鳴子こけしの虜になって
<運命を変えたひとつの募集>

〜thincなひと・渡辺あかねさん×宮城県大崎市鳴子温泉〜

地域おこし協力隊(2023年5月〜2026年3月末予定)として、宮城県大崎市で鳴子こけしを作る師匠に弟子入りし、「鳴子こけし工人見習い」として活動する渡辺あかね(わたなべあかね)さん。一人旅で出会ったこけしに魅了され、興味を広げていく中で、鳴子こけし工人見習いを求める地域おこし協力隊の募集と巡り合いました。鳴子こけしの魅力や修業の様子についてお話を伺います。

すべてのきっかけは
一人旅で出会った「こけし」だった

こけしとの出会いは、大学3年生の秋に出かけた一人旅です。当時はコロナ禍で大学の授業もオンラインになり、社会の雰囲気もどこか鬱々としていて、友達と会えないことにストレスを感じる日々でした。それでも、誰かと出かけたり食事したりするにはまだ慎重にならざるを得ない状況だったため、人混みを避けられる場所へ気分転換に行こうと思ったんです。

せっかくなら景色がきれいな場所がいいなと思って選んだのが、紅葉がきれいだと評判の鳴子峡でした。温泉もあるし、リフレッシュできるかなと。そこで土産物として売られていたのが、鳴子こけしでした。別にこけしに興味があったわけではなかったのですが、何となく惹かれて自分用にひとつ購入して帰ったんです。

勉強机にこけしを置いて毎日見ていると、だんだんと愛着が湧いてきました。表情が日によって違うように見えたり、なぜ手足がないんだろうと疑問に感じたり。どんどん気になる存在になり、こけしについて調べはじめたころ、東京都の高尾山でイベントがあることを知りました。「この子、ひとりでいたらさみしくないかな」と感じていたこともあり、「お友達を迎えてあげよう」と新たに2、3体のこけしを購入。知れば知るほど「こけしっておもしろいな」と思うようになり、ものづくりの仕事にも興味を持つようになったんです。

しかし、伝統工芸に携われる仕事は少なく、興味はありつつも結局はふつうに就職活動をし、地元千葉県で就職しました。自分にセンスがあるとも思えなかったんですよね。ものづくりといえば小学生時代にちょっと裁縫をやっていたくらいで、絵が得意といったこともなかったので。

ただ、そうやって日頃からこけしにアンテナを張っていたからでしょうか。大崎市の地域おこし協力隊の募集に巡り合いました。人生のどこかでこけしに携わることをしないと後悔すると思うまでになっていたので「これは!」と思い、募集を見つけたその日に履歴書を書いて送付。念願が叶い採用され、鳴子こけし工人見習いとしての歩みをスタートさせました。

地域おこし協力隊の任期は3年。私は残り1年です。いざはじめる前は不安でしたね。やってみないと向いているかどうかわからないという不安もありましたし、師匠がどういう人なのかも会ってみなければわからなかったですし。修業がはじまってからは、「3年間の任期を終えたあともやっていけるのかな」という不安も生まれました。

ただ、師匠はやさしく、楽しい毎日を送っています。「日本に鳴子こけしを残してくれるならいいよ」という柔軟な考えの持ち主で、日々学ばせてもらってばかりです。やっぱり技術的にはかなり難しいですね。マインド面については、毎日楽しんで仕事をしていることを考えると「こけし工人に向いている!」といえますが、センス的に向いているかどうかは、正直今も「ある」とは言い切れません。センスはないかもしれないけど、やりたい、やらなきゃという気持ちで、ひたすら地道に修業に励んでいます。

(Photo:CURBON)

実際に地域おこし協力隊として大崎市にやってきて感じるのは、高齢化や後継者不足の深刻さです。ものづくりをやってみたい人は、案外いるのではないかと思うんですよね。でも、では過疎化している地域に住んでまでやれるのかというと、そこまでの気概を持てる人はそう多くはないんだろうなと。だからこそ、地域おこし協力隊という制度は意義があるありがたいものだと思っています。私も、この制度がなければ一歩を踏み出せたかわかりませんから。

鳴子こけし工人を目指して

鳴子こけしは、「こけしといえば?」と聞かれて多くの人が思い浮かべる典型的な姿をしているのではないでしょうか。もともとは子どものおもちゃで、お椀など木製の生活用品を作る人たちが、子どもに与えたのがはじまりなのだそうです。それを観光土産として売ってみたら、それまでに販売していた器よりも人気が出たため、こけしを専門に作る職人さんが増えていったと言われています。個人的には、シンプルなのに華やかさがあり、人によって作る顔が違うところが魅力だなと思っています。「めんこい(「かわいい」の方言)」んですよ。

鳴子こけしの最大の特徴は、首を回すときゅっきゅっと鳴ること。鳴子こけしは、頭部と胴体部分を別々に作って組み合わせる「はめ込み型」と呼ばれる構造になっています。ペッパーミルのように頭を回すと音が鳴る仕組みで、鳴子こけしの工人を名乗るには、この首入れ技術を身に付けなければならないのですが、これが難しいんですよ。

修業に入ってまず取り組んだのは、ろくろを使ったひねりゴマというコマを作ることでした。コマの軸、垂直な部分、傘の部分など、鳴子こけしを作るために必要な基礎技術が詰まっているためです。最初は形にすらなりませんでしたが、1カ月ほどでそれらしいものを作れるようになりました。良いコマは、回したときに静止したように見えるものなのですが、まだそこまでには至れていません。今もまだ、たまにコマを削って上達を目指しています。

コマ作りの修業を終えたあとは、こけしの削り作業の修業をはじめました。ろくろで木材を削ることは難しく、最初は力加減がわからなかったですね。上達すると、回転している木に刃物を安定して当てられるようになりスムーズに削れるのですが、最初は刃物が回転に持っていかれそうになっていました。削りはじめる前には木材をろくろに設置する「打ち付け」という作業があり、きちんと中心を取った状態で設置しなければならないのですが、これもなかなか難しく、苦戦しました。中心を取っていると回転が安定するので削りやすいのですが、ずれていると回転軸がぶれてしまうんです。

鳴子こけし工人は、こけし本体を作るだけではなく、絵付けも自分で行います。この絵付けの修業も1年目からはじめましたが、最初は本当に苦手で。ただ、最近になって楽しいなと思えるようになってきました。とはいえ、まだまだ筆遣いは難しいし、迷うこともあるし、上手くいかなくてイライラしてしまうこともあるんですけど。師匠が「これ、かわいいね」と褒めてくれるので、それが自信につながっています。一方で首入れはやっぱり成功率がまだまだ低いので課題ですね。

(Photo:CURBON)

最近は、朝に工房に行き、師匠と共にラジオ体操をするのが日課です。そこから共有したいことがあれば30分くらいお話することもあります。そして、ろくろ台に向かい、削り作業に取り組む、というパターンが多いです。削りの修業は鳴子こけし作りの中でも重要なので、毎日取り組んでいます。

ただ、一日のスケジュールは固定されているわけではなく、その日によってさまざま。注文を受けたものを作ることもありますし、師匠から任された仕事をすることもあります。「絵付け体験が入ったから、体験用に使うためのこけしを作りましょう」という日もあり、自由度が高く柔軟にその日にやることを決めている感じですね。また、私が「こけし関連のイベントに行きたい」と相談すると、師匠は「いいよ」と快く送り出してくれます。

師匠の元で修業できるのは、あと1年。これまでは削りの修業が中心でしたが、これからは材料の手配、丸ノコなどまだあまり使っていない危ない機械の使い方も教わっていきます。ここまでできると、かなりレベルアップできるのかなと。ちなみに、こけしの材料は2メートル前後の木材をカットし、自分で木の皮をむいて用意するんですよ。乾燥の関係で冬場にやることが多い作業で、組合に入っている工人が協力して進めています。私も独立したら組合に入り、先輩と協力してやりたいなと思っています。

あとは、大きなこけしを作れるようになるのが3年目の目標ですね。今の私に作れるのは6寸(18センチ)ほどですが、さらに大きなものにも挑戦したいなと思っています。

3年という修業期間は短いです。師匠も、「本来であれば5年はほしい」と話していました。2年で私が教わったのは、全工程の5割ほど。残り1年で7、8割まで吸収できれば上々かなと思っています。100%は無理なので、まずはできることに集中して、できる限りの知識、技術を身に付けたいなと。そのためにも、安全には十分に気を配りたいです。実は過去に首入れ作業でケガをして、1カ月ほど修業がままならなかった時期があり、悔しい思いをしたんですよね。完治まで長引くケガはもうしないと心に決めています。

そもそも、工人の道のりは長いものなんですよね。鳴子こけしには、伝統こけしと創作こけしがあり、伝統こけしは描かれる絵がパターン化されているのが特徴です。鳴子こけしの伝統こけしは赤い菊の花と、職人の家系ごとに受け継がれた独自の模様を描くのが伝統で、師匠も岡崎家の模様を描いています。師匠は注文の多い伝統こけしを作ることが多く、あまり創作こけしを作ることはありません。あるとき、師匠に「毎日同じ模様を描いていて飽きないんですか」という、今思うと無知な質問をしたことがあるんです。師匠は「飽きないね」と即答しました。その理由は「まだまだ極められるから」。

師匠の鳴子こけし工人としてのキャリアは50年以上です。私からすると非の打ち所がない完成度なのに、師匠は「もっと向上できる」と断言する。工人としての探求心、向上心に触れ、感激したやり取りでした。

(Photo:CURBON)

ー おわりに ー

工人見習いになる前と今とを比べ、「落ち着いたような気がする」と語ってくれた渡辺さん。師匠のこけし作りへの姿勢を見、自分の手を動かすことで、「慌てて進めようと思っても進まないことばかり」だと体感したことが、マインドの変化につながったのではないかと、変化の理由を教えてくれました。後編の「対話が引き出しを増やす」では、こけし工人見習い以外にも広がる渡辺さんの活動、地域との関わりについて伺います。

PROFILE

渡辺あかね(わたなべあかね)

千葉県千葉市出身。2023年5月~大崎市「地域おこし協力隊」に着任。同時に、鳴子温泉「こけしの岡仁」岡崎靖男師匠の弟子として、鳴子こけし工人見習い修業を開始し、2025年現在も修業中。

AKANE - 大崎市地域おこし協力隊 / 鳴子こけし工人見習い(Instagram):https://www.instagram.com/akane_naruko/
鳴子こけし工人見習い(YouTube):https://www.youtube.com/@akane_naruko
AKANE - 大崎市地域おこし協力隊 / 鳴子こけし工人見習い(X):https://x.com/akane_naruko

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