デザイナーが挑むマチづくり。挑戦で築いた独自の道

〜thinc なひと・大山町集落支援員 宮下 侑子さん×鳥取県大山町〜

鳥取県大山町でマチづくり活動に精力的に取り組む宮下侑子(みやしたゆうこ)さん。18歳で東京に飛び出し、結婚・出産を機に地元にUターンしました。現在は、メインの活動であるマチづくりのほか、フリーランスデザイナー、ご主人が営むパン屋の広報など、さまざまな仕事をされています。これまでのキャリアの歩み、そして地域コミュニティ活性化への想いについてお話を伺いました。

ハローワークで見かけた
ポスターがキャリアの転機に

大学生時代は東京で、知人から紹介してもらった名刺専門の印刷会社でアルバイトをしていました。全くの未経験でしたが、実務を通してIllustratorなどの使い方を習得していきました。社会人になってからも、同じく紹介で別の名刺会社のオペレーターへ就職。その後、結婚と出産を機に地元・鳥取県へのUターンを決意しました。12年間の東京生活を振り返ったとき、身につけたスキルをあまり活かせなかったな、という思いがくすぶっていました。

そんな感情が再燃するきっかけとなったのが、職探しに訪れたハローワークで目にした、デジタルハリウッドSTUDIO(以降デジハリ)のポスターです。東京のデジタルハリウッド大学の存在を知っていたので、「米子にもデジハリがあるんだ!?」と驚きながらも、ダメ元で応募したところ入校できることに。これが、デザインにきちんと触れるはじまりでした。

(Photo:Nanako Araki)

ソフトを使うことで、自分のアイデアを具現化できることが楽しかったですね。好きな色やモチーフを組み合わせてクリエイティブなものが作れることにハマり、卒業後はフリーランスデザイナーの道へ。当時はまだ珍しい存在でしたが、デジハリの卒業生やトレーナーなど、身近にロールモデルとなる先輩たちがいたので、「自分もフリーで挑戦してみたい」と思ったのです。子育て中でもあったので、自宅で仕事ができるっていいなという気持ちもありました。

デジハリでの猛勉強が実を結び、同校でのトレーナー就任や、合格率10%のクリエイターズマッチの試験を通過するなど、順風満帆な独立スタートを切ることができました。しかし、その勢いはそう長く続きかなかったです。 東京時代は知人の紹介で就職が決まった職場が中心でした。知り合いが多かった職場環境だったこともあり、当時はビジネスマナーを強く意識する必要がなかったのです。就職活動を通じて学ぶような基礎をスキップして社会に出たため、思っている以上に社会のこともビジネスマナーも理解できていなかったのだと痛感しました。見積もりの算出、納期の管理、支払いの回収など、実務でのミスを連発。独立から1年半が経つ頃には「フリーランスで生きていくなんて、私には雲の上のようなことだったのでは」という想いが強まっていました。

(Photo:Nanako Araki)

スキルアップを目指して会社員に

フリーランスを続けるか悩みはじめたころ、知人がデジハリの卒業生たちの就職先として、ECの運営会社を立ち上げるという話が浮上しました。そこに、私も声をかけていただいたのです。

「デジタルマーケティングを学びながら、安定した収入を得られる環境」だと聞いたこと、そして「宮下さんが必要なんです」の言葉に背中を押され、入社を決めました。デザインができるという強みにマーケティングの視点が加われば、クリエイターとしても成長できると考えたのです。ちょうど子どもが保育園に入園するタイミングも重なり、「ビジネスパーソンとして成長できるよう、しごいてもらおう」と前向きな気持ちで飛び込みました。

デザイナーとしてのレベルは、会社員になってから上がったと感じています。大きな違いはターゲットの行動が検証できるようになったことです。ターゲットを意識して制作物に落とし込むスキルは持っていましたが、マーケティングの視点が加わったことで、「実際に狙い通りの行動をしてくれたのか」を数値で検証できるようになったのです。その積み重ねがあったおかげで、デザイナーとしての力量を一段上げてもらったように思います。

(Photo:Nanako Araki)

一方で、ビジネスパーソンとしては失敗続きでした。よく「なぜ、できるふりをしてしまうの?」と指摘されていました。自身ではそのつもりはなかったのですが、「できない」を言えなかったんです。「できると思っているから相談にこないんでしょう?」と言われたときは痛かったです。「まずはできない自分を認めなよ」と、何度も諭されていました。今振り返ればこれらの指摘は愛情だとわかるのですが、当時は本当に辛かったです。デジハリ時代からの付き合いの同僚に支えられながら、弱音を吐き出して精神を安定させる日々でした。

経験を重ねるうちに、だんだんと「私は人の力を借りなければならない人間なんだ」と認められるようになりました。できない自分を認められたこともですが、そもそも「みんな大なり小なり誰かの力を借りている」ということがわかったのだと思います。本当の意味で気付けるまで、5年ほど要しました。今のメイン活動であるマチづくり団体では、「むずかしいです」「わかりません」が自然と言えています。あとから加わったメンバーであるという立場もあり、不要なプライドを抱えることがないのも、素直に言えるようになった要因かもしれません。

夫のパン屋を手助けしたい
未経験で広報に挑戦

現在の仕事は、大山町の集落支援員、デザイナー、夫が営むパン屋の広報と、複数の役割を担っています。業務の50%を占める支援員の仕事を軸に、デザイナーとして25%、パン屋の広報活動が10%ほど。残りのリソースは、地域住民の方の困りごとを解決するため、求められることをいろいろとやっています。

昔は断れない性格で、「頼まれるということは困っているということだよね」と思い、何かと引き受けてきました。その結果抱えすぎることもあったのですが、やらなければよかったと後悔したことはありません。むしろ、やってよかったと思うことばかりです。舞い込んできた話はその場で決めないと、機会を逃してしまうんですよね。経験できるチャンスを逃さないためにも、今は即決するよう意識しています。その結果、活動内容が広がっていったのでしょう。

会社員を辞めた背景には、2つの理由がありました。ひとつは、小学生になった子どもが下校後にひとりで過ごす時間が増え、働き方を見直したいと考えたこと。もうひとつは、夫が開業したパン屋の集客が気がかりだったことです。オープン直後の賑わいが落ち着いてしまった時期だったので、もっと多くの方に情報を届ける必要があると感じていました。

退職後は、パン屋の広報としてSNSアカウントのリニューアルをしました。さらに、鳥取県米子市でマルシェの企画をしていた知人に声をかけ、イベントに出店させてもらったりと、認知を広げる取り組みをはじめたのです。

(提供:宮下侑子さん)

マルシェ『サンロードマーケット』について

月に一度、地域の魅力的なショップが集うマルシェ『サンロードマーケット』。このマルシェを立ち上げたのは、商店街の理事も務める亀井智子さんです。マーケットの魅力はもちろん、商店街振興組合の理事として「街をクリエイティブに変えていく取り組み」についてもたっぷりお話しいただいています。

その結果、売上は右肩上がりになり、年商昨対比110%を達成できました。昨年(2025年)は、クラウドファンディングにも挑戦しました。夫のパン屋『小僧ロップ』は絵本の世界を楽しめるというコンセプト。夫の書いた「ありがとう」を伝える物語に、地元のイラストレーターさんが絵をつけてくださったものなのです。実はオープン当初は手作りの小冊子を販売しており、おかげさまで多くの人たちに手に取ってもらうことができました。もっと「絵本の世界観を元にしたパン屋」だと知ってもらいたい、「ありがとう」という言葉を大切にし、伝えるお手伝いをしたい。そんな想いから出版費用を募りました。「うさぎの絵のパン屋さん」という認識の方が多いため、コンセプトごと好きになってくださり、想いに共感していただけるお客さまが増えたらいいなと思っての挑戦でした。

(提供:宮下侑子さん)

ただ、先ほどお話したように、今はパン屋の仕事はあまり多くを占めていません。夫婦で同じ商売をしているのは、経済的な安定性に欠けるとコロナ禍の時に痛感しました。リスク分散のためにも私は別の仕事をしたほうがいいと思うようになったのです。そんな折、縁あって出会ったのが、今のメインであるマチづくり関連の仕事でした。

きっかけは、会社に就職する前によく出入りしていた、大山町にある古民家コミュニティカフェ『まぶや』でした。まぶやでは1日店長という企画があります。カフェスペースをレンタルすることで、そのカフェの1日店長として料理を提供できるというものです。その企画でランチの提供などをしていた時期があり、まぶやにお世話になっていました。想像以上にお客さまに来ていただき、「このまま料理を仕事にできるのでは」なんて思ったこともありました。

退職後、再びまぶやに出入りするようになっていた時期のことです。当時、集落支援員という仕事をしていた方に声をかけられました。「集落支援員の後任を探しているんだけど、やらない?」と。「集落支援員って何だろう?」と思いつつ、パン屋の手伝いだけでは不安がありましたし、フリーランスとしてデザイナーの仕事を再開したとはいえ、そう簡単に仕事がくるわけではないし……とこの先に困っていた私にとってありがたいお話で、お受けすることにしました。

当時は知らなかったのですが、集落支援員は前任者からの推薦が必要な仕事だったそうです。何かと紹介ばかりで仕事をしてきましたが、この役割に関しては紹介してもらえないと就けなかったので、ありがたいご縁だったなと思います。

(Photo:Nanako Araki)

集落支援員としてマチづくりに注力中

集落支援員という仕事は、地域と行政をつなぐハブ的な役割を担っています。私は、まぶやを運営する『やらいや逢坂』という団体の支援員として働くことになりました。やらいや逢坂は、大山町を盛り上げていくために立ち上げられた任意団体で、地域のプレイヤーたちがさまざまなチャレンジをする場です。他にも、人が集まれる場として、お祭りやこども食堂などの企画開催も行っています。

集落支援員を引き継いだときは、こんなにも地域の人と深くつながれる仕事だとは思っていませんでした。私の仕事の現場が、子どもの居場所や教育の場になることも利点でした。イベントに子どものみで出店するなど、地域行事に主体的に関わり、地域の人と触れ合える機会も増えたのです。最初は「大好きなまぶやで働けて嬉しい」だけでしたが、これまでの仕事ではできなかった、子どもとの良い関わり方もできています。

(Photo:Nanako Araki)

まぶやには週6回オープンしているカフェがあります。主に常連さんが来店してくれるのですが、時々新しい方がいらして、会話や交流が生まれているのを見るとうれしくなります。「目的地までの道がわからない」と困っている新規のお客さまに、カフェの常連さんが「車で先導するからついておいで」と腰を上げるシーンが見られることも。出会いが生まれるのを見ることができたり、交流のサポートをできたりすることがこの仕事の喜びです。

今の課題は、イベントなどに参加してくださる方が固定化されつつあることです。より多くの人に関わってもらいたいので、新しい方にも参加していただきたいと考えています。メンバーが固定化してしまうと、良くも悪くもなれ合いが起きてしまい、時にはネガティブに作用することも起こりえます。全員が価値観をアップデートし、常連さんも新しい方も居心地の良い場であるよう、トラブルになりえるコミュニケーションを取っている方には臆せず指摘するようにしています。一歩踏み出せない人が踏み出せる場にしていければいいなと思いますね。

まぶや
(Photo:Nanako Araki)

大山町で楽しむ姿を
子どもたちに見せていきたい

支援員としてマチづくりに関わるようになり、新しい人と知り合える機会が増えました。最近では、高齢者向けのスマホ講習カフェ、CanvaやChatGPTの初心者向け講習など、デジタル領域の困りごとを解決する場も広げています。今やスマホは日々の暮らしに必須なものになりました。大山町に限らず、一人暮らしの高齢者が増えている昨今において、スマホを使いこなせることは、緊急時の助けにもなります。地域の方々のお困りごと解決のために奔走しながら、大山町を「誰もがスマホやデジタルツールをバシバシ使えるマチ」にしていきたいです。

「大山町には何もない」と思って東京に飛び出した私ですが、Uターンを経て、あらためて地元の良さに気付けました。そんな大人として、子どもたちには自分自身が楽しんでいる姿を見せたいと思っています。スマホ1台で都会の華やかさが見える今、子どもたちが都会への憧れを抱くのは自然なことです。ただ、画面越しで見えるキラキラした世界だけが世の中すべてではないことを知っていてほしいと思っています。

今はスマホ内で完結する娯楽が多いので、子どもたちが目の前にある現実の楽しさに気づきづらくなっているようにも感じています。だからこそ、まずは目の前の人とコミュニケーションを取り、現実を楽しめる人になってほしいです。大人たちが大山町で楽しむ姿を見せることで、子どもたちに新しい視点を手渡していきたいと思っています。

(Photo:Nanako Araki)

ー おわりに ー

明るさが魅力的な宮下さん。そんな宮下さんが日々明るくいられる理由は、日課となっている手帳にありました。1日の終わりに、その日の出来事や感情、体調など、自由に書くことで感情をリセットするよう意識しているといいます。手帳好きが高じて『大山おとなの手帳&ノート研究部』の立ち上げにも繋がりました。月に1度、仲間たちと振り返る場も設けるなど、自分の楽しみと仕事とをうまく紐付け、日々を楽しんでいる姿が印象的でした。

PROFILE

宮下侑子(みやした ゆうこ
Webデザイナー
マーケティングコンサルタント
Bistro NOTTSUN アマチュア料理人
やらいや逢坂 お悩み相談係・チャレンジ支援員

鳥取県大山町出身。進学のため上京し、外資系印刷会社でデザイン・印刷の基礎を学ぶ。結婚・出産を機に鳥取に戻り、Webデザイン・動画制作・デジタルマーケティングを学び独立。2022年、ベイクショップ小僧ロップでの広報・営業担当として活動。2023年より大山町内の中山地区にある『やらいや逢坂』の集落支援員としてマチづくりにかかわり、住民のお悩み相談係・チャレンジ支援係として活動。スマホ講座・Canva活用講座・ChatGPT講座など、デジタル機器・デジタルツールの初心者に寄り添う講座を町内各地で開催中。


まぶや:https://mabuya.yaraiya.jp/
やらいや逢坂:https://yaraiya.jp/
ベイクショップ小僧ロップ:https://kozolop.com/

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