていけたらいいなと思っています。それまでは次世代の「やりたい」を後押ししていきたいですね。ありがたいことに、それなりにやりたいことを実現できる力を身に付けられたので、今後はやりたいと思っている人に実現の方法をアドバイスし、手助けとなる人を紹介することで、やれることをやっていってもらいたいなと思っています。
こいけやクリエイトでは、職場体験やインターンシップにも協力しているんですよ。ちなみに、今うちでアルバイトしてくれている方は、中学時代にうちで職場体験をしていたんです。うれしいことですよね。
豊田市には駅前に大学がないため、外に出てしまう若い人が多いのですが、それでも、「豊田には何もない」と思って出るのではなく、「豊田だったらやりたいことが実現できるから帰ってこよう」と思える街になると良いなと思います。「豊田って面白い」「豊田が好き」と思える人が増えたらうれしい。微力ながらも、そんなまちづくりに寄与していきたいです。
心身の健康のためにも好きなことをやっていきたいですよね。やりたくないことをどうやったら楽しくできるようになるかを考えるのがデザインの仕事。自分の気が向かないことも、デザインの力を使って良い意味で自分の心を騙しつつ、楽しんで取り組んでいきたいです。
地域で見つけたやりがい
「クリエイターとして働くなら名古屋や東京など、都市圏に出ないと」と思っている方もいるかもしれませんが、私のように地域でもやりがいを持ってデザイン職を続けることはできます。『耕Life』は『日本地域コンテンツ大賞』で大賞をはじめ、複数の賞をもらっているのですが、これは地域で取り組むことが評価された事例の1つだったといえるでしょう。
地域に根差した仕事をすることで見えてきた魅力があります。本当に豊田には面白い人が多く、知ったからには紹介したい、つなぎたいというのが私の活動の共通点かもしれません。私の話が、クリエイターの仕事を生業にしていきたい方のライフスタイルの参考になったらうれしいです。
ー おわりに ー
「地元愛が強いんです!」という熱血タイプではないとしつつ、繰り返し「豊田には面白い人が多いんです」と語ってくださった姿から、豊田に住む人たちに強く魅力を感じている様子がひしひしと伝わってきた西村さん。「頭の中に磁石のように材料が浮かんでいて、それがつながる瞬間にアイディアが生まれる」のだといいます。1つの活動での経験、出会った人が磁石となり、次々と生まれる新たな活動の種となってきたのでしょう。「こうなりたい」と決めきれなくても、目の前の「これをやりたい」を実現していけば、自然と活動が広がっていく。地域により深く根差した仕事ができる存在になれた理由は、そこにあるのかもしれません。
PROFILE
西村新(にしむらしん)
株式会社こいけやクリエイト 代表取締役&デザイナー
合同会社なんつな 代表社員
人生を耕すためのライフスタイルマガジン「耕Life」編集長
豊田市博物館ミュージアムショップ&カフェmitsubachiオーナー
とよたプロモ部 代表
とよたまちさとミライ塾プラス事務局長
こいけや養蜂園 養蜂家
愛知県豊田市生まれ、在住のデザイナー。「デザインで人と人をつなぐ」をコンセプトにオレンジ色のツナギを着て活動中。2024年4月から豊田市博物館のミュージアムショップ&カフェmitsubachiの運営もしています。最近は何屋かわからないとよく言われます。老後は養蜂家として生きていきたい。
株式会社こいけやクリエイト:https://koikeya-create.com/
耕Life編集部:http://www.kou-life.com/
こいけやクリエイトWEB STORE:https://koikeya-create.stores.jp/
こいけや養蜂園:https://www.instagram.com/koikeyabeegarden/
豊田市博物館ミュージアムショップ&カフェmitsubachi:https://www.instagram.com/mitsubachi_toyotamuseum/
合同会社なんつな:https://www.instagram.com/nantsuna/
とよたまちさとミライ塾:https://www.toyota-miraijuku.com/
とよたプロモ部:https://www.facebook.com/toyotapromobu/