新潟県上越市。厳しい冬の自然が息づくこの土地で、企業のチーム力向上とそこで働く一人ひとりの心に寄り添う伴走者がいます。デザイナー、心理カウンセラー、そして地元企業の役員という多角的なキャリアを築いている大竹美和子(おおたけみわこ)さんです。
大竹さんの歩みは決して平坦なものではありませんでした。シングルマザーとして自立の道を模索し、13年間勤めたお菓子屋さんでの葛藤を経て、未経験からデザインという未知の世界へ飛び込んだのは30代前半のこと。あえてガチガチのキャリアプランを立てない独自の哲学が、彼女の未来をしなやかに広げていきました。
どこから、こうした独自のキャリアと強靭なマインドが生まれたのでしょうか。実体験に裏打ちされたリアルな歩みから、自分の「枠」を広げ続ける生き方の原点と、これからのビジョンについてお話を伺いました。
目次
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01
お菓子屋さん勤務からデザイナーへの転換期
- 01-01 悔しさをエネルギーに変える力
- 01-02 シングルマザーとしての出発楽しく働く姿を見せたい
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02
デザイナーから心理カウンセラーそして地元企業の役員への広がり
- 02-01 三方よしの幸せの連鎖デザイナーとしての気付き
- 02-02 繊細さを強みに変えた「内省」とカウンセラーへの新たな決意
- 02-03 誰かの人生の変容に寄り添い組織の可能性を最大化
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03
人生の目標を達成するために
- 03-01 ゴールは抽象的でいい。変化を楽しむための「余白」
- 03-02 新しい一歩が踏み出せない方へ厳しくも愛のあるメッセージ
Profile
大竹美和子おおたけみわこ
デザイナー/心理カウンセラー/株式会社アミッツ 役員
お菓子屋さん勤務から
デザイナーへの転換期
悔しさをエネルギーに変える力
もともとお菓子を食べるのが大好きで、華やかで可愛らしい空間でお客様をお迎えする接客業に憧れて、私は地元のお菓子屋さんに入社しました。
しかし、正社員として雇用されるための条件は、接客だけでなくパティシエとしての修業を積むことだったのです。専門学校を出ておらず、製菓の基礎知識もゼロだった私は、右も左もわからないまま、本格的な職人の世界に身を置くことになりました。周囲は専門的な教育を受けて入社してきたスタッフばかり。「パレットを取って」と言われても、どれがパレット(パレットナイフ)なのかさえ分からない状態からのスタートでした。毎日がはじめて聞く専門用語の連続で、休憩時間になると、午前中に言われた言葉や指示を慌ててノートに書き殴り、必死に思い返して調べる、そんなことの繰り返しでした。
当時はまだ19歳や20歳で若かったこともありますが、厳しい指導や指摘を受けてもそれを人格否定だとは捉えなかったのです。「ここがダメだったんだ。じゃあ次はこうしてみよう」と、アドバイスを素直に受け止めることができました。普段の私は穏やかに見られがちですが、根はかなりの負けず嫌いなのです。言われれば言われるほど、できない自分が悔しくて、「絶対にできるようになってやるぞ」と、その圧力をエネルギーに変えて突き進んでいました。

シングルマザーとしての出発
楽しく働く姿を見せたい
入社から2年が経った頃、妊娠を機に休職しました。未婚での出産を迎えるにあたり、当時は激しい不安や恐怖に襲われたことも事実です。しかし、お腹の中に宿った我が子の存在が、私に生きる力を与えてくれました。「この子のために私は生きなきゃいけないし、自分の人生を何とか立て直さなければ」。その一心で、私は前を向いて出産に臨みました。
子どもが誕生して半年後、私は元のお菓子屋さんにパートタイムとして復帰します。まだ22歳という若さ。育児への不安に加え、我が子との時間を十分に取れないもどかしさ、体力勝負の仕事を何歳まで続けられるのかという焦りが私の胸を支配していました。「こんなに未熟な自分は、この子のために何ができるのだろう」。そこから私は、「教育とは何か、親としての背中とは何か」を深く内省しはじめるようになります。
結果、私はひとつの答えに辿り着いたのです。それは、「母親である私自身が、楽しく働いて人生を謳歌している姿を全力で見せること」。その背中を見せることこそが、息子に対する何よりの教育になると考えました。
復帰後はありがたいことに会社から重宝され、やがてパートから準社員へと登用されました。しかし、責任ある役割が増えるにつれて労働時間は長期化。息子から本気で心配されるほど、心身ともに余裕のない日々が続いていたのです。
求められる役割に柔軟に応じ続けるなかで、ある日、自分の時間やライフサイクルをすべて組織のペースに委ねきってしまっている現状に気付いたのです。「この働き方は、果たして本当に『人生を謳歌している』と言えるのだろうか」と。息子に向き合う時間もなく、何より自分自身が働くことを楽しめていない事実に直面した私は、息子が小学校5年生になったタイミングで、13年間勤めたお菓子屋さんを退職することを決意しました。
退職後にハローワークを訪れた私は、たまたま職業訓練校の「Webクリエイター科」の募集チラシを目にします。「簡単なホームページが作れるようになります」という一文に惹かれ、私は未知の領域への一歩を踏み出しました。この時、私は30代前半。全くの未経験から、デザインという新しい世界の扉が開かれた瞬間でした。

デザイナーから心理カウンセラー
そして地元企業の役員への広がり
三方よしの幸せの連鎖
デザイナーとしての気付き
職業訓練校での学びを終えた後、私はさらに高いレベルを目指し、実践的なデザイナー講座へと進みました。その後、知人の社長からExcelで作られたチラシのブラッシュアップを相談されたことをきっかけに、ありがたいことに「うちで全部作ってよ」とスカウトを受け、実務経験はないながらもデザイナーとして入社。在宅勤務が可能になったことで、息子との時間も劇的に増えました。「お母さん、5時半に帰ってこられるんだね」と安心し、次第にのびのびと感情を表現できるようになった我が子の姿を見て、自分の選択が間違っていなかったと確信しましたね。
デザイナーとして活動をはじめて3年が経った頃、私のなかでクリエイティブに対する価値観に大きな変化が生まれます。それまでの私は、表面的な美しさや洗練されたグラフィックのクオリティばかりを追い求めていました。でもあるとき、デザインの本当の目的はそこではないと気付いたのです。大切なのは、クライアント企業の課題を解決し、その先にあるサービスを受け取ったエンドユーザーのお客様まで幸せになる「三方よし」の視点。お客様が幸せになれば、その周囲の人間関係や家庭も温かいものに変わっていく。デザインとは、その素晴らしい「幸せの連鎖」の最初の一端を担うツールなのだ、と気付くことができました。
これ以降、私は「クライアントの真の課題は何か」「ターゲットは心の奥底で何を求めているのか」という、本質的なマーケティングや心理的な領域へと思考を深めていくことになります。

繊細さを強みに変えた「内省」と
カウンセラーへの新たな決意
私は、幼少期から「周囲の顔色を過剰に伺ってしまう」繊細な性格の持ち主でした。10代や20代前半の頃は、場の空気を乱さないようにと自分の意見を一切言えなくなったり、他人の感情に振り回されて傷ついたりするなど、その性格がマイナスに働いていました。
しかし、シングルマザーとして立ち直る過程で、私は心理学の知見を広げ、独自の行動療法や「内省」を実践してきました。感情と事実を客観的に切り離し、自分の思考プロセスを可視化・分析し続けた結果、私はその繊細さを「相手の言葉の裏にある価値観や、表情・仕草から痛みを敏感に察知する」という強みに変えることができたのです。
当時、私が所属していた会社は少数精鋭の営業代理店でした。私以外のメンバーは全員が営業職。日々数字のプレッシャーと戦う同僚たちにとって、常に高いモチベーションと心のコンディションを維持し続けることは、共通の大きなテーマでもありました。私はデザイン業務のかたわら、日頃から同僚たちの仕事への想いやちょっとした悩みを日常的に聴くようになります。「こういう風に物事を捉え直してみたら、少し視界が広がるかもしれないね」と、自身の経験に基づいたシェアを続けているうちに、同僚のひとりからこう言われました。
「大竹さんと話していると心が軽くなり、前を向けるようになります」。
自分が過去の葛藤から得た内省のプロセス、そして目の前の人へのサポートが、誰かの確かな力になれるのだと、深く実感した瞬間でした。「これを自己流の経験談で終わらせてはいけない。大切な人たちを支えるために、体系的に学び直そう」と決意し、プロの心理カウンセラーとしての資格取得に向けて勉強をスタートさせたのです。

誰かの人生の変容に寄り添い
組織の可能性を最大化
心理学やマーケティングの知識を蓄えていった私は、自らの可能性をさらに広げるために独立を考えはじめました。当初は完全に独立して外部からの「業務委託」という形で会社と関わる想定をしていました。しかし、私の能力と組織への理解を評価してくれていた社長から、「外部の人間としてではなく、経営の内側にいる『役員』として組織を支え続けてほしい。メンタルケアだけでなく、引き続きクリエイティブ全般も、マーケティングの戦略立案も一緒にやってほしい」と熱烈なオファーをいただいたのです。こうして私は、役員という立場で元の組織に伴走し続ける道を選びました。
現在、私は月に1回、全従業員との個別面談を実施しています。職場環境のチェックから、プライベートの些細な葛藤まで、徹底的に耳を傾けます。話している時の声のトーン、目線の動き、姿勢、呼吸の深さなど、言葉の枠の外側にあるシグナルも感じ取るようにしています。一人ひとりの個性に合わせた深掘りを丁寧に行い、少しずつ前向きなマインドセットを共有していくのです。
丁寧な対話を重ねるうちに、組織全体が少しずつ変わりはじめました。半年前までは「会社に行くのがつらい」「適切に評価されている気がしない」と本気で転職を悩んでいた同僚が、私との面談を重ねるなかで捉え方が変わり、社長や取引先との関係性が劇的に改善。「仕事が面白くなってきて毎日楽しいんです」と笑顔で語るようになったのです。お互いを尊重し合う関係へと育まれていく様子を目の当たりにし、私は言葉にできないほどのやりがいを感じています。
個人の力でできることには限りがあります。でも、一人ひとりが自分らしく生き生きと働けるようになれば、その個が結集した組織としてのエネルギーは爆発的に拡大します。目に見えにくい地味な仕事かもしれませんが、誰かの人生の変容に寄り添い、組織全体の可能性を最大化していくことに、私は何よりの喜びを感じているのです。

人生の目標を達成するために
ゴールは抽象的でいい。
変化を楽しむための「余白」
世の中の多くのビジネス書やキャリア論では、「3年後、5年後の明確な目標を立て、そこから逆算して行動せよ」と説かれます。しかし、私の哲学はその真逆をいきます。私はあえて、ガチガチのキャリアプランを持たない主義を貫いています。
私にとって、デザインも、動画編集も、心理カウンセリングも、マーケティングも、すべては目的を果たすための単なる「手段」に過ぎません。私が人生を通じて叶えたい目標、それは「世界中の人たちが、自分らしく生きられる世の中を作ること」です。あえてこれ以上具体化せず、非常に抽象的なまま心のなかに掲げています。いつまでに、どうやって達成するかを決めつけないからこそ、その時々の直感や目の前の人間関係、時代の変化に応じて、最も面白いと思える選択肢や新しいチャレンジに飛び込める「余白」が生まれるのです。
実際、現在会社で取り組んでいるマーケティング戦略や、新しくスタートさせようとしているInstagramを活用したプロジェクトなどは、かつて私が意図して計画したキャリアではありませんでした。「会社をさらに良くするためには、今の自分に何ができるだろう」と考え、その都度必要な知識をインプットし、実践してきた結果、気が付けば手札が増え、経営の根幹にまで自分の言葉が届くようになっていたのです。

新しい一歩が踏み出せない方へ
厳しくも愛のあるメッセージ
「現在の悩みに対する解決策は、今の自分の『枠』の内側には絶対にありません。枠の外側にある解決策にたどり着くには、すでにそこにいる方に知恵を借りるか、自分自身で枠を広げて気付くしかない。枠を広げるためには、やったことのないこと、興味のないこと、ときには苦手で嫌いなことにあえて挑戦してみる必要があるんです」
私は、自身のキャリアに迷い、一歩を踏み出せない方に向けて、少し厳しくも深い愛を込めて、いつもこう伝えています。冷たく聞こえるかもしれませんが、人生で起こる出来事は100%自分の責任です。不満のある職場や、理不尽な人間関係のなかに居続けることも、厳しい言い方をすれば「自分がそこにとどまることを選んでいる」ということ。嫌なら辞めればいい、変えればいい。すべては自分のマインドセット次第なのです。
新しい行動を起こすとき、恐怖や不安を消し去ろうとする必要はありません。心の仕組み上、挑戦と不安は絶対にセットでついてくるものですから。大切なのは、「怯えながらも、その不安を小脇に抱えて一緒に前に進むこと」。一分一秒でも若いうちに、自分の枠の外側にある世界へ手を伸ばしてみてほしいと思います。
かつて「楽しく人生を謳歌する背中を見せる」と誓った私の息子は、現在20歳を迎え、立派に社会人として自立しています。「僕はお母さんみたいに常に成長し続けるようなタフな生き方はいいや(笑)」と冗談めかして言う息子の言葉を、私は嬉しい気持ちで受け止めています。彼にとって、私の生き方がひとつの明確な判断材料になったのなら、母親として大成功ですから。

ー おわりに ー
デジタル技術がどこまで発達しても、大竹さんが新潟県上越市に根を張り、リアルな人間関係を大切にし続ける理由。それは、厳しい冬を知っているからこそ当たり前のように手を差し伸べ合う、この土地の温かい気質が彼女の原点にあるからです。
大竹さんは、豪雪という「ままならないマイナス」を受け入れ、みんなで心地よい環境を作ろうとプラスへ転換していくプロセスのなかにこそ、豊かな人間性とクリエイティブな発想が育つと考えています。
シングルマザーからの出発、未経験からのデザインへの挑戦、そして組織の心を支える役員へ――。彼女の歩みには、設計されたキャリアプランがあったわけではありません。それでも「不安を小脇に抱えながら」枠を広げ続けてきたそのしなやかな足跡は、現状を変えたいと願う私たちの胸に、勇気を与えてくれるでしょう。






