ひとりの100歩より、100人の一歩
<プラモデルを市の象徴に>

〜thincなこと・プラモデル振興係 石川直哉さん×静岡県静岡市〜

静岡県静岡市のあちこちで目を惹く独特なモニュメント。同市が進める『静岡市プラモデル化計画』の一環として設置されたプラモニュメントです。この計画は、古くからものづくり産業が根付く静岡市が取り組むシティプロモーションのひとつ。今回は、プロジェクトを担当する静岡市産業振興課プラモデル振興係の石川直哉さんに、静岡市とものづくり産業との関わり、『静岡市プラモデル化計画』について伺いました。

古くから続くものづくり産業を
市のPRに

私たちが『静岡市プラモデル化計画』として市のプロモーションをはじめた背景には、『ホビーのまち静岡』というシティプロモーションがあります。静岡市は徳川家康の領地だった歴史的背景があり、寺社仏閣の建設に携わる職人が集められたことで、木工産業が発展してきた地域です。ひな人形やたんすなど木工家具が多く作られ、のちに木製模型の産業が立ち上がり、それがプラモデルの源流となりました。

1950年代後半に海外からプラモデルが輸入されはじめると、木製模型は除々にその勢いに押されるようになりました。この状況を受けて、事業者たちは新たな挑戦としてプラモデルの製造に目を向けました。木製模型とプラモデルはホビーという共通点があるものの、ものづくりの観点ではまったく異なる技術が求められます。そのため、技術者はイチから学び直す必要があるほどの大きな挑戦に挑みました。「いいものを作り続けたい」という熱意が当時の技術者の方たちにあったのです。そうした激動の時代を乗り切った静岡市は模型業界で大きな存在感を放つようになり、国内を代表する模型の聖地となっていきました。

こうした背景をもとに、静岡市は2007年(平成19年)頃、ホビーのまち静岡としてシティプロモーションをはじめました。その当時は自治体間でのPR競争が盛んで、静岡市としても何かを打ち出さなければという想いがありました。その中で、お茶やマグロなどの地域特産に加え、ホビーが戦略資源と位置づけられたのです。

イベントの開催など、ホビーのまち静岡としてPR活動を展開する中で長年、課題となっていたのが、「どう人を呼び込めばいいのか」という点でした。そこで考えたのが、マチのシンボルの創出です。これまでは、静岡駅で降り立った人が「静岡に来たぞ」と思えるものが何もなかったんですね。そのため、ホビーの中でもプラモデルに着目し、マチにあるものをプラモデル風のモニュメントにして視覚的に『ホビーのまち静岡』をアピールしようということで、はじめました。

プラモニュメントの設置からはじまった静岡市プラモデル化計画には、現在3本の柱があります。ひとつがプラモニュメントの設置のように官民連携でホビーのまちのPRを行う「環境づくり」で、あとの2つは「人材づくり」、「コンテンツづくり」です。

モニュメントをただ設置するだけでは、マチづくりとして不十分だと考えました。そもそも、行政が静岡市プラモデル化計画を進めると打ち出しただけでは大きなムーブメントにはなりません。静岡市を盛り上げていくには応援してくれる人を増やす必要があり、そのためには市民の皆さんにも静岡市がプラモデルのマチであることを知っていただきたいと考えました。市の魅力を知った方が発信者となれば、行政だけが発信するよりもより多くの人に静岡市の良さを伝えられます。さらには、プラモデルに触れる機会を増やす必要もあり、そのためのコンテンツづくりが必要だと考えたのです。

「ひとりの100歩より、100人の一歩」というのが、私が活動に携わるうえで大切にしている考えです。市民の皆さん、静岡市の事業者さんを巻き込みながら静岡市プラモデル化計画を進めています。

「静岡市に来た」と思えるシンボルを

環境づくりの取り組みのメインは、静岡市プラモデル化計画のスタートでもある、プラモニュメントの設置です。市の施設の看板、公衆電話などをプラモデルのようにデザインし、モニュメントとして設置しています。

プラモニュメントを設置しているのは、公的な施設に関連したものだけではありません。補助金制度を設け、民間企業にプラモニュメントを設置してもらっているケースもあります。今でこそ多くの問い合わせを受けるようになりましたが、当初は苦労しました。特にプラモデルに関係のない企業さんも多く、「うちが看板をプラモデル風にするメリットは?」と思われるのは当然の疑問だったでしょう。企業には静岡市を盛り上げる社会貢献の側面、加えて自社のPRにも活用できるという企業さん側のメリットもお伝えすることで、設置してくれる先を増やしていきました。プラモデル化したデザインは、自社のチラシに活用したり、ノベルティグッズに活かしてもらったりもしていただけます。

プラモニュメントは、デザインにもこだわりがあるんですよ。本物のプラモデルの部品に見えるよう、組み立てる部分もデザインに盛り込むようお願いしています。「ランナータグ」と呼ばれる部分も再現されているので、プラモデル好きの方がご覧になると、よりプラモデルらしさを感じていただけるでしょう。デザインや設置のルールは、ガイドラインを用意し、お渡ししています。

模型の世界首都プラモニュメント「JR静岡駅南口」
(提供:静岡市)

補助金制度をご用意したとはいえ、プラモニュメントの設置にはある程度の負担が生じます。できるだけ設置した企業さんにメリットを感じていただけるよう、プラモニュメントの周知活動に力を入れ続けてきました。広告賞を取りにいくのもそのひとつですね。受賞すればメディアにも注目していただけますし、それが話題にもつながります。年間に受ける取材は80件ほどです。すでにいくつも受賞実績がありますが、そこで甘んじていては飽きられてしまうので、今は釜山(プサン)やカンヌなど、海外の賞にも応募し、釜山国際広告祭では賞をいただきました。注目していただけることで、「うちもプラモニュメントを作ろう」と思ってくださる先が増えることにもつながります。現在13基あるのですが、30基ぐらいまでは増やしたいところです。

反響はどうなのかといいますと、非常に良いですね。誰かが入れてくれたからなのか、Googleマップにも『プラモニュメント』として載っているんですよ。そこを見ると、皆さんがSNSに投稿してくださった写真も出てくるんです。うれしいですね。さらには、キャラクターとのツアーを鉄道会社さんが組まれた際、その配布資料にプラモニュメントが載ったことで、そのキャラクターのファンの若い女性たちが静岡市を訪れ、実際のプラモニュメントと記念撮影をしてくれている事例も目にしています。プラモニュメント目的で静岡市に来てくださる方がいるというのは、非常にありがたいです。

他にもPR活動のひとつとして、本物のプラモデルの端材を使ったランナーアートの取り組みも行っています。端材を使ってお茶やマグロなど、静岡市の特産品を貼り絵のように表現し、それをイベントで展示することで、お茶やマグロのPRと同時にプラモデルもPRできる一挙両得な取り組みなんですよ。さらに、『静岡市プラモデル化計画』を広く知っていただきたいという想いから、ノベルティとして制作したエコバッグを希望される民間企業に提供し、企業のPR活動にもご活用いただいています。

ランナーアート
(提供:静岡市)

子どもたちに
ものづくりの魅力を伝える

2つの目の柱である「人材づくり」では、第一に静岡市の子どもたちに向けた取り組みを行いました。大人になり静岡市を出ていくことになったとき、地元を誇りに思えるようになっていてほしいんですよね。

加えて、ものづくりの魅力を知って育ってほしいという気持ちもあります。今の40代以上の大人は子どものころにプラモデルに親しんでいた方が多いでしょう。私も子ども時代に作って楽しんでいたひとりです。ただ、これが30代になると一気に減る。テレビゲームが登場した世代で、このタイミングで産業自体も売上が下がっています。現在、需要自体はコロナ禍での巣ごもり需要を受けて戻りつつあるのですが、子どもたちは別の話です。

人材づくりの取り組みのひとつとして、メーカーさんと学校に出前講座に行っているのですが、「ドライバーの回し方がわからない」「説明書の見方がわからない」という子どもたちの様子を見て、ものづくりに触れる機会が減っていることをひしひしと感じました。ドライバーではなく、ねじを締めたい本体を回してしまう子がいたんですよ。

学校では、プラモデル産業の歴史やメーカーさんの仕事内容を紹介し、実際に作ってみるという授業を行っています。対象としている学年は地場産業を学ぶ小学4年生と、職業についてを学ぶ小学6年生を推奨していて、それぞれの授業の時間を活用する形で開催を提案しています。学校側に受け入れてもらうためにも、授業の時間を活用し、できるだけニーズに合わせた内容にすることが大切なんです。

授業を受けた子どもたちのうち、90%以上が「楽しかった」「もっとやってみたい」と答えてくれていて、活動の意義を感じています。現在、年間1500人ぐらいの子どもたちにものづくりを体験してもらえています。ただ、静岡市には6学年合わせて3万人以上の子どもたちがいるので、まだまだですね。何とか1度は作る経験をしてほしいのですが、市域が広いため、地区によってはものづくり以外の産業に力を入れているところもあるので、学校の授業だけでは難しいところがあります。そこを補っているのが、毎年開催されている『静岡ホビーショー』です。

静岡ホビーショーは、業者招待日と一般招待日とに分けられ、静岡以外の地域からもものづくり企業さんが出展する一大イベント。新商品のお披露目もあり、国内外から、毎年数万人のプラモデルファンが「模型の世界首都・静岡」を訪れています。このイベントの会期を1日増やし、学生さんの招待日を新たに設けていただけたのです。市の主催イベントではなく、会期延長にかかるコストはメーカーさんが負担しています。それだけ、メーカーさん側にも次世代にものづくりの魅力を知ってほしいという課題意識があるのでしょう。

また、大人向けの取り組みとして『ものづくりプラモデル大学』の活動も行っています。これは18歳以上の方に静岡市の産業としてのプラモデルの魅力を知っていただき、情報発信についても学んでいただくという場です。ものづくりの魅力を知る部分ではメーカーさんやモデラーさん、情報発信の部分は雑誌編集者の方などにお越しいただき、自身の活動に活かしていただいています。

プラモデル大学を卒業後、独立してプラモデルカフェを静岡市に開いた方や、「子どもたちにものづくりの魅力を伝えたい」と400人を集めた工作体験会を開催した方もいます。このようにさまざまな活動が生まれ、「ひとりの100歩より、100人の一歩」という想いが少しずつ形になってきていることを実感し、非常にうれしく感じています。

(Photo:CURBON) 

ー おわりに ー

「部署はできたてほやほやなため、担当職員は4人なんです」と語ってくれた石川さん。限られた人数だからこそ、民間企業の方や学校など、さまざまな方を巻き込むことが大きな成果を生むために必須です。協力者となる相手のメリットやニーズを考えながら動くことで、「ひとりの100歩より、100人の一歩」が実現しているのだと感じました。第2回「世界に認知されるマチへ」では、3本柱の3本目「コンテンツづくり」や、改めて感じる地域への影響、石川さんたちが目指す未来について伺います。

PROFILE

静岡市シティプロモーション『ホビーのまち静岡』

静岡市を盛り上げるべく、『ホビーのまち静岡』としてさまざまなプロモーション活動を行う。2020年、産業振興課にプラモデル振興係を設け、地域創生プロジェクト『静岡市プラモデル化計画』を開始。博報堂ケトル、静岡博報堂と三者で包括連携協定を締結し、活動を推進。「環境づくり」「人材づくり」「コンテンツづくり」と3本の柱を立て、プラモニュメントの設置、小学校への出前授業、高校生向けの全国プラモデル選手権大会の開催など、多分野でプラモデルに関わる機会を創出している。

静岡市:https://www.city.shizuoka.lg.jp/
静岡市プラモデル化計画:https://www.city.shizuoka.lg.jp/s2746/s005065.html

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