鳴子こけしの虜になって
<対話が引き出しを増やす>

〜thincなひと・渡辺あかねさん×宮城県大崎市鳴子温泉〜

地域おこし協力隊の制度を活用し、鳴子こけしの師匠に弟子入りした渡辺あかね(わたなべあかね)さん。(任期:2023年5月〜2026年3月予定)。こけし作りの修業を進めながら、地域おこし協力隊として、県内のイベントへの参加など、いろいろな活動にも取り組んでいます。移住者として思う宮城県大崎市の魅力、地域おこし協力隊の任期を終えた先の展望についてお話を伺いました。

地域が盛り上がる全国こけし祭り

大崎市の皆さんにとって、こけしは身近にある存在なので、特に意識することはないかもしれません。修業中の私をあたたかく見守ってくださっているなと感じますね。工房は小学生の登下校ルートになっているので、帰り道に覗いてくれる子どもたちとの交流も楽しい時間です。ただ、その小学校は2024年度で統合による廃校が決まっているので、春からはそういった関わりは難しくなるのかもしれません。仕方がないこととはいえ、やはりさみしいですね。一方で、鳴子温泉地域では小学生向けに絵付け体験を行っています。絵付け体験を通じて、統合後も小学生とこけし工人との交流は続いていく予定です。こけしの文化や大切にしている伝統は、これまでと変わらず受け継がれていきます。

こけしは、あまり意識することのない当たり前の存在になっている一方で、大崎市のアイデンティティになっている部分もあると感じます。それを強く感じられるのが、夏に開催される全国こけし祭りです。祭の名の通り、鳴子こけしに限らず全国のこけしが集まるイベントなんです。伝統こけしの工人の力作が並ぶコンクールも行われ、盛り上がりを見せています。こけしの販売もありますし、年によってはイベントグッズも出るんですよ。

私が好きなのは、夜に街中でやるパレードです。踊りや神輿など、パレードの内容は年ごとに変わりますが、毎年変わらずやっているのが、鳴子踊りのあとに続く「張りぼてこけし」たちの練り歩きです。人間が入れるサイズのこけし20体ほどが練り歩くもので、なんとも言えない愛らしい姿はパレードの人気者です。

こけしに入る人と、そのこけしを誘導する人の2人1組を公募により決めるのですが、あっという間に枠が埋まる人気ぶりなんですよ。

(提供:全国こけし祭り)

何よりも大変なのは「雪」

千葉県や東京都での生活から宮城県大崎市に移住してみて感じるのは、雪のつらさです。1年目はあまり雪が降らず、「そんなに大したことないじゃん」と浮かれていたのですが、これは間違いでしたね。2年目は大雪となり、慣れない雪かきに体力を奪われてしまい、修業に集中できない日も何日かありました。トンネルを超えて山形に行くと積雪量が2倍になるので、「何を甘いことを」と言われてしまうかもしれませんが、雪国の出身ではない私にとっては、大崎市も十分大変ですね。

あとは交通の利便性の低さ。私はまだ自家用車を持っていないので、移動手段がバスと陸羽東線(JR)なんです。いずれも本数が少なく、陸羽東線は1本逃すと1時間半以上待つなんてこともあり、なかなかの絶望を感じられます(笑)。車がないと移動しづらいのは地域でありがちな課題ですね。

移住して良かったなと思うのは温泉です。豊富にあるので、毎日温まりに行っています。体にも良いですし、心にも余裕が生まれる気がするんです。修業中でせわしない日々を送ってはいますが、1日の終わりに温泉に浸かることで、ほっと一息つくことができます。都市部のような便利さはないですが、自然豊かで、雑然とした雰囲気がない分、精神的な安定を得られたと実感しています。とはいえ、安易に「自然が豊かでいいよ!」とはいえないくらい、雪は大変です(笑)。

SNS発信・人との対話…
人との関わりが刺激になる

地域おこし協力隊として活動するにあたり、SNSでの発信もはじめました。同年代、もしくはさらに若い方に「こけしっておもしろいよ」と伝えたいなと思って。私自身、元はこけしに興味を持っていたわけではないところからハマっていったひとりです。私のように、知ることでこけし好きになってくれる人がいるだろうと思うんですよね。

渡辺さんが制作した作品。
(Photo:CURBON)

現時点では、私の発信を見てくれている方は50代以上が多い印象があり、若い世代への浸透はまだまだこれから。そうしたなか、SNSで私を知り、全国こけし祭りに来たという方がいました。私の発信で興味を持ってくれる人はちゃんといるんだと思えてうれしかったですね。SNSネイティブ世代でもありますし、これからも楽しみつつ続けていきたいです。今はショート動画が多めですが、時間を見て長尺の動画も撮っていきたいと思っています。ただ、あくまでも修業が第一なので、無理のない範囲で続けていこうと思っています。

2年目は、修業やSNS発信に加え活動の幅がさらに広がりました。こけしに関するイベントはもちろん、地域おこし協力隊の活動として県庁(仙台市)でのイベントに出展し、自分のこけしを販売する機会も得ました。仙台市に住んでいる人たちに会えたのが良かったですね。協力隊同士のつながりが持てたことも有意義でした。同じ協力隊員でも、やっていることはそれぞれ異なるので、交流することで視野が広がるんです。時には、そうしたつながりが別のイベントへの出展のお誘いなど、販路拡大につながったりもします。修業に集中する日々の中で、こうして時々別の世界に目を向ける機会を持つことも大切だなと思っています。

イベントといえば、美里町(宮城県)の隊員からの誘いで、大崎市内の中学生に向けたキャリア対話セミナーにも参加しました。参加を決めたのは、市内にも私のような生き方をしている人間がいるんだよと中学生に知ってもらいたいなと思ったからです。親や先生、部活動のコーチなど、すでに身近に素敵な大人がたくさんいるとは思うのですが、私のような人に会う機会はあまりないんじゃないかなと思って。そんな人間と対話することで、刺激を与えられるんじゃないかなと思いました。

実際参加してみると、私が与えるだけではなく、私自身も中学生たちから刺激を与えてもらいました。自分の中学生時代を思い出したりもしましたね。当時は小説家になりたくて、その理由は自己表現の手段がほしかったからなのかなとか。でも今はこけしを作っている。こけしは自我をどちらかというと抑えて作るものではあるけれど、それでも、何かしらつながりはあるのかな、なんて思い返していました。

中学生の頃って、先が見えない感じがあったなと思うんですよね。「やりたいこと」や「夢」を聞かれると、「サッカー選手」のように夢を単体で答える子が多かったのですが、「興味があることはそれだけ?」と聞くと、いっぱい言葉が出てくる。それが大事だなと思いました。私も、今は工人見習いをしていますが、今後どうなるかはわかりません。こけしに携わりたいと思ってはいますが、時代の変化によっては簡単にいかないかもしれない。そうした中でも、興味があることと掛け合わすことで選択肢を増やせたらいいですよね。正解はないと思うんです。対話を通じて自分を振り返るのが好きなので、これからもこけしに携わりながら、こうした機会を持てたらと思います。

いろいろな話を聞くことは、自分の引き出しを増やすことにつながります。協力隊員の方、任期を終えられた先輩隊員の方の話は、キャリアも背景も違うため学校の先輩の話をそのまま参考にするようにとはいきませんが、多くの方の話を聞くことで「ここが参考にできるな」と考えられるようになる。

鳴子こけし工人に関しては、同期がいるわけではないので、何かあれば独立した姉弟子に話を聞いています。技術は師匠が見てくださるので、姉弟子や若手工人の方に聞くのは、独立時のこと、独立後のことが多いです。姉弟子は独立にあたってイチから工房を建てた人なんですよ。私は姉弟子のようにはできないなと思っているので、自分なりの独立の仕方を模索しています。空き家の活用にも可能性がありますし、人とのつながりで情報を得ながら、1年後に向けて準備を進めはじめたところです。独立したからといって、すべてを自分でそろえるのは難しいでしょうから、協力者を得ながらやっていければいいなと思っています。

この経験を後悔することはない

修業の道のりは、三歩進んだら二歩下がるの繰り返しです。難しさに直面し、「もう無理かも」と思ったこともありますが、それでもコツコツと進んできました。これからも全部をひとりで抱え込まないようにしたいです。抱え込んでも落ち込むだけなので、先輩工人、協力隊員、県内で起業した方など、いろいろな方に悩みを話すことで違う視点を得て、自分なりの選択をしていきたいなと。協力隊員の同期は心強い存在ですね。

技術面に関しては、「悩んでいても仕方がない」と割り切った部分があるのですが、独立後に生活していくためには、それだけの稼ぎが必要です。ただ、実際のところ、販路よりも問題なのは在庫なんですよね。手作りだから、需要に対して供給が追い付かないのが現状で。ある若手工人の先輩にその悩みを話したところ、「私もそうでした」と言ってくれました。先輩方も悩みながら乗り越えてきたんだなと聞いて、何とか踏ん張っているところです。

魅了された伝統こけしを大切にしつつ、オリジナリティも入れながら創作活動ができたらいいなと思っています。変にポジティブになる必要もないと思っているので、悩んでいる自分を受け入れたうえで、誰かに聞いてもらいながら進んでいきたいです。そもそも、独立してみないとわからない部分も大きいので。今は先輩の話に勇気をもらい、自分なりの道筋を探っている段階です。

こけしは人を和ませて幸せな気持ちにさせてくれるものだと思うんですよ。私自身が、閉塞していた時期に出会って「そばにいてくれてよかったな」と思ったひとりですし。私の作ったこけしも、そうやって誰かの幸せにつながったらいいなと思いますね。そのためには、作り手である私が幸せに生きていなければいけないと思っています。

高齢化が進んでいるとはいえ、今はまだ師匠をはじめ、引っ張っていってくれる工人さんたちがいます。でも、いずれ必ず私たちが鳴子こけしの担い手になっていく日がやってくる。鳴子に限らず、こけしがある地域の若手工人さんたちとのつながりを大切にしながら、こけしを持続的なものにしていけると理想なのかなと思っています。

まだまだ課題も悩みもありますが、ものづくりや伝統工芸という「好きなもの」に携わる道を選んだことに対して、後悔することはないと断言できます。ものづくりや地域おこし協力隊などに興味があり、チャンスがあるけれど踏み出せないという方には、「まずはやってみたらどうですか」と伝えたいです。無責任な言葉に聞こえるかもしれませんが、やってみて後悔することはきっとないんじゃないかなと思うんですよ。私の経験を知って、「できるかも」と思ってくれる方がいたらうれしいです。

(Photo:CURBON)

ー おわりに ー

ものづくりに関する特別な経験や、「得意だ」という意識がないところから、こけし工人の世界へ飛び込んだ渡辺さん。師匠や先輩工人の方たちからこけしに関する技術や知識を得るだけではなく、こけし以外の世界で挑戦している人たちとも話をすることで、自分なりの道を開拓しようとされている姿が印象的でした。「やってみて後悔することはきっとない」。挑戦したいことがある人の、お守りになるような言葉です。

PROFILE

渡辺あかね(わたなべあかね)

千葉県千葉市出身。2023年5月~大崎市「地域おこし協力隊」に着任。同時に、鳴子温泉「こけしの岡仁」岡崎靖男師匠の弟子として、鳴子こけし工人見習い修業を開始し、2025年現在も修業中。

AKANE - 大崎市地域おこし協力隊 / 鳴子こけし工人見習い(Instagram):https://www.instagram.com/akane_naruko/
鳴子こけし工人見習い(YouTube):https://www.youtube.com/@akane_naruko
AKANE - 大崎市地域おこし協力隊 / 鳴子こけし工人見習い(X):https://x.com/akane_naruko

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