写真に込めるアジアの文化
<信念と向かう先>

〜 thincなひと・フォトグラファー KIZENさん ✕ アジア 〜

KIZEN(きぜん)さんの芯にあるものは何でしょうか。そんな問いかけに対し、「一番アジア人を美しく撮れるフォトグラファー」との答えが返ってきました。インタビューの最終回。アジアから世界を目指すKIZENさんの素顔にさらに迫ります。

10年を経て見た、自分と日本

日本に住んで、10年となりました。正直に言うと別段、それほどの感慨はありません。「日本に長く住んで、何かが変わりましたか」と聞かれることがありますが、個人的には学生の時からあまり変わってはいません。例えば今週には来週の撮影を考えていて、来週に撮影する頃には再来週の撮影を考えることになり、それでバタバタ、バタバタして、もう知らないうちに10年になっていたという感じです。何かに追われる毎日でしたので、そんなに変わるということを意識していないだけで、実は変わっているのかもしれませんけれどね。今までは結構、ディレクションした写真にどういうエレメントを入れていけば、デザイン的、視覚的に合うのか――という理系的な考え方をすることが多かったのですが、最近はもうちょっと人文的になっているのかもしれない。例えば日本にいる中国人のクリエイターをフォーカスするとか、日本にいる白人、黒人をちょっとフォーカスするとか。もうちょっと社会的に貢献ができるテーマで、作品活動をやりたいなと思っています。

一般的には東京はわりと生活し易いし、安全面も心配ありません。社会的なルールはいろいろとありますが、そのルールの中では個人的な表現をすることはある程度の自由を持っていると思います。クリエイター的には日本はやはり東洋の文化圏にありながら、西洋的な窓口。仕事をし易いかなと思っています。海外には日本を好きな人も多いし、東京で撮影したい人も多いし。最近では東京はますます、多様性がある都市と感じています。僕らの仕事の世界でも、日本人だけのプロダクションカンパニーだけでなく、バイリンガル、外国人が東京で設立したプロダクションがすごく増えていて、英語だけでも東京で生きていけるということも分かりました。自分の創作活動をアウトプットする時、海外チームと仕事ができることは環境的にすごく良いと思います。海外を仕事の拠点にするという考えは常にあって、来年ぐらいにはまたどこかで、ちょっとチャレンジしてみようかなと思っています。



(Photo:Kyotaro Nakayama)

シャッターを切るまでのアプローチ

フォトグラファーは作家系のタイプとコマーシャル系のタイプに分かれるんじゃないでしょうか。そこはバランスだと思っています。作家系はわりと自分の世界観を表現することが得意で、自分の領域の中で発展していきます。コマーシャル系はクライアントの要望に応えるため、企画ごとにリファレンスを示すことがプロだと思いますね。自分の中では作家系の仕事をしたいけれど、今まで育ってきたルートがわりとコマーシャル系なので、どちらの良さも取り入れながら撮影をしています。例えば普通のコマーシャルの仕事の流れではアートディレクターさんがいて、アートディレクターさんがラフなどを作り、カメラマンに渡します。それで、カメラマンはそのラフ通りに撮影。平面的なラフを写真で解釈することが仕事になります。僕の場合は海外のクライアントが多かったことが理由かもしれませんが、アートディレクターと一緒にアイデアを考えていきます。例えば「今回の撮影はこういうモデルで、こういうコンセプトでやったらどうだろうか」という風に企画初期から、一緒に考えていきます。そのメリットは自分の色をよりはっきり、企画の中に落とし込むことができること。クライアントのいるコマーシャルであっても、僕が撮ったということを見た人は認識し易いのではと思っています。そこは作家系の部分。コマーシャル系としてはその企画に対する提案を1つだけではなく、3つぐらいは考えて、オプションとして対応できるようにしています。ロケでの撮影時には予備のプランも考えて、本番に必要な機材を準備するだけではなく、そうしたプランに対応することを見据えての機材繰りをしています。もちろん、企画次第ではあります。もうがちがちにアイデアが決まっていたら、その時はフォトグラファーとしてちゃんと企画に沿った落としどころを工夫します。ただし、アイデアが固まっていないこともあります。例えばコンセプト的に「ちょっとアジアの世界がやりたい」というような時は、自分の意見を伝えることもあります。



(Photo:Kyotaro Nakayama)

ディレクションというか、事前準備をちゃんとしていれば誰がシャッターを押しても、同じような写真を撮ることが出来るのではないかと思っています。自分の作品がそうですけれど、事前にこういうセットで、被写体のポージングはこういうポーズで、こういう要素を入れて、この写真はこういうアプローチのためだから、次の写真はもうちょっと違うアプローチにしますという、結構ロジカルに分析していくことが多いんです。ですから、シャッターを切るというより、シャッターを切る前の準備の仕事の量が大きいのです。普段はファッション写真を撮られることに慣れてはいない方もちょこちょこと撮影はしていますので、その時に思うのが「心の底から、その人を愛さないと良い写真は撮れない」ということです。もう当然のことなんですけれど、事前に被写体になるアーティストさんらの作品を見たり、他のインタビューを見たり、その人がどういう人だろうかなと考えます。その人のタレント性を受け入れて、ちゃんと写真に反映できるようにと思っています。

個人的に思っていることは、時代というものは1つの円のようにクルクルと回っているということです。自分のゾーンがあって、そのゾーンにいれば、時代の指針がいつかは回ってきます。ファッションフォトグラファーは流行りに合わせるというより、ちゃんと自分の芯を持って、自分のビジョンを持って、それを深掘りすれば自然にチャンスは降りてくると思っています。

アジアで生まれ育ったからこそ

僕の芯にあるのは「一番アジア人を美しく撮れるフォトグラファー」。クライアントなどによるリファレンスで、ヨーロッパの街並み、外国人モデルなどを写した格好良い写真が見本に出てくることがあるんです。実際には日本の街並み、日本人のモデルを使うのになぜ、リファレンスでは西洋と西洋人の写真ばかりなのか、疑問に思うことがあります。良い悪いではないのですが、ヨーロッパ人は鼻が高いし、影が落ちやすいし、格好良いイメージを作りやすいと思います。しかし、僕らアジア人もやはり顔の良さ、アジア人の美があるのに、西洋のものを良いとしてそれを真似することは多分違うなと。ファッション写真の手本としてはやはり西洋の先輩たち、ティム・ウォーカーさんやスティーヴン・マイゼルさんらの名前が出てきます。ただし、僕が育ったカルチャーは西洋の先輩たちとは違います。僕の場合は祖父母が少数民族が暮らす村に住んでいました。そうした記憶を自分の将来の作品でも生かしていきたいですし、西洋的な写真技術とアジアのカルチャーとをバランス良く、掛け合わせて世界に向けて発信していきたいです。

ー おわりに ー

「自信を持って、仕事をしたい。ただし、自分が体験してないことには自信が持てません」。KIZENさんは正直です。さらには真摯。インタビューでは質問を受けるたび、即答をせずにじっくりと考え込み、一言一句を丁寧に返答してくれました。一方で、休憩の間に取材スタッフのカメラマンらと写真談義をする姿は朗らかに楽しげでした。

フリーランスの身となり、1年余り。新型コロナウイルスの渦中に手を染めた新作群も、これからです。「アジアに生まれたことを大切にしたい」と力を込めたKIZENさん。海外での経験をさらに深めて、どのような「アジアの美しさ」を切り取るのか。これからも楽しみは尽きません。

 

PROFILE

KIZEN/趙僖然(チョウキゼン)

フォトグラファー

中国・雲南省昆明市出身。2014年に来日し、日本語学校に入校。2016~2020年に日本大学芸術学部で、写真を本格的に学ぶ。制作会社を経て2023年に独立。

自然と人間の相互の因果関係をクリエティブの軸に作品制作をし、2022年に初の個展『UNNATURE』を開催。メッセージ性のある写真表現を強みとして、VOGUE JAPANをはじめ日本のモード誌や海外のエディトリアル、広告を中心に活躍中。

公式サイト「KIZEN PHOTOGRAPHY」:https://kizenphotography.com/

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