空を飛び、肉眼では見られない景色を見せてくれるドローン。ドローン黎明期から、その可能性に魅了され、株式会社Dron é motion(ドローンエモーション)を立ち上げたのが田口厚(たぐちあつし)さんです。現在は、グループインした株式会社ORSOのDron é motion事業部で、空撮動画の制作を行うほか、ドローン操縦士を育成するスクール講師としても活動されています。
かつて趣味として愛好していたラジコンの経験は、現在「ドローン×地域活性化」という新しいビジネスへとアップデートされています。自身の熱量を形にし、ドローンで起業を果たすまでのキャリアと、事業化までの道のりについて伺いました。
Profile
田口厚たぐちあつし
異色キャリアの原点はNPO活動
恩師の「小さな森みたいな図工室」との出会い
美術系大学の学生だった頃の私は、特に教育に関心があったわけではありませんでした。ですが、小学生のときの担任の先生から声をかけてもらったことを機に、NPO活動をはじめることになったのです。
その先生は非常にユニークで、図工室の空間づくりも独特でした。中央には大きな木の模型があり、その周りにランダムに机が並んでいる。物語のような図工室でしたね。さらに美大生を招いて小学生と交流させることで、小学校を開かれた環境へと変えていったのです。多彩な刺激にあふれた創作の空間は、手伝いをしていた私にとっても刺激的な場所でした。その後、先生の大学教員への就任と研究室の立ち上げに伴い、デジタルハリウッド(以下、デジハリ)内にも活動の場を設けてもらうことに。その際に小学校の支援活動を行う任意団体を一緒に設立したことで、本格的なNPO活動へと発展していきました。
離れた小学校をつないだ、クローズドSNSの実験
NPO活動で印象的だったのが、クローズドのSNSを使った交流学習です。鳥取県や島根県、青森県などの地域には、1校あたりの児童数が20〜30人ほどで構成される小規模な小学校も存在します。児童同士で密な関係を気付ける反面、既存のコミュニティ以外とのコミュニケーションが難しくなってしまうという課題がありました。
そこで、児童たちがコミュニケーション力を磨けるよう、各地の小規模校同士をつなげるクローズドなオンライン環境をつくりました。文化の異なる相手との交流は、児童たちにとって実践的なコミュニケーションの場となります。担当した小学3年生の子たちが1学期と3学期とで別人のように成長した様子を見て、教育分野への関心も高まりましたね。
ラジコン好き、
ドローンの世界にハマる
「先にやった人の勝ち」という気づき
2013〜14年頃、NPO活動を卒業してWeb系のフリーランスとして活動していました。当時はクリエイティブ領域における動画ニーズの高まりを感じていた頃でもありましたね。そしてこの時期、仕事と並行して熱中していたラジコンレースこそが、ドローンと出会うきっかけとなります。ある年に出場したラジコンの全国大会で6位になれたのですが、5位以上はみんな10年選手ばかりで、どれほど奮闘しても10年の経験の差を埋めることは簡単ではないと痛感しましたね。そんな折、森の中をドローンが飛行する映像に出会います。当時はまだ、全員がゼロスタートではじめられるタイミング。「これはチャンスだ」と興味を持ち、各地のイベントに顔を出すようになったのでした。
人類がほぼ使っていない150メートル未満の空域
もうひとつ魅力に感じたのは、ドローンが飛ぶ空域の特殊さでした。一般的な展望台の高さは60メートル前後、ヘリコプターや飛行機は離着陸を除き、基本的に上空150メートル以上を飛行します。つまり、ドローンが飛ぶ150メートル未満の空域は、人類がこれまで活用してこなかった未知のエリアなのです。その場所でドローンを50メートル上昇させれば、そこに広がる景色を人類ではじめて目にするのは自分になります。その絶景を独り占めできることが最高に楽しかったですね。はじめて100メートルの高さに上げたとき、景色の素晴らしさと、誤って落下させたらどうしようという緊張とで、足が震えたことを覚えています。

偶然の出会いが起業のきっかけに
ドローンイベントで出会った2人のキーパーソン
趣味としても仕事の新たな可能性としても、ドローンに魅力を感じるようになり、クライアントにもドローン撮影を提案するようになりました。ただ、フリーランスでの仕事はどうしても二次請けのような案件が多く、いまいち攻めきれていなかったように思います。
そんな私に、転機が訪れます。現在の「DRONE FUND」の共同代表である、千葉功太郎(ちばこうたろう)さんと大前創希(おおまえそうき)さんとの出会いです。おふたりとは、各地のドローンイベントでよく顔を合わせるようになり、親しくなりました。
あるとき、大前さんが仲間内のSNSで「ドローンの事業化を考えているんだよね」と投稿しているのを見て、「僕もです」と手を挙げて会いに行きました。「バックアップするからやってみない?」と背中を押していただき、「千葉さんも巻き込みましょう」と話が進行。自費での起業を決意したところに、おふたりからの出資も加わり会社を設立することになりました。
「感動を伝えたい」から生まれた社名
会社名は、ドローンとエモーションの「e」を重ね、ひとつの言葉としてつなげた「Dron é motion(ドローンエモーション)」としました。ネーミング辞典を買い、「ドローンをはじめて使ったときの感動を伝えたい」という想いを込めて懸命に考えた名前です。「émotion」はラテン語の「外へ動かす(emovere)」が語源で、「内側から湧き上がり、心を激しく揺さぶるもの」を意味します。さらにネーミング辞典いわく、アクサンテギュ(é)を添えることで、エネルギッシュな意味も込められるのだそうです。

事業拡大を見据え
ドローン×教育事業を展開
自治体の観光課題を四季で解決
会社の方向性を定めるにあたって、大前さんとブレストを重ねました。「自治体の観光課題にドローンを活用する」という助言から、主軸を観光事業に据えました。大前さんのつながりから福岡県東峰村での許可をいただき、PoC(概念実証)としてサンプル映像の撮影ができることになりました。
このとき撮影したのは、村の四季です。フリーランス時代に西洋風の霊園の四季を1年かけて撮影した仕事がアイデアの元になりました。同じ場所でも、四季によって全く違う魅力が眠っていると肌で実感していたからこそ、地域の魅力を中長期的に伝える「四季パッケージ」という提案につながったわけです。この取り組みは近隣の自治体の目にもとまり、視察に来てくれた担当者の方から「私たちの地域でも実施したい」と声がかかります。この依頼が自治体との初仕事になりました。その後は、SNSで映像を見た福岡県観光連盟の担当者の方が気に入ってくださり、新たなご依頼へとつながるなど活動の幅が広がっていきました。
深センへの視察と「Drone Grapher(ドローングラファ)」の誕生
創業当初から「教育事業をやりたい」という思いがありました。当時も今もドローンの最先端である中国・深センに3〜4度視察に赴き、現地の教育プログラムを日本に輸入しようという計画を進めていたのです。ところが、デジハリがJUIDA(一般社団法人日本UAS産業振興協議会)と連携して立ち上げると発表を受けて、私たちの計画は一旦見直すことに。それでも人を育てる必要があるという思いは変わらず、方針を切り替えてJUIDA認定スクールの第二期に合流。2016年4月にスクールを開講し、座学講師として教育事業の第一歩を踏み出しました。
そうした模索のなかで、創業初年度にドローンのeラーニング講座の立ち上げの依頼をいただきました。その際、「ドローンで撮影し、形にして発信できる人」を定義する言葉として名付けたのが「Drone Grapher(ドローングラファ)」です。商標も取得しましたが、目的は独占ではなく、新しいクリエイターのあり方を示す象徴的な言葉として社会へ広めたいと考え使いはじめた言葉です。

M&Aという決断で
事業スピードをより加速
「方法より相手」という判断
会社設立から約10年となる2025年、「Dron é motion」は株式会社ORSOにグループインしました。ファンドから出資を受けるベンチャーにとって10年は大きな節目です。上場やM&A、別のファンドへの移行など、複数の選択肢があるのですが、私が軸に置いた考えは「方法より相手」でした。
実はORSOとは以前より縁があったのです。許可済み飛行スポットをリスト化するシステムの共同開発を行なったほか、ミニドローンを活用した教育体験の提供など、活動の方向性が近く、親和性を感じていました。単独のリソースだけでは実現に時間がかかる挑戦も、両社の強みを掛け合わせれば、アイデアをより大きな規模で具現化できる。そう考えたからこそ、グループインの決断に至りました。
変わったのはスピード、変わらないのはドローンへの熱量
Dron é motion事業部として、観光系の撮影案件やワークショップ、開発サポートは継続して行っています。活動内容は変わっていませんが、リソースとスピードには変化がありました。「こういうソフトウェアをつくりたい」と話すと、すぐに形にできるんですよ。このリソースは素晴らしいなと思っています。今後は、グループインしたからこそ実現できる取り組みに挑戦していきたいなと思っています。

ガジェットからインフラへ
変化するドローンの立ち位置
私がドローンを使いはじめた頃と比べると、業界の法整備が大きく進みました。昔は機体重量が200グラム未満なら申請なしで飛ばせたのですが、今は100グラム未満へと規制が強化されています。個人で手軽に楽しむハードルが上がった反面、国家資格が制定され、多くの業種からドローンが注目されるというポジティブな変化も見られています。かつては、ラジコンの延長で一部の愛好家が楽しむガジェットでしたが、今や企業のビジネスツールや、新たなサービスを支えるインフラへと進化しつつあると思います。
この変化は営業の現場でも感じています。以前は「ドローンって危ないですよね」で話が終わってしまうことも多かったのです。ですから、こちらから情報を発信し、共鳴してくれる層を探し出すアプローチをとっていました。それが今では、良さを理解してくれる人が増え、提案が受け入れられやすい環境になってきた感覚があります。
趣味が仕事になる喜び
ストレスゼロの理由
私は趣味が仕事になると楽しいという感覚が強いタイプです。ラジコンに熱中していた頃もビジネスとしての可能性を模索していました。サーキット運営を手伝ったり、既製品を二次加工した商品をサーキット併設の店舗で新商品として並べてもらったり。趣味をビジネスに結びつける姿勢は昔から変わっておらず、ドローンではじめて形になりました。「趣味を仕事にするとつまらなくなる」という意見もありますが、私の場合はビジネスに変わるプロセス自体が楽しいので、むしろ趣味がより面白くなっていく感覚です。
仕事でのストレスは一切ありません。スケジュールによって体力的な疲れを感じることはありますが、好きなことに打ち込める時間なので、ただただハッピーなんです。最近も新機種のレビューを書いているのですが、実はこうしたWebメディアでの執筆は10年以上続けている仕事なのです。撮影、人材育成、そして情報発信。ドローンをキーワードに多方面へ展開した活動が、いまや相互に良い影響を及ぼし合い、事業全体が有機的に広がっていくおもしろさを実感しています。
「資格があれば仕事になる」は本当か
「2等資格を持っているのですが、仕事はありますか?」
「2等資格を持っているのですが、仕事はありますか」という質問をよくされます。この質問への私の回答は「ありません」です。
資格を持っていることと、仕事になることは別の話なのです。映像系の仕事をしたい場合、構図や編集のスキルが、点検系の仕事なら点検対象物の専門知識が求められるように、ドローンはあくまでもツールのひとつ。「Excelができます」だけでは採用されないのと同様に、「ドローンを使って、どのような価値を提供できるか・どのような課題を解決できるか」を言語化できてはじめて仕事になるのです。
業界の流れの中でドローンを「追加の武器」に
大切なのは、ドローンスキルを別の専門性と掛け合わせて、独自の価値を生み出すことです。例えば映像制作の現場では、既存のビデオグラファーがドローンを扱いはじめるか、外注としてドローン撮影ができる人を起用するケースが主流になっています。映像でドローンを活かしたいなら、映像制作会社に入るか、フリーランスとして契約するのがリアルなルートになるでしょう。業界のニーズを捉え、そこにドローンという追加の武器を携えた存在として活躍できるかどうかが大切であり、仕事にするための第一歩になるはずです。

ー おわりに ー
小学生時代、教卓に置かれていたMacに夢中で絵を描いていたという田口さん。「怒られるかも」という予想に反し、担任の先生はその絵をクラス全員に披露してくれたそうです。この先生がユニークな図工室をつくり上げていた恩師であり、この思い出が美術系大学への進学を後押しし、その後の教育への関心へとつながりました。こうした過去の小さなきっかけが現在のドローン事業を支える基盤にもなっています。「好き」や「楽しい」を突き詰める熱量が人生のあらゆる点をつなげ、「趣味を仕事にするキャリア」へ導いたのだと感じました。次回「通り道を観光地に。ドローンが変える地域観光の形」は、地域ビジネスの可能性を広げる「ドローン×観光」、未来を育てる「ドローン×教育事業」について具体的に伺います。




