世界にない「ほやいろ」で、「ほやわせ」を広げる

〜thinc なひと・ほやドル萌江さん×宮城県石巻市〜

宮城県石巻市の名産品ほや。主に国外輸出されていましたが、東日本大震災後に輸出が困難になり、大量廃棄せざるを得ないという危機に見舞われました。そんなほやの魅力を発信するために活動をはじめたほやドル萌江さん。2022年からは、年に1度のお祭り「ほやっほー祭」を連続開催、2023年には「株式会社ほやいろ」を立ち上げるなど、精力的に活動を続けています。ほやっほー祭に込めた想い、今後の展望についてお話を伺いました。

目次
  1. 01 自分の枠は、自分でつくる
  2. 02 ほやっほー祭の歩み
  3. 03 地域で活動するということ

Profile

萌江もえ

ほやドル/株式会社ほやいろ 代表取締役

自分の枠は、自分でつくる

世の中にない「ほやいろ」があってもいい

私の「ほやドル」としての活動は、どこにも属さないものでした。フリーランスでの活動にこだわっていたわけではなく、アイドル・タレント・モデル・芸人と、いろいろな事務所のオーディションを受けてはいたのです。ですが、残念ながらどこも受からず、地元の事務所からは「ジャンルが謎すぎる」と断られていました。

「どのカテゴリーにも入れないなら、ひとりでやっていこう」。そう決心すると同時に、「私のように、やりたいことがあるのに既存の型にはまれず、居場所をなくしている人が集まれる場をつくりたい」と思ったのです。その想いを形にしたのが、2023年に立ち上げた「株式会社ほやいろ」。社名の「ほや」は私の愛する「ほや」で、「いろ」は「色」です。世の中には黒色や白色はあるけれど、「ほやいろ」はありませんよね。「世の中にない色があってもいいじゃん」という想いを込めた社名で、ほやドルと同じく、唯一無二の個性が輝く場所にしていきたいと考えています。

法人化しても活動自体が大きく変わったわけではなく、10年間の一歩一歩が大きくなって会社という形になっただけです。立場は経営者ですが、社員に弱音を吐いて励まされることもある、まったく「社長らしく」ない社長です。めげたり泣いたりしながらがんばる社長がいてもいいのかな、と思っています。

(Photo:Eita Shimizu)

1年目からの「やりたい」を実現

会社設立に先立って挑戦していたのが「ほやっほー祭」です。2022年から毎年、石巻市で主催しています。実は活動1年目から「いつか絶対にやりたい」と心に決めていたことでした。

活動を続ける中で、地元が大好きになり、恩返しをしたいという気持ちが膨らんでいったのです。ですが、1年目の頃はは人脈も資金もなく、形にはできず。「もっと自分が大きくなったら、地元でお祭りをやるんだ」と思いつつ過ごすうちにコロナ禍がやってきました。

あらゆるイベントが開催できなくなり、「やりたいことが叶わないまま終わってしまうこともある」と痛感したんですよね。震災のときにも同じことを感じていたはずなのに、私はまた「いつか」と思ってしまっていたのです。だからこそ「二度と『いつか』なんて思わない」と決め、イベント開催ができるようになった2022年、ひとりでどこまでできるのかわからないまま、開催に向け動きはじめました。

(Photo:Eita Shimizu)

ほやっほー祭の歩み

成長し続ける祭り

第1回目は、地元の方々に力を貸してもらいながら開催にこぎ着けました出店は6店舗、出演者も5組程度、来場者は1日を通しておよそ1000人。あえて手を広げ過ぎず、自分の目も手も届く範囲でやり遂げた、地元のお祭りとしてはちょうどいい規模感だったと思います。

その翌年、第2回目は「1回目よりレベルアップしたいと」思い、出店数や出演者数を増やし、ステージの数も1つから2つに。すると、前回の5倍となる5000人以上の方が来場してくれました。うれしい悲鳴ではあったのですが、「もう私だけでは手に負えないかもしれないな」と運営の限界も感じた回でした。

そして、2025年の第3回目。「もっとびっくりしてもらいたい!」と、打ち上げ花火やスペシャルゲストの招致など、やりたかった企画を全て詰め込みました。結果、来場者が1万人を超える大盛況になったのです。大盛況どころか、パンク状態だったといったほうが正しいかもしれません。あちこちでいろいろなことがありすぎて、私はずっと会場を走り回ることになりました。おまけに、市内で交通渋滞も起きてしまって。ボランティアスタッフもお客さんが多すぎて手が回らず、全員疲労困ぱい状態になってしまったのです。終わった瞬間に感じたのは達成感よりも、悔しさでした。

「やめる」と言った夜

私が目指す「ほやっほー祭」は、来てくれた方はもちろん、スタッフ・出店者やステージ出演者も、関わってくれた全員が「楽しかったね」「ほやわせだったね」と思える祭りです。それなのに、3回目が終わった後「楽しかったけど、来年は体力が持たないかも…」という声がスタッフからこぼれてしまいました。自分がやりたくてはじめたお祭りなので、私自身が大変な思いをするのは全く問題ないんです。だけど、「身近な人たちにこんな思いをさせてまで、私にとってやりたかったことなのか」と自問し、祭が終わってしばらくは、周囲に「来年は開催しない」と言っていたのです。

ファンの声が4回目の後押しに

そんな私の気持ちを変えたのは、ファンのみなさんの声でした。3回目のほやっほー祭が終わってから年末までの半年間、「来年もやってほしい」という声をたくさんいただいたのです。お客さんとしてきてくれていた方からも「自分にはこういうことができます」「手伝わせてください」と言っていただけて。じゃあ次もやろうと決意しました。

振り返れば、昨年までは人に頼ることに「申し訳ない」という気持ちが大きく、自分ができることを全部抱え込んだのが昨年の3回目でした。しかし、それを終えてみて、「ひとりでは限界がある」こと、「頼らないことは、逆に周囲に迷惑をかけることにもなる」と気付かされたのです。そこで第4回目は私と社員、スタッフの3人で運営していた体制を改め、実行委員を15人ほどに増やしました。

(Photo:Eita Shimizu)

周囲と一緒につくる4回目とこれから

今回は、「こういうことで協力したい」という周囲の声がけから決まったプログラムも多く、30組以上いる出演者の方も、自ら「出たいです」と手を挙げてくださった方がほとんど。周りの温かい気持ちで作り上げられる4回目になりそうです。

4回目となる今年(2026年)は、違うベクトルの大変さに直面しています。関係者が増えた分、意見も多様になり、それらをまとめ、決定するのが大変で。昨年まではとにかく足で走っていたのですが、今年はまとめ、検討し、決めるというリーダー的な役割の難しさにぶち当たっています。

継続して開催するなら、前よりも良いものに、もっと大きくしていきたいと思っています。この想いは、周りと共に叶えていくつもりです。周囲の人にしっかりと「助けてほしい」と声を出していくことが大事なんだな、と考え方が変わってきたからです。今年はまだ周りに甘えきれていない部分もありますが、来年以降はマチの人たちにも「ぜひ手伝ってほしいです!」と、どんどん声をかけていけるようになりたいと思っています。たとえば、ほやっほー祭の会場近くの商店街でも祭を開催して、来場者の方が石巻市のいろいろな場所を巡れるようにしていきたいな、とか。いつかマチ全体を祭にできたらなと思っています。

(Photo:Eita Shimizu)

憧れを持てる場をつくりたい

昨年のほやっほー祭で打ち上げた花火では、みんなで「たまやー」ではなく「ほやっほー」と声を上げました。その花火を見にきてくれた幼稚園生の女の子のお母さんが、「うちの子にとって人生初の花火だったので、花火を見るときは『ほやっほー』と言うようになりました」と話してくださって。私のやっていることが、人の人生とまでは言いませんが、人生の一場面を変えるきっかけになったかもしれないと感じた出来事でした。

ほやっほー祭を、誰かが夢や憧れを抱ける場にしていきたいと思っています。ほやっほー祭のステージを見て、「この人たち、すごくカッコいいな」「自分もこうなりたいな」と思ってくれた方がほやいろに所属して、ステージに立つ側になるとか、私に憧れてくれた子が2代目のほやドルになるとか。いつか、ほや以外の海産物アイドルユニットをつくったり、第2、第3のほやドルを生み出したいなと考えています。すでに、祭にはホヤヘアみたいなポンポンを作ってきてくれる人がいるんです。うれしいですよね。

(提供:萌江さん)2026年のほやっほー祭の様子

ー 「ほやっほー祭2026」を終えて、萌江さんからコメントをいただきました! ー

Q:ほやっほー祭2026を振り返って、率直な感想を教えてください。
A:まずは今年も事故なく、大きなトラブルなく終えられてよかったです。自分の中では、反省点もたくさんあるんですが、来てくれたみなさんが楽しかったと言ってもらえたので、今年もやってよかったという気持ちが大きいです。


Q:準備期間も含めて、印象に残っているエピソードはありますか?
A:今年は初めてボランティアさんを公募して、お手伝いをお願いしたんですが、ボランティアさんがイベント中ずーっと笑顔で楽しそうにしている姿が印象的でした。来場者さんからも、ボランティアさんがすごく優しく対応してくれてよかったと声もいただくほど、ボランティアさんのおかげで、とってもあたたかい雰囲気に包まれたお祭りになりました。


Q:来場者やファンのみなさまへ一言メッセージをお願いします!
A:ほやっほー祭に来てくれた、そして応援してくれたみなさん、本当にありがとうほやいました!また来年もほやっほー祭、やります!!!携わった全員を「ほやわせ」にできるように、これからも頑張って行くので応援よろしくお願いします!!

地域で活動するということ

地域「だからこそ」あるチャンス

何か成し遂げたいとき、「地域だと難しい」と思う人は多いかもしれません。かつての私もそうでした。しかし、今は逆で、地域のほうがかえってチャンスがあると感じています。

そんなエピソードのひとつが、明石家さんまさんとの出会いです。3年前、さんまさんがプロデュースした映画『漁港の肉子ちゃん』の上映会が石巻市で開かれたときのことです。上映会のMCはアナウンサーの方が務めることが多いのですが、このときは「地元の特色ある人にしたいよね」という話になったそうです。そこで私を知る方が「萌江さんがいいんじゃない?」と名前を挙げてくださり、MCを務める機会をいただけたのです。

もし私が東京で活動していたら、さんまさんのMCを務めるチャンスなんて、そう簡単に掴めなかったでしょう。東京はチャンスの数が多い分、狙う人の数も膨大です。地域で活動し、地元の方たちと信頼関係を築けていたからこそ、この機会が得られたのだと思っています。

ちなみにこの後、別のオーディションでこのエピソードをお話したところ、番組スタッフさんが「おもしろいね」と言ってくださって、「踊る!さんま御殿!!」への出演も決まったのです。地域でつかんだチャンスが、次のチャンスへつながっていくことを体感し、活動場所は関係ないと感じましたし、やはり人の繋がりは何よりも大切だなと実感しています。

(Photo:Eita Shimizu)

好きに勝てるものはない

私があえて成功の1番の秘訣をお話するならば、「好きなことを突き詰めること」に尽きます。ほやが本当に好きだから、ほやドルとして続けてこられた。私の実体験として、心の底から好きなことであれば、どんなに落ち込んでも立ち直れます。もし、そこまで好きではないことだったら、否定的な意見を目にしたときに心が折れていたかもしれません。

もし今、目の前の大変なことに向き合っている方がいるなら、そのなかに何かひとつでも好きになれることを見つけてみてください。それだけで心持ちが大きく変わるはずです。

なんて言いつつ、私も、第4回のほやっほー祭の準備を進めるなかで、しょっちゅう落ち込んだり泣いたりしているんですよ(笑)。ありがいことに講演する機会をいただくことも増えましたが、成功者としてアドバイスできる立場だとは思っていません。私が届けられるのは泣いて、怒られて、周りに助けられながら必死に祭をつくっていく、今のリアルだけ。泥臭い姿を見て「自分もがんばってみよう」と思ってくれる方がひとりでもいれば、それだけでうれしいです。これからも私の等身大の姿を見て、何かを感じてもらえたら「ほやわせ」です。

(Photo:Eita Shimizu)

ー おわりに ー

「自分をありのまま出している」エピソードとして、「昨年(2025年)は、YouTubeの生配信をやっている途中で、いつの間にか号泣していた」というお話をしてくださった萌江さん。年々大きくなる、ほやっほー祭の成長ぶりと、主催者として挑む萌江さんの奮闘は、多くの方にあたたかく見守られ、応援されています。ぱあっと周りを明るく照らす萌江さんは、見ているだけで元気をもらえるという方も多いことでしょう。「好き」を軸に、「応援してくれる人たちのために」を原動力に、「ほやわせ」を振りまく萌江さんの活動は続きます。

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