長野県富士見町のコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」の運営を通して、地域の雇用創出や創業支援を行う、Route design合同会社代表の津田賀央(つだよしお)さん。「森のオフィス」にはたくさんのクリエイターが集い、それぞれの得意分野を活かしながら、プロジェクトごとにチームを組み、仕事をしています。“契約”ではなく“信頼”でつながる会社組織にはない新しい働き方へのシフトがありました。
〜前編はこちら〜
多様性がもたらす化学反応
Q. 森のオフィスから、これまでどのようなプロジェクトが生まれましたか?
森のオフィスで「ignite!」というワークショップを主催しており、参加者が自分たちの関心事や好奇心、アイデアについて話し合い、1年かけてプロジェクトを作り上げていきます。参加者は様々で、地元の会社員や消防士、農協職員、子育て中の専業主婦、東京から参加したベンチャー企業の社長など、普段の生活では出会えないような人と一緒に取り組みます。1期目では、「自宅の菜園を遠隔で監視したい」というエンジニアと「ビニールハウスを逐一チェックしたい」という地元のセロリ農家が意気投合して、センサーを作りました。ゲストで来てくれた電通のコピーライターが名付け親になり「アグリレコーダー」という商品名に。この商品開発をきっかけにチームリーダーは農業ロボットベンチャーからスカウトされました。また「富士見町の行政放送の無線機は4年でサポートが終了する」という問題に対して、Androidベースのプロトタイプを開発。富士見町も動き、お年寄りに使ってもらいながら3年かけて商品化していきました。
ワークショップの参加者は口々に「本業だけやっていたら、人生はこんなに楽しくなかったかもしれない」と話します。そういう顔を見るのが楽しくて、津田さんはこの仕事を続けています。コワーキングスペースは、人と人をつなぎ、新しい仕事を生み出す装置のようです。
Q. コワーキングスペースがもたらした働き方への可能性とは?
コワーキングスペースは運営者自身が「unprofitable(不採算)」であると言うくらい、それ自体、儲かるビジネスではありません。けれども人的資産形成の場としてはとても機能していて、その周辺にいろいろな仕事が生まれています。デスクやWi-Fi環境があればいいというわけではなく、信頼関係を構築することが何よりも重要です。
私自身、一人の会社なのでフリーランスのように働いていますが、一人で働いている感覚もあまりありません。人的資産形成の場をもっていることで、プロジェクトに合わせて仲間と形を変えていくというシフトした働き方ができていると思っています。まさにリンダ・グラットンの提唱していた3つのシフトを実現させるための鍵となっていますね。
実は来年の4月に、横浜市に新たなスペースをオープンさせる予定です。このスペースは"Collaborative studio"というテーマで、クリエイター、デザイナーやアーティスト向けの協働制作スタジオになる予定です。PC作業だけでなくペンキから立体物制作などのアナログで汚れる作業も自由にできる場所にするつもりですが、森のオフィスで培った「人と人をつなげ刺激し合いながら協働する」ことを、生まれ故郷の横浜でも挑戦することにより、地域に還元していきたいです。
Q. 地域においてクリエイターが貢献できることはどんなことですか?
実はアウトプットで困っている事業体はまだまだ多い。意欲と発想はあるけど、運営や最終的な定着で集客できる方法がわからない状態です。コンセプトや設計の仕方から変えていけば、アウトプットはがらりと変わります。数あるアウトプットの中でも、クリエイティブ分野は、そうした地域の事業者、そして地域コミュニティに貢献できる可能性があります。一方で、地方では都心と比べてにおいては労力に対する正当な対価がもらえない場合も多いので、良いバランスを見出すことが大切です。金銭では計れない価値をどう考えるかでそのバランスが適切かどうかの判断ができる。そうなれば、自分の生活に何かしらプラスのフィードバックがあります。
Q. 津田さんにとって、価値ある経験のつくり方とは。
クリエイティブに関わる人は、これからますます人との関係構築が重要になってきます。業種、職種、住む地域、考え方の異なる人とつながることが大切で、そうすることでアウトプットの幅もひろがります。地方は人との距離感も近く、好奇心を持って話しかけるといろんなフィードバックがもらえます。そのフィードバックから得る経験こそが、自身が属するコミュニティを育て、互いの成長を促し、価値のある仕事につながっていくと思います。
ー おわりに ー
これからの時代は「仕事も住む場所もその価値を作るのは自分次第」という津田さん。移住されたことで仕事そのものや人間関係、ご自身の役割など、色々なシフトが起きている方だと感じました。組織にいても、フリーランスでも支えてくれるのは、属するコミュニティであり、人であり、自身の経験であるということかもしれません。そして、その際に不可欠なものは人と人との信頼構築にほかなりません。信頼の構築には等倍の時間がかかり、すぐには実現できないもの。地域の人と関わり、お困りごとを聞いたり、時にはお節介を焼いたり、津田さんのような積極的な姿勢が仕事につながり、その人らしいライフスタイルを実現する糧となっていくのでしょう。
PROFILE
津田賀央(つだよしお)
Route Design合同会社 代表/プロジェクトデザイナー/サービスデザイナー
2001年より広告会社にて、デジタル領域のプランナーとして様々な広告主の広告企画に携わる。約10年の勤務の末、メーカーへ転職。サービスデザイナーとしてクラウド技術を用いた新規サービスやプロトタイプの企画開発、UXデザインなどを手がける。
これからの新しいワークスタイル/ライフスタイルを考え、2015年に長野県富士見町へ移住。コワーキングスペース『富士見 森のオフィス』を運営しながら、コミュニティ・スペース立ち上げのコンサルティングや、地域商品の企画開発、ブランドのクリエイティブディレクション、イベントの企画運営など、東京と地方地域を行き来しながら様々なプロジェクトに携わっている。
Route Design:
https://routedesign.net/
富士見 森のオフィス:
https://www.morino-office.com/