障がいのある人の個性を活かしながら、社会が必要とする革新的なサービスや商品を創出する株式会社フクフクプラスの業務委託としてスタートしたシブヤフォント。2021年渋谷の日(4月28日)に一般社団法人シブヤフォントを設立し、「ご当地フォント」の取り組みなど、より全国的に広がりを見せています。東急プラザ原宿「ハラカド」にオープンした「シブヤフォントラボ」のオープン記念に開催したファッションショーでは、障がいのあるアーティストをはじめ、支援員やご家族など、総勢33名がランウェイを闊歩しました。「誰もが活躍できる場がシブヤフォントにはある。共に創造しませんか」と、磯村歩(いそむらあゆむ)さんは呼びかけます。
実験的出会いの場
シブヤフォントラボ
一般社団法人シブヤフォントは渋谷区、障がい者支援事業所と連携し、完全非営利で活動しています。かつ、理事の任命権は障がい者支援事業所の方々。私は障がい者支援事業所から任命された代表理事という立て付けにし、理事には渋谷区の障がい者福祉課長も名を連ねています。半官半民の団体にすることによって、しっかりと経理の透明性を持ち、ガバナンスが効くような法人形態にしたんです。そうすることで、渋谷区との連携も非常に広がりを持たせることができました。
2024年4月に開業した東急プラザ原宿「ハラカド」の7階に、渋谷区との共同事業で「シブヤフォントラボ」をオープンしました。渋谷区はダイバーシティー・アンド・インクルージョンを基本構想に掲げており、シブヤフォントはそのシンボリックなプロジェクトとして評価されています。シブヤフォントの発信力を高めてほしい区の想いと、シブヤフォントの取り組みをアピールする場がほしい私たちの想いがうまくシンクロ。区が区分所有しているスペースを運営することになりました。私たちは今までも障がいのある人と学生との交流により、様々な価値を生み出してきました。この新しい拠点においてもダイバーシティー・アンド・インクルージョンの理念を強力に発信し、障がい者や学生のみならず、外国人、観光客、区民などとの出会いが生まれれば、シブヤフォントのような新しいバリューがどんどんと生まれてくるでしょう。そうした場の実験をしていきたいということで、「シブヤフォント」の「ラボ」ラトリーと称した「シブヤフォントラボ」をスタートさせました。「実験的出会いの場」を標ぼうしているので、やっていることはギャラリーだったり、ワークショップだったりするのですが、何かしらの出会いが生まれるような仕組みを織り混ぜて、運営をしています。
例えばシブヤフォントの採用商品を販売しているショップにおいては、その商品に採用されたデータを、その場でダウンロードできるようにしています。それに加えて、ダウンロード用のページにいくと応援メッセージを送信することが可能です。障がい者支援事業所による実演販売は、ふらっと訪れた観光客と障がいのある人との交流の場を生み出しています。そうした形で、商品を買ってくれた人とのつながりを大切にしています。今後はシブヤフォントラボを利用したいとお声がけいただいている企業と連携して、新しい企画を考えたいです。渋谷のみならず、全国規模でのデザイン×福祉の発信にいろいろな人と取り組み、障がいのある人と障がいのある人と出会えなかった人たちの出会いの機会を創出していきたいと思っています。
障がいのある人の創造だからこそのバリュー
対話型アート鑑賞
シブヤフォントを進めていく中で、障がい者支援事業所の方々から問題意識として出てきた課題がありました。それは、企業によるデータの二次利用が広がる中、当事者たちを置き去りにしていないかということなんです。障がいのある人にとって大事なのは、その地域で暮らし、働き、その地域の人に存在を知ってもらうこと。もっと、障がいのある人を近くに感じる関係性をデザインできないかと思ったのです。
私が経営している株式会社フクフクプラスでは、障がい者アートを使った「対話型アート鑑賞」という研修プログラムがあります。皆でアートを鑑賞するのですが、ある時は障がいのある人に同席してもらい、直接交流をしていました。この仕組みをシブヤフォントでも活用できないかと思ったんです。アートを鑑賞し、アーティストと交流する中で「これはどのように描いたの?」「ウチの近所にある施設さんだったのですね!」という風にどんどん興味が広がっていきます。シブヤフォントの採用商品を買うだけでは得られない関係性が生まれてくるんです。今では15人のシブヤフォント認定ファシリテーターたちが渋谷区内で活躍しています。
対話型アート鑑賞はMoMAで生まれたプログラムで、多様なアートを鑑賞するのですが、例えばダ・ヴィンチの『モナリザ』を鑑賞した時に、参加者から『モナリザ』の歴史的背景や作家の意図などが共有されたりすると、他の参加者は「私、アートのことはよく知らない・・」と尻込みしてしまう気がしませんか。そうなると、フラットな対話が成立しないんです。
その点、障がいのある人によるアートは不思議な力があります。色味が鮮やかなものや、ハンドフリーで描かれているものが多いから、何か親しみが湧きます。さらに身近なものをテーマにしている作品も多いんです。それこそ、猫とか犬とか、電車や丼物まで。何か理解を強要する要素がないからこそ、発言しやすいのだと思います。こうして感じたことを素直に発言できる心理的安全性が担保されて、対話型アート鑑賞の本来狙っている効果が生まれるんです。小・中学校の子供たちも参加できます。なんと渋谷区の小・中学校の探究学習として、シブヤフォントの対話型アート鑑賞が採用されることにもなりました。活躍の場面が広がっています。
対話型アート鑑賞に障がいのある人の作品を活用している理由は、「社会貢献」ではなく、こうした効果があるからこそ採用しているんです。こういう風に、提供される側にとってバリューがあるものとして利用を進めれば、社会も変わってくるんじゃないかと思うんですけれどね。
インクルーシブファッションショー
~ショウガイはへんしんできる。~
シブヤフォントラボを開業するにあたって、障がい者支援事業所の支援員たちと何をしようかという活用アイデアのワークショップを開きました。いくつかのアイデアのうちの1つが、ある支援員の提案によるファッションショー。東京・原宿にシブヤフォントラボはあり、原宿といえばファッションです。ぜひやってみましょう、となりました。私たちのメンバーにはアパレル出身者がいて、やるならばプロのスタイリスト、プロのデザイナー、プロのヘアメイクアーティストを入れてガチンコでやりましょうと。障がいのある人がモデルとなり、それぞれの障がい者支援事業所で手作りした缶バッジ、ぬいぐるみや織物、藍染めなどを使った完全オートクチュールやシブヤフォントのアートを使ったTシャツをまとい、シブヤフォントラボという私たちの新しい拠点のランウェイを歩きました。
会場にはいろいろな人たちが混ざり、全員拍手。私は裏方で見守るだけでしたが、それが良かった。皆で作って、皆で盛り上がって、楽しかったですし、モデルとなった方々に、ちょっとした行動変容が起こったみたいなんです。ファッションの力は大きいということを感じたのと同時にやはり、シブヤフォントのメンバーの力、障がい者支援事業所のメンバーのパワーとポテンシャル、そして、皆でやり切ったという自信。全てが凝縮された素晴らしいイベントになりました。
障がい者支援事業所をクリエイティブハブに
ご当地フォント
各地域から「わが町のご当地フォントを作りたい」という声をいただいてきました。これまでは渋谷区の事業として取り組んでいたので、他の地域のお手伝いすることはなかなかに難しかったんです。そんな中、一般社団法人を設立するタイミングで、自主事業を作っていこうとの想いもあり、「ご当地フォント」の制作を支援する事業を始めることになりました。現時点では全国16地区のご当地フォントが生まれており、3期目となる2024年度はさらに6地区で誕生する予定です。
ご当地フォントをきっかけに、新たな描き下ろしのアートやパターンを制作するプロジェクトも生まれています。実際に『とやまふぉんと』では、データを利用したい酒造メーカーから、『とやまふぉんと』を使ったオリジナルのパッケージデザインの依頼があったようです。こうしてシブヤフォントを起点に、ご当地フォントというプラットフォームが全国に広がれば、全国の障がい者支援事業所が地域のクリエイティブ・ハブとして機能するようになるかもしれません。全国のデザイナーや学生が、その地域の障がい者支援事業所に通い、交流し、新たなクリエイティブを生み出す社会。そうなれば福祉の世界も大きく、変わっていくいくのではないでしょうか。こうした交流が、ダイバーシティー・アンド・インクルージョンでいう多様性理解、社会包摂につながっていくのだと思います。
くらし・はたらく障がいのある方の
輝ける社会を目指す
今は11の障がい者支援事業所に年間400万円〜500万円の還元をしています。これに加えて、障がい者支援事業所に直接発注する委託業務も開拓しています。例えば障がいのある人や支援員にリードユーザーとして参加してもらう企業向けのワークショップの開催(研究テーマの抽出、商品開発)などです。あとはシブヤフォントラボの運営。データの管理や整理、清掃などを障がいのある人に担っていただいています。そして、企業がシブヤフォントのデザインを気に入っていただき「障がいのある人に描き下ろしのアートをお願いしたい」「オフィスの壁一面にこのアーティストさんに、オリジナルのアートを描いてほしい」というご依頼も増えているんです。このように、さまざまな福祉還元を広げていきたいと思っています。
シブヤフォントはさまざまな関わり方があるプラットフォームです。障がいのある人とデザインを学ぶ学生、そこには障がい者支援事業所の支援員もいて、ご家族もいます。対話型アート鑑賞のアートファシリテーターたちは社会人ボランティアたちが担っています。シブヤフォントのさまざまなイベントに携わっていただいているボランティアの方々、そしてソーシャルセクターを支援するプロボノの方々など。私たちはこうした多様な人々が関係する仕組みを、ご当地フォント事業として今、全国に広げています。きっと皆さんの地区でもご一緒できるときがあると思います。
ー おわりに ー
東京・表参道と明治通りが交差する神宮前交差点に足を向けると、ガラスに覆われた個性的な建物が目に飛び込んできます。この春にグランドオープンした東急プラザ原宿「ハラカド」。地下1階から7階の屋上テラスまでに70を超える店舗が入居し、渋谷の新たなランドマークとなっています。ここの最上階に「シブヤフォントラボ」があります。「多様な人々の感性を刺激する、新たな原宿カルチャーの創造・体験の場」をコンセプトにする「ハラカド」にとって、シブヤフォントはまさにぴったり。磯村さんは新たな拠点で、どのような化学反応を引き起こすのか。楽しみは募るばかりです。
PROFILE
磯村歩(いそむらあゆむ)
一般社団法人シブヤフォント 共同代表
株式会社フクフクプラス 共同代表
専門学校桑沢デザイン研究所 非常勤教員
1966年愛知県常滑市生まれ、金沢美術工芸大学卒。富士フイルムを退職後にデンマークへの留学を経て起業する。2016年度渋谷みやげ開発プロジェクトとして、渋谷区内の障がい者支援事業所と専門学校桑沢デザイン研究所の学生の協力により生まれた「シブヤフォント」は、グッドデザイン賞、iFデザインアワードをはじめ、数多くの賞を受賞。
ストレス発散はサウナで。「葬送のフリーレン」を愛読する。
シブヤフォント:https://www.shibuyafont.jp/