移住して見えた、「縁と恩」
<手仕事の文化と価値を伝える>

〜thincなひと・暮らしの荒物屋めぐる店主 中村龍太郎さん×山口県阿武町〜

ゲストハウスを軸に数々の縁がつながる中で、生涯のパートナーとも巡り合い、山口県阿武町へ移住した中村龍太郎(なかむらりゅうたろう)さんは、「縁+恩=EN+ON=ENON」をコンセプトとする『暮らしを紡ぐ宿えのん』をご夫婦でオープン。コロナ禍を経た現在、宿は一旦休業するも、二人のお子さんにも恵まれ、夫婦の新たな活動としてデザインユニット『nating DESIGN』をスタート。さらに阿武町で竹細工と出会ったことを機に、自然素材にこだわった『暮らしの荒物屋めぐる』を開業するなど、地域に根差した文化づくりに取り組まれています。後編では、阿武町で出会った竹細工への想い、手仕事の価値を伝えていく多彩な活動について伺いました。


みんなの助けを借りて、オープンへ

沖縄で仲良くなり、山口県萩市にあるゲストハウス『ruco(ルコ)』に一緒に行った友人は、当時は都内で会社勤めをしていましたが、現在はなんと、rucoを手掛けた家具職人さんと結婚し、萩市に住んでいます。また、沖縄で仲良くなった別の方が、東京でも飲みに行こうと連れて行ってくれた飲み屋で出会ったのが、店の常連だった妻です。ちなみに、リヤカーにお酒を積んで旅をしていた方(前編参照)は、この店の店員さんです。すべての縁がゲストハウスを軸につながり、阿武町と結びついている。なので、私も妻も、移住に不安はありませんでした。自宅兼ゲストハウスとなる古民家は、以前、住んでいた協力隊の方がバーカウンター部分には手を入れていましたが、それ以外は、まだまだ改修が必要でした。学生時代に学んだ建築・インテリアデザイナーとしての経験・スキルを活かし、図面は自分で引き、間取り・デザイン・家具の配置も考えました。

阿武町の地域おこし協力隊として活動しながら、その伝手で改修を手伝ってくれる人を募り、rucoつながりの友人や東京の友人など、たくさんの人の助けを借りながら、改修工事自体をイベントにし、9カ月ほどかけて改修。開業にあたっては、資金の一部をクラウドファンディングで募り、たくさんの方にご支援いただきました。こうした数々の縁に感謝し、恩を返していきたいという意味を込めて、「縁が繋がり、恩が循環する」というコンセプトで、『暮らしを紡ぐ宿えのん』をオープンしました。


(提供:暮らしを紡ぐ宿えのん)

阿武町は人口約3,000人の町で観光客はそれほど多くないので、人がたくさん来るゲストハウスではありません。でも、もともとのバーは地元の人が集まる場だったので、宿泊客が彼らと交流したり、私が一緒に町内を散歩したり、道の駅で活きの良い魚を買って一緒に捌いて食べたり、日常とは違う暮らしに触れ、新しい縁を持ち帰ってもらえる場所にしたいと考えました。ある時、宿泊していた友人が、バーに来ていた地元の漁師の人と仲良くなり、「漁にとても興味があるんですよね!」と言い出すと、「そうか、明日4時に漁に行くけど、来るか?」と意気投合。翌朝、本当に一緒に漁に行ってしまいました。「ただいまー!」と嬉しそうにハマチを持って帰ってきて、その日はハマチを捌いてみんなで食べたのですが、その時、「あぁ、自分はこういう光景が見たかったんだ」としみじみ思いました。ところが、ゲストハウスをオープンして7カ月ほど経った頃、コロナが流行りはじめ、そのタイミングで第一子の出産が重なったこともあり、育児休業ということで宿は閉めることにしました。(2024年11月現在休業中。)

眠っている価値と出会う

私はカゴやざるなどの佇まいにどこか惹かれるのですが、ゲストハウスを休業して少し経ったある時、阿武町で藍染などをされている地域の方に竹細工のサークルを紹介していただきました。会いに行くと、そのクオリティの高さにびっくり。普段は販売せずに、自分たちのために作っているのですが、まさに眠っている価値。この素晴らしい技術があまり知られずに、このまま眠っているのはもったいないと思いました。実は、山口県の竹林面積は日本で4番目の広さ。阿武町も良質の竹の産地として知られていたそうです。作り方を教わり、自分も一緒に作っていたのですが、とても大変で難しい。山で竹を取り、作業場に運び、割って細く削り、竹ひごにして編んでいくという、労力の要る作業です。それを知るにつれ、手仕事の素晴らしさ・楽しさを伝える拠点があったらいいのではと思い立ちました。



(Photo:CURBON)

最初は、阿武町の竹細工のお店兼作業場として自分が作業し、お客さんが見学しながら、竹細工が買える店を考えました。私が今の段階で作ることができるのは、コーヒードリッパー、鍋敷、持ち手のある大きめのカゴなど、普段の暮らしの中で使えるものですが、作るのが大変で数が足りない。なので、阿武町の竹細工を中心に、「自然素材で作られた手仕事の暮らしの道具」と少し範囲を広げて、ものを集めました。「土に還る」をキーワードに、壊れても直せる、最終的には土に還るものを基準に選び、和歌山県のシュロの箒、岩手県のすず竹の市場かご、秋田県の秋田杉の曲げわっぱなど、国内中心に世界のものもあります。また、店では、暮らしの教室という体験会を企画・開催し、阿武町の竹細工づくり、阿武町で収穫した米の稲藁を使ったしめ飾りづくり、保育園向けに竹の水鉄砲づくりなど、手仕事を未来につないでいくための活動を行っています。


(Photo:CURBON)

竹細工とパーマカルチャー
竹細工に興味を持ったのは、東日本大震災の経験が大きいと話す、中村さん。想定外の事態に生活が脅かされる怖さを実感し、自分でできることは備えておこうと、いろいろ調べるうちに「パーマカルチャー」という言葉に出会ったそうです。「パーマネント(永続性)+アグリカルチャー(農業)+カルチャー(文化)」を組み合わせた言葉で、永続的な農業を軸に、地球に負荷をかけず、すべての生き物が共存する持続可能な暮らしを目指す考え方、活動のこと。自分で作れるものは作る、壊れても環境に負荷がないものを選ぶ人が増えれば、地球の未来のために多少でも貢献できるのでは、という想いが、中村さんにはあるそうです。

手仕事の価値をつないでいく

お店ができたことをきっかけに、県内の手織作家や阿武町出身の陶芸作家などと繋がりができるようになりました。近隣の方は実際に訪ね、いいなと思ったら作品を店に置かせてもらいます。遠方で、これはすごいなと思うものを見つけた時は、自分の思いや考え方をメールや電話で伝え、同意を得られれば置く、というように商品を集めます。直接作業を見学できる場合は、製作の背景や素材・技術について伺い、自分たちで発行している『めぐる新聞』に掲載し、手仕事の魅力を伝えています。年3〜4回の発行予定で現在、2号目を制作中です。実は、協力隊の活動中からチラシ制作やロゴデザインを手掛けていたことから、絵やイラストが趣味の妻と一緒に仕事をすれば、案外、依頼があるのではないかと思い、『nating DESIGN(ナティンデザイン)』というデザインユニットを夫婦ではじめました。阿武町に、こうした仕事をしている人がいなかったこともあり、リーフレットやパッケージ、ロゴ制作の相談事が増え、協力隊以外の仕事も請け負うようになり、デザイン、イラスト制作、記事の執筆、イベントの企画・運営まで手がけ、今ではいちばんの収入源になっています。


(提供:暮らしの荒物屋めぐる)

nating DESIGN(ナティンデザイン)の由来
知り合いの美容室にあった『なくなりそうな世界の言葉』という絵本に出ていたのが、パプアニューギニアの公用語、トク・ピシン語で「ただの、普通の、特別ではない」の意の「nating(ナティン)」だそうです。話し手がいなくなって失われていく言語の中から美しい言葉を集めた絵本。その「普通の」という言葉が失われる、その普通ではないことに、中村さんはすごく引っかかったそうです。中村さんにとって、縁がつながって阿武町で暮らしていることも普通ではないし、世の中に普通のことなど、何一つないし、その当たり前ではない毎日を大切にし、豊かにするデザインをしたいという思いで名付けられました。

お金持ちより、時間持ち

今は、一つの道を極めていく職人のような生き方をしたいと思っています。手仕事は時代を超えて普遍で、極め続ければ死ぬまでできる。そういう地に足のついた仕事を、もう少し暮らしの中心に置きたい。その意味でも、『暮らしの荒物屋めぐる』の活動を軸にしようと考えています。東京と比べても物価や家賃が安いし、子どもたちにとっても、自然と触れ合える場所にいた方がいいと思うし、なにより阿武町の暮らしが気に入っています。でも、またいつ大災害や感染症、親の介護などの問題が立ちはだかるか、将来は誰にもわかりません。それでも「縁」と「恩」を大切に生きるという姿勢だけがブレなければ、その時々の状況に応じて考え方を柔らかくして、どんな仕事や暮らしでも、私たちらしく生きていけるのではと思っています。ここで暮らして言えるのは、時間が増えること。お金はなくても、時間はいっぱいあります(笑)。ゆえに、無駄なことを考え、新しいことをはじめたりするわけですが、お金持ちではなく、時間持ちでありたい。お金は消費には使えますが、創造するには時間が必要。人は忙しいと心を無くし、人間らしくなくなっていくもの。その意味では、阿武町に来てからの方が、身も心も、はるかに自由で健康になりましたね。



(Photo:CURBON)

ー おわりに ー

すべての物事はつながっている。
中村さんのこれまでの多彩な活動の背景にある想いや考えを伺い、その一つひとつの点がつながることで、点同士の結びつきが面となり、取材後半には、一枚の織柄のように、紛れもない中村さん自身の半生として浮き上がってきました。風のように流れ、面白がりながら活動してきた中村さんがこの先、5年後、10年後に、どこへ向かっていくのか、今からとても楽しみです。


PROFILE

中村龍太郎(なかむらりゅうたろう)
暮らしの荒物屋めぐる 店主
暮らしを紡ぐ宿えのん 代表
nating DESIGN 代表

栃木県生まれ、東北大学大学院都市・建築学修士。東京の設計事務所・ゼネコンでインテリアデザイナーとして働いた後、2019年に山口県阿武町に移住。「縁が繋がり、恩が循環する」をテーマに、ゲストハウス(現在休業中)やデザインの仕事を立ち上げる。同時に、地域おこし協力隊としてキャンプ場立ち上げやマルシェを通した地域活性化にも取り組む。現在は竹細工職人としても活動し、手仕事のある暮らしの豊かさを伝える荒物屋を開いている。

暮らしの荒物屋めぐる:https://aramonya-meguru.studio.site/
暮らしを紡ぐ宿えのん:https://abu-guesthouse-enon.studio.site/
nating DESIGN:https://natingdesign.myportfolio.com/

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