北海道札幌市から日本全国、時には海外のサウナにまで足を延ばす『ととのえ親方』こと松尾大(まつおだい)さん。サウナクリエイティブ集団[TTNE]の代表としてサウナのイメージ刷新に取り組み、サウナ自体のプロデュースも手掛けはじめました。地域創生にサウナがどう役立つのか。その取り組み事例から紐解きます。
サウナひとつで観光客が激増
サウナでの地域創生で面白かったエピソードはたくさんあるのですが、印象に残っているもののひとつは、北海道帯広市にある『森のスパリゾート 北海道ホテル』さんとの仕事です。駅や飲食街からも遠いホテルで、お客さんを呼び込むために手を打ちたいという話でした。そこでサウナの改装に着目したのです。ホテルの玄関ロビーや朝食会場などの改装には多額の費用がかかることが一般的ですが、サウナ室を変えるだけだと数百万円程度と比較的低コストで可能です。
そこで「面白いサウナを作ったら?」とホテルの社長に提案して、手を加えました。壁に水をかけられるようにして、湿度を出しちゃおうと。ストーブは壊れないものの、壁はちょっとカサカサになってしまうのですが、何年か後に改装する予定があるとお聞きしたので良いだろうと。それで壁に水をかけられるロウリュサウナにしたところ、日帰り入浴客が6倍ぐらい増えたんです。
この結果を見て、「地域でやったら面白いことになるぞ」と思ったホテルの社長が、帯広市にあるホテル業界の方たちに「帯広はロウリュをできるようにしようよ」と働きかけたんです。そうしたら、これまで豚丼ぐらいしか観光客にアピールできるものがなかった帯広地域に、サウナ目的の観光客が増えたんです。ロウリュをできるようにしたり、十勝サウナ王国と謳ったりしただけでこれだけ観光客が増えたのは、本当にすごいことだなと思っています。
あと思うのは、サウナなら競合とも戦いやすいということですね。例えば、お風呂の広さは簡単には変えづらいので競い合いにくいですが、サウナの中身であれば競い合える。サウナを改修すれば差別化が図れるから、やったほうがいいですよとホテル側に伝えて、改善した結果上手くいった例は結構あります。
(提供:TTNE株式会社)
サウナを新しく作ったことで、お客さんを増やせた例もあります。大分県にある『寒の地獄』さんというところは、温泉が沸かずに水風呂しかない温泉地です。温泉大国である大分県において異例の施設であり、そのため、営業期間も7月から9月の2カ月ぐらいに限られていました。
ただ、この水風呂がめちゃくちゃすごいんですよ。肌ですぐ違いがわかるほどで、ここにサウナがあったらめちゃくちゃ良いのになと思っていました。僕は過去に2冊ほど本を出しているのですが、その中にある『ととのえ親方が選ぶ37選のサウナ』の特集コーナーで、サウナがないのに「ここは最高の水風呂だ」と紹介したほど好きな水風呂なんです。
そうしたら、そこのオーナーさんから「うちはサウナがないのになぜこれに載っているんですか」という問合せが来て。これをきっかけに話が進み、サウナがあれば通年入れるようになるということで、設置させてもらいました。今では年柄年中お客さんが来てくれるようになりましたよ。温泉地域の大分県で、温泉が出ない寒の地獄温泉にお客さんがすごく来てくれているって、すごいことですよね。
(提供:TTNE株式会社)
立地を活かしたプロデュース例としてお話したいのが、北海道の知床という地域にある『北こぶし知床 ホテル&リゾート』さんです。知床へは、札幌市の僕の家から車で8時間以上、女満別(めまんべつ)空港に降り立って2時間ぐらいかかるところなんですが、世界自然遺産と言われているだけあって、ものすごく素晴らしい景色なんです。この景色を見ながらサウナに入れたらと思い、作らせてもらいました。
これまでは地元の高齢者の方々が多かったのですが、今ではサウナハットを被った若者たちが訪れるようになりました。若い世代の方々が、サウナに入るために知床に足を運んでくれているのは非常に大きな変化だと思います。「サウナツーリズム」、「サウナ旅」と言われるものですが、サウナを目的にした旅行がこれほど増えているということはすごく面白いですし、すごく良いなと思います。
(提供:TTNE株式会社)
老舗旅館のプロデュースも手掛けています。ここでは、創業明治7年の『旅館 おちあいろう』さんをご紹介したいです。露天風呂を壊して、インフィニティ露天風呂みたいな感じにする計画だったんですけど、現地を見に行ったときにお風呂だけ新しくしてしまうのは嫌だなと思ったんですよね。
昔ながらの風情って、全部新しくしてしまうとなくなってしまうじゃないですか。おちあいろうのお風呂は、おじいちゃんの家にあるような、青くて丸いタイル張りだったんですね。それをなくしてしまうのは惜しいなと。そこで、これは残して、露天風呂をすべて水風呂に改装した上で、上に水上コテージのようなサウナを作ろうと提案しました。茶室のような落ち着いた雰囲気なら宿ともマッチするし、きっと良いものになると思ったんです。
実際、ここにもサウナに入るためにわざわざ来てくれる人がいます。宿自体もすごく良いのですが、サウナがなければ来なかったであろう人々が訪れるようになっている部分はあるのではないかなと思いますね。
(提供:TTNE株式会社)
サウナは地域創生の種になる
地域創生をやるなら、絶対にその拠点にサウナを作ったほうが良いと思っています。サウナでは自然体で話ができるじゃないですか。オフィスにサウナがあるところも増えていますが、これもかっこつけずに素っ裸で話せるからなのかなと思いますね。お風呂と違って、水着なら男女で入れるのもサウナの良さですよね。これって、すごくないですか?とにかくいろいろなところにサウナを設置してほしいなというのが僕の想いです。
良いサウナを地域に作ると、そこを目当てに何人かの人が訪れると思っています。人気のレストランが1軒できると、その地域に人が集まるという例を、僕はたくさん見ているんですよね。タクシーで1時間ぐらいかかる辺鄙な場所にあるお寿司屋さんにも、その店に行くためだけに訪れる人が今本当に増えてきています。サウナもまさにそんな風になりつつあるのではないかと感じています。
あと、地域目線でいうと、コストが比較的安いという点もメリットです。地域創生の取り組みは、自治体が資金を捻出して様々な活動を行っていると思うのですが、上手くいかなかったり、成功しても数年後には効果が薄れてしまったりすることがあると思うんですよね。その点、サウナはコストが安く、コストパフォーマンスが非常に良いのです。
なおかつ体験型であることも魅力です。目で見て、静かな音を聞いて香りも感じられてと、五感をフル稼働で楽しめる。サウナのそういうところが好きなんですよね。観光地は見て終わってしまうものが多いですが、サウナは湯舟や水風呂やサウナ室と、感じられるものが豊富です。今はサウナブームだと言われていますが、盛り上がりがいずれ落ち着くことがあっても、サウナ文化はなくなりはしないと思うんですよね。本当に良い観光資源だと思います。
また、お風呂に入ること自体も体験の一部ですが、お風呂とサウナは少し違うものだと僕は考えています。サウナには変化がある。思考を凝らしていると、体感できるものが変わっていくんですよ。そこが大きな違いじゃないかなと。
地域に人を呼び込む企画として、欧米風のおしゃれな場所やテーマパークを作って人を集めるという取り組みが昔からよく見られますが、欧米風の場所に行きたいなら本家である外国に行けばいいわけで、別にその地域である必要がないんですよね。
僕は年を重ねてきたからか、例えば帯広市に行ったら帯広市のものを食べたいという趣向になってきています。地域の力を借りて、そのエッセンスをスパやサウナに入れられると、そこまで行く価値のあるものにできるんじゃないかなと思うんですよね。飲食店で、大分県の日田市にあるひつまぶしの人気店が、地名を取って「日田まぶし」としたら、そこが観光地みたいになって、わざわざ来る人が増えたという事例があるんですが、これも地域性を入れて面白くなった一例ですよね。僕がプロデュースするときには、そういう地域性を入れるところも意識しているかもしれません。もちろん入れないケースもありますが、地域性を入れるとより面白くなると感じますね。
ー おわりに ー
「温泉もサウナもないけど、水風呂が素晴らしいからおすすめしちゃおう」と動いたことでサウナプロデュースにつながった例など、一つひとつに色濃いエピソードが盛りだくさんなプロデュース事業。「あれはね」「これはね」と語られる姿から、心から楽しんで取り組まれた様子が伺えました。第3回『日本のサウナ文化を、世界へ』では、サウナ以外の事業への想いや、今後の展望について伺います。
PROFILE
ととのえ親方/松尾大(まつおだい)
TTNE株式会社 代表
プロサウナー
北海道出身。複数の会社を経営する傍ら、全国のサウナ施設のプロデュースを手掛ける実業家にしてプロサウナー。札幌を訪れる経営者や著名人など1000人以上をサウナにアテンドし、ととのう状態に導いてきたことから『ととのえ親方』と呼ばれる。サウナのイメージを変え、文化として根付かせたいという思いから、サウナ師匠(秋山大輔氏)とサウナクリエイティブ集団[TTNE]を設立。サウナの記念日『ととのえの日』の制定、サウナ施設を11表彰する『SAUNACHELIN(サウナシュラン)』、サウナに関する医学的な研究、安全利用に関する知識を提唱する『日本サウナ学会』の設立、サウナのプロデュースなど、国内におけるサウナのリブランディングを目指す。
TTNE株式会社:https://ttne.jp/
日本サウナ学会:https://www.ja-sauna.jp/