シブヤフォントで育む未来
<共創で生まれる変化>

〜thincなこと・シブヤフォント 磯村さん × 東京都渋谷区〜

障がいのある人と、学生の連携によりスタートしたシブヤフォント。それはどのように受け入れられ、広がっていったのでしょうか。また、共生社会につながる「気づきの場」となったシブヤフォントが障がいのある人にもたらした変化や、関わる人への良い影響について磯村 歩(いそむら あゆむ)さんに語ってもらいました。

学生との共創が生み出すもの

退職後に留学したデンマークでは「対話」が大事にされていました。上下の関係がなく誰もがフラットに言葉を交わし、物事を進めていくのを目の当たりにしたんです。それが僕のインスピレーションの素となりました。シブヤフォントは渋谷区からの依頼があって、学生と連携することになりましたが、実務的にはプロのデザイナーと仕事をした方が確実で早いわけです。それでもなお、学生と共創をする意義は何かを考えてみると、それはデンマークで経験した「フラットな関係性」にあると思ったんです。プロのデザイナーとして障がい者支援事業所の方々とやり取りをするとどうしても、コミュニケーションが一方通行になりがちです。プロのデザイナーが要求したことを、障がい者支援事業所がそのまま受け入れる場面もあるかもしれません。それではプロジェクトも長続きしない気がします。でも、相手が学生ならば施設の方々もコミュニケーションが取りやすく、アイデアを出しやすい。こうしたフラットな関係性があって、シブヤフォントの活動が自発的で持続・維持しうるものになっていきます。

障がいのある人と創ったフォント・パターンを学生は施設の支援員と共同で、企業に提案します。企業の方々がずらりと揃っている中で発表をすると、当然学生は本気になります。プレゼンテーションがみるみる良くなっていくんです。学校の先生からは「普通の授業では見られない姿を見ることができた」「良い機会になった」と言ってもらえました。そうした環境を提供することによって、学生もぐっと伸びるんですよね。

学生は障がいのある人と実際に交流するため障がい者支援事業所に行くわけですが、中には、障がいのある人というのは「電車の中で奇声をあげている怖い人」という風に思っていた学生もいたりします。それが実際に現場へ行ってみると、似顔絵を描いてくれる子がいたり、逆にぷいっとあからさまに無視をする子もいたり、いろいろな特性の障がいのある人と交流をするわけです。そうすると、一口に「障がい者」といっても、結局は様々だということに気づき、結局は、一人一人に寄り添うしかないということを学ぶんです。そして、これは日常生活における同級生、友人、親との関係性に対しても同じであると思うんです。それが多様性理解につながり、さらには地域共生社会にもつながっていくんです。こうした「気づきの場」を学生に与えられるのはやはり、すごいことだなと思います。

シブヤフォントの広がり

元々の目的はお土産作り。ですから、フォント・パターンの制作を進める上においても、渋谷みやげとして採用されうるものにしていこうとなったんです。渋谷駅前のハチ公像であったり、スクランブル交差点であったり、いろいろな建物であったり、そうしたものを題材にパターンのラインナップを揃えました。フォントは地域性というより、どちらかと言えば障がいのある人のパッションや想いを表現しています。学生との連携によって生まれる何か新しいことにチャレンジをして、みんながユニークで面白いと思えるものを目指して、ラインナップしていきました。

ただ最初は、お土産につながる企業採用には、なかなかつながりませんでした。そこで、障がい者支援事業所と連携して、まずは自分たちでシブヤフォントを採用した商品を作ってみることにしたんです。複合商業施設「渋谷ヒカリエ」にポップアップショップを出店し、目標売り上げを達成することができました。こうしてシブヤフォントの活用事例を商品として可視化することにより、シブヤフォントを扱いたいという企業がちらほらと出てきたんです。そして「渋谷スクランブルスクエア」のお土産ショップでシブヤフォント採用商品が販売されるようになり、やがてアパレルの採用が広がっていきました。ADASTRIA、JUNRed、BEAMS、HERALBONYなどによるTシャツや、WORLDのスーツの裏地に採用されるなど。そしてとても嬉しかったのは、しまむらグループさんが子ども服に採用してくれたことです。全国400店舗で展開していただきました。



次に多いのは住環境への採用ですね。工事現場などの仮囲いアートや渋谷区役所の内装、サイン・ディスプレイ等に展開されました。他にも、企業がCSR活動を兼ねて、社内報やノベルティといった形での採用も広がっています。さらには「Google Fonts」という世界中の人が誰でも無料で商用、私用を問わずに自由にダウンロードできるフォントのライブラリに3つ、採用いただきました。東京オリンピック・パラリンピック大会を契機に障がい者アートが国の施策としても広がったこともあったのかもしれませんが、以降、多くの企業から声がかかるようになってきました。

(提供:一般社団法人シブヤフォント)

アイデンティティの形成

シブヤフォントに関わっている障がいのある人の中には、それまでにもアート活動をされていた方もいたのですが、「そんな稚拙な絵を外に出さないで」という親御さんもいらっしゃったと聞きます。ところが学生との連携によって、それがパターンになり、フォントになり、商品になり、大型複合施設「渋谷スクランブルスクエア」などで売られるわけですよ。そうすると自己肯定感と言いましょうか、驚きと言いましょうか、世に出ていくのを目の当たりにするとやはり、親御さんの気持ちも変わります。さらに支援員などの周りの人たちの反応も変わってきます。それが当事者である障がいのあるアーティストに伝わり、非常にモチベーションが高くなったり、自信につながったり、それこそ日常の生活に変化が訪れたりするんです。中には普段から手帳を持ち歩いて、シブヤフォントのためにアートを描きためたりする方もいらっしゃいました。僕自身嬉しかったのが、ある方が「私はシブヤフォントのアーティストです」と自己紹介された時があって。シブヤフォントが障がいのある人にとって、1つのアイデンティティになっていたんです。

また学生との連携によって生まれる行動変容もありました。障がい者支援事業所ではどうしても、普段顔を合わせている人たちは固定化しがちです。しかし、学生が来ると新鮮な空気が生じるんです。支援員とのやり取りでは変化がなかった障がいのある人が学生とのやり取りによって、使っている絵の具が変わってきたり、新しいことにチャレンジしたりするわけです。そのように障がいのある人にとっての変化がシブヤフォントによって、生み出されていると思いますね。


ー おわりに ー

磯村さんが黒色のジャケットをちらっとめくると、極彩色のシブヤフォントの世界が溢れ出しました。この日の1着は、WORLDが展開するカスタムオーダーブランド「UNBUILT TAKEO KIKUCHI」*¹。シックな見た目を大胆に裏切り、裏地には不揃いの四角形をちりばめたパターンデータがあしらわれています。「普段はもっとラフですが、撮影があると聞いたので」と、磯村さんは照れ笑い。

ジャケットの下に着てきたTシャツも、お気に入りの1着だそう。次回のインタビューでお話いただくファッションショーのテーマ「SHOGAI HA HENSHIN DEKIRU」(ショウガイはへんしんできる。)が記されていました。そこには、障がいのあるなしに関わらず、誰もが「へんしん」できる、障がいの固定概念を取り除き多様な特性や解釈として受け入れる「ショウガイ」、という新たなメッセージが込められています。

※1)現在は販売を終了しております。

次回、『シブヤから全国へ』はこちら


PROFILE

磯村 歩(いそむら あゆむ)

一般社団法人シブヤフォント 共同代表
株式会社フクフクプラス 共同代表
専門学校桑沢デザイン研究所 非常勤教員

1966年愛知県常滑市生まれ、金沢美術工芸大学卒。富士フイルムを退職後にデンマークへの留学を経て起業する。2016年度渋谷みやげ開発プロジェクトとして、渋谷区内の障がい者支援事業所と専門学校桑沢デザイン研究所の学生の協力により生まれた「シブヤフォント」は、グッドデザイン賞、iFデザインアワードをはじめ、数多くの賞を受賞。 ストレス発散はサウナで。「葬送のフリーレン」を愛読する。

シブヤフォント:https://www.shibuyafont.jp/

この記事をシェアする